タンポポ・ハウス

■タンポポ・ハウス

国分寺のなかでも特に歴史と自然を感じることのできる地域にその建物は建つ。屋根にタンポポを植えたことから命名された「タンポポ・ハウス」。建築史家として活躍し、建築家として多くの人を惹きつける建築を生み出し続ける藤森照信氏の自邸

 

 住宅地を進むと、突然現れる。諏訪の鉄平石を鎧のようにまとい、天に向かって突きあげる枝と四方に向かう柱。石の持つ強固な印象を有しながらも、色や厚みがまちまちな鉄平石が織りなす印象は温かみやかわいらしささえ感じる。一般の家とは明らかに異なる外観だが、自転車が並ぶなど日常生活が感じられる様子をみると、まるでガキ大将でもきちんと体をなしているかのようにその場に馴染んでいるようにみえる。

 一見、物語にでも出てきそうな風体だが実際に前にするとその突出した実在感に、とても物語の中で表すことなんてできないと感じる。石の合間から顔を覗かせる緑は自然に生えたかのようでもあるが、この「植物が建物に寄生する」絶妙なバランスを実現するには並々ならぬ労がひそんでいる。

 

 屋根でそよそよと風に揺れる植物の様子は、氏が設計し日本芸術大賞を受賞した美術家・赤瀬川原平さんの自邸「ニラハウス」の姿にも似ている。ニラハウスの実験のために植えたニラが屋根に咲いているという。「建築するということは相手と親戚になること」と話す氏だが、生み出される建築同士も兄弟のようである。

 

 「歴史と緑と水がある国分寺が好き」と話す氏。各地に赴き、新たな「子」を生み出し続ける氏を労うようにこの地で待つ氏の「アジト」は20年の月日とともに、この地に根をおろしている。

■藤森氏の話

「タンポポハウス」というぼくの家です。尖った屋根の上に緑があって、芝棟になるので、あとは帯状にタンポポを植えることにしたわけです。いろんな事情がありまして、最初からタンポポを植えようと思ったわけではありません。

 そもそもは超高層の壁面緑化、下から上までツタを生やそうなんてことをおもしろがっていっていたんです。ツタは東京の例ですと一株で十階分伸びるんです五十階の超高層ビルなら、五株で包めます。すると上からだんだん紅葉してくるとか、紅葉前線本日は三十七階です、明日は三十二階まで達します、とか、いろいろ話してておもしろい。だけど、紅葉は終わったあとがきたないと指摘され、芝生とか雑草なら、枯れた葉っぱがサワサワ揺れてけっこうきれいなので、では、超高層の壁面を雑草で全部埋めてしまおう、といってもちょっと味気がないから、代表のタンポポにしようか、超高層タンポポ仕上げということをいったわけです。超高層が、春先になると上のほうからだんだん黄色くなって、ある時期になると綿毛になるわけですね。これはすばらしい。風が吹くと綿毛がパーツと飛んで、霞の中のように見える。おまけにそれを日本タンポポにしよう、すると西洋タンポポを駆逐することができる、というようなことをいってました。

 しかし、そんなことをぼくに頼む人なんていないわけです。ですから、わが家であればということになって試みましたジェンナーは種痘を最初に自分の子どもにしたそうですが、さあ、気分はジェンナーで、自分の家でタンポポ仕上げをやろう、ということになったわけです。

 屋根下地ですが、とても苦労しました。最初は土をべったり入れようと思いました。すると、防水した上に屋上庭園の普通のやり方で土が流れないような工夫だけをすればいいので簡単です。ところがそうすると雨水がいつまでも抜けないで、ジワジワしたたることになります。それを防ぐために根太のようにステンレスをアンカーで浮かせて、そこにポット状にパンチングメタルで透水シートを取り付けて、水がすぐハケるようにしました。この工事がたいへんでしたが、これは諏訪の鉄平石を扱う職人さんが来て、一生懸命やってくださいました。今、屋根用に鉄平石を葺いているのがぼくだけですから、おもしろがってやってくださる。

 最初は何か冗談のような感じなんですけど、柏木屋さんもタンポポを集め始めたころから一生懸命になってきて、このころになると、みんな乗ってくるんです。春先に集めたタンポポ千株を、屋根の上で造園するのは二度とないだろう、とかいって植えるわけです。

 しかし、屋根は四十五度の角度がありますから、芝生が流れてしまうんですね。したがって盛り土の上を金網で押さえて、内側からステンレスの折り金で引っ張っていま。もちろん芝生ですから根を張れば大丈夫ですが、それまでの間、きっちりかたちをとっておかないと雨で崩れてしまいます。芝生を使ってタンポポを三十センチごとに一株ずつ植えるかたちにしたんです。春先、タンポポが屋根のてっペんから咲き出しましたやっぱり上のほうが暖かいようです。ぼくはいちばん密度のあるところにカメラを向けて撮ったんですが、このくらいが限界です。

 日本タンポポのツタ帽子が一面に、という光景もまずあり得ないようです。やっとひとつツタ帽子ができたときにようやく次がのんびりと実を結ぶといった感じで、西洋タンポポなら一斉にワッとくるんですけど、日本タンポポはやっぱりパワーがないんです。しかもタンポポの花は、見上げてしまうと目立たなくなってしまうのです。

 全景はだいたいイメージ通りなんです。ただ、東京の国分寺市という郊外住宅地にあるんですが、まわりの家と合わないんですね。基本的に、自然素材で荒っぼくつくると、特に郊外の新建材を使った建築とは決定的に合わないんです。

 タンポポは梅雨時に終わってしまって、秋にまた芽を出すんですけど、梅雨から秋が終わるまでポーチュラカという花を植えています。

 ぼくの理想は、体から毛が生えるように植物を生やしたいということです。建築から産毛のように、植物を生やしたい。建築という人工物と、植物という自然のものを共存とかではなく一体化させたいんです。ぼくは寄生といってるんです。そうすると、建築と楠物の関係がよくなるのではないか。お互いに引き立て合う。花が花で独立しちゃうのもまずい。そこが非常にむずかしい。