ニラの家

■ニラの家

【1997年竣工当時のニラハウス】右図【2016年のニラハウス】左図

 住宅建築の面白さのひとつは「例え100人中の99人が反対したとしても、たった一人の建主が賛成すれば建ってしまう。」ところだと思う。通称「ニラハウス」とは小田急線・玉川学園前駅の近くにある前衛芸術家で芥川賞作家でもあった故・赤瀬川原平さんの自邸のことである。

 1997年の竣工で、東北の農家から仕入れたというビニルポットのニラの鉢植えを広く緩やかな切妻屋根全体に多数置き並べた住宅で、夏の終わりから秋にかけて白いニラの花が屋根一面に咲く姿は清々しく美しかった。

【竣工当時】

 90年代に建築探偵団として活動し、その後南伸坊さんらと縄文建築団を結成して当時の建築界では異質で泥臭く、土着的な手作り感満載の建築作品を世に送り出した建築史家で東大名誉教授の藤森照信さんである。ニラハウスはその年の日本芸術大賞をとり、藤森建築の代表作のひとつとなった。久しぶりに玉川学園前駅に行ったので「ニラハウス」の近況が気になり立ち寄ってみたところなんとニラは無く、普通の銅板葺きの屋根になっていて驚いた家の主(赤瀬川源平)が亡くなり、メンテナンスや維持が大変になったのだろう。

 聞くところによるともう何年も前から新しいニラポットには取り替えられておらず、古いポットのまま放置状態だったらしい。考えてみれば、数百に及ぶニラのポットを毎年注文し、入れ替え、定期的に雑草を抜き、肥料を与え、水やりをする・・・これはとてもお年寄りに出来る作業ではない。

 

 竣工当時、白いニラの花が屋根一面に咲く様は本当に斬新で美しかったし、藤森建築の自然との融合を模索した縄文的なる設計コンセプトは無機質的でハイテク建築一色だった当時の建築界にあって「当初の単なる異端」評価を超えて、明らかに建築界の地脈にある種の「衝撃」を与えたことは間違いない

しかし建築は純粋アート作品とは異なるし、日々の生活に密着しており、またその寿命は長い。何十年も作品として良い状態で維持することは相当な工夫が無い限り、想像以上に大変なことなのだ。」と昨日の再訪は改めて建築とそのコンセプの着地点について考えさせられる機会となった。

 

■藤森氏のの話 

 「ニラハウス」は、赤瀬川原平さんの家です。今までやってきた中で、屋根のてっぺんに草を植えたりマツを植えたりというのは上手くいったと思っているんです。だけど、屋根面とか壁面に草を植えるというのは、自宅で試みましたが上手くいってないのです。それで、いろいろ考えましたが、皮膚から産毛が生えるように、スポット状に何かを点々と植えたらどうか。できるだけ細く、縦に伸びるようなものを植えればいいと、思いついたのが「ニラ」です。

 最初はできるだけ住みやすくして、雑誌に出るようなことはしないほうがいいんじゃないかと思っていたんです。そこで普通にやるといったら彼が「せっかく君に頼むんだからちょっとは何かしてくれないか。」それを聞いたとさは、ものすごくうれしかったですね。ゼロというのは客観的ですが、「ちょっと」の加減は人によって違うわけですから、とくにぼくの場合はですね。

 ふたつ考えました。屋根にスポット状にニラを植えるということと、もうひとつは玄関の入り口の橋を跳ね橋にする、というふたつです。赤瀬川さんは原稿を書いて暮らしている人ですから、原稿ができていないときは編集者が来ても跳ね橋を上げておくわけです。それから家を出るときはヨーロッパのお殿さまのようで気持ちいいわけです。赤瀬川さんは、それは何だかいやだというんです。ぼくは屋根にニラを生やすほうが変だと思っていましたが、それのがまだいいというのです。

 屋根は、特殊な鋼板を使って、上に根太を流して、そこに横に板を張って穴をあけてポットを入れる、ということになりました。特殊な仕事はすべて素人でやりました。プロではお金がいくらかかるか見積りができないんです。ニラを子株くらい育てて、植木鉢に入れて運んできて、そんな仕事はもう計算ができません。そこで知り合いに頼もうということになりました。板を張って丸い穴をあけるところまではプロがやってくれます。植木鉢を用意して、そこにニラを入れて、植木鉢の下に水受けのコップを置きます植木鉢の口をちょっと欠いて、そこにビニールのホースをまわして、ホースはアルミのアングルで受けるんですが、アルミのアングルより先のことはすべて自分たちでやるわけです。屋根のべイマツには塗装をしていないのですが、下地に雨水が抜けるようにしておけば問題はありません。最盛期には十数人、多かったときは三十人くらい来ましたから、どんな仕事もそれくらい人がいれば、アッという間にできます。

 茶室の天井ですが、積み上げた薪を逆光で見ると、薪の隙間から光が落ちてきれいなので、それを茶室の天井でやろうと思いました。ただ、どうやってつくっていいかがわからない。薪のアーチをつくるんですけど、薪の隙間に何かを詰めると光が入らない。結局、リブをつくって、そこに薪を並べて、針金を通してつるし柿みたいに縛るという、ちょっと変わった方法をとりました。

 できたときはうれしかったですね。光が積み上げた薪の隙間から入ってすごくきれいでした。特に壁のザラザラ感、落ちる光の荒さがいいんです。時間によって下まで光が落ちると何となく国籍不明の茶室という感じです。

 さて問題は、ニラがどうなったかですけれども、八月に入った頃、日曜日だったんですが、赤瀬川さんから電話があって、屋根の様子を見てほしい、というので、何かトラブルが起こったかなと思って行ったんです。

 やっぱり環境がキツいせいか、九月に咲く予定だったニラの花が、咲さ始めていたのです。ほんとうにうれしかったですね。植物が建築の邪魔をしていないといいますか、産毛にしてはちょっと長すぎるような気もしますが、すごく建築と植物の関係がいい状態になっていました。風が吹くと白い花がサァサァと揺れるんです。昆虫がいっぱい飛んでくるんです。ほんとうにきれいです。

 現代建築の中に自然の素材を取り入れ、なおかつ、お互いを上手く引き立てるようなことをするというぼくの考えが、やっといい成果を得ることができたと思いました。