時間地図の試み-4

Kohei_Sugiura000

■〈スギウラ時間地図〉が誕生する…

◉60年代末から70年代初頭にかけて、杉浦は4つの異なる タイプの時間地図を作りあげた。

「時間地図」とは、「時間」を軸にして、これまで見慣れた「空間」地図を変形する試みで、「経過する時間」を「距離」に置き換えて表現する。そのためにこの作図法を、「時間地図」あるいは「時間軸変形地図」と仮称している

■Type1=「日本列島全域への到達時間」を可視化する…

◉第1の時間地図は、日本列島を対象にしたもの。出発点・・・多くの場合、JR(当時は←国鉄」)駅・・・を中心にして同心円状にひろがる等時間帯の上に、目的地への到達時間を算出して、それぞれの方位の延長線上に配置した「時間軸変形地図」である

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◉紙の上に叩きつけられ、飛び散るか…と見える日本列島。「時間軸による日本列島の変容」を記す風変りな地図の出現は、これまでの地形図を見慣れた人びとにとって衝撃的で、話題になった。

■Type2=「都市の中心部の最短到達時間」を地図化する…

◉第2の時間地図は、列島全体ではなく、東京都内と周辺地域に眼を向け、「中心部を走るJR線の5つの主要駅」を出発点として作図したもの。速度が速い順に電車を乗り継ぎ、「地下鉄・私鉄をふくむ各駅への到達時間」を算出し、図化している。072 073

 第1の時間地図と同じように、出発駅を中心とする等時間帯(同心円)が用いられた。この時間地図はイベント情報誌『ぴあ』の依頼で作られ、連載されたもの。本書では、「飯田橋」と「横浜」駅の例が対比され、山手環状線や中央線などの変容ぶりを比較することができるだろう。

◉「時間地図」はこのように

Type1の「日本列島全体を時間軸で変形させたもの」と、

Type2の「大都市の中心部の交通網を対象にしたもの」の2種の変化例が生まれでた。

Type3=移動速度の変化(速い・遅い)を「高・低差」で示す…

◉第3の時間地図は、「日本列島の輪郭線を変えずに、A都市からB都市への到達時間を計測しうる時間地図を模索したもの。手法としては、日本列島全域に10kmメッシュの網をかけ、10bn平米の範囲内の交通発達度を評価する。速度評価の高い場所(空港・新幹線駅など、高速移動手段の多い場所)はど下に降り、評価の低い場所(たとえば山の損など)は上昇するという高低差で、交通発達度を表現する。この手法で、「交通発達度を高低差に変えて連鎖させた日本列島」を案出した。

◉このType3の時間地図の考え方、読み方の詳細は、作図とテキストを見ていただきたい。

Type4=世界初、「時間軸変形地球儀」への挑戦…

◉第4の時間地図は、時間軸変形の考え方を、太陽系の一惑星である地球の表面に応用したもの。歩行→馬車→自動車→新幹線→航空機へ…。「交通速度が上がれば、地球の表面が縮んでゆく」ということに気づく。内部に向って縮小する地表を重ねてゆけば、「時間軸変形地球儀」が生まれうる…と考えた。その結果、下図に見るような、奇妙な形の地球儀が出現した。おそらく世界で唯一つの、「時間を軸にした地球儀」。どのようにして生まれたのか、アイディアの詳細は後述する。

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◉以上の「時間軸変形地図」(2種)と「交通発達度時間地図」、さらに「時間軸変形地球儀」の4タイプが、1970年代初めに〈スギウラ時間地図〉として誕生した。

■【Type1 の〈スギウラ時間地図〉が語るもの】

■出発点が異をると、列島の姿・形が激変すか・・

◉Type1の地図、「時間軸変形地図」の基本をなす作図は、1969年の『週刊朝日』に掲載された「どこの都市が住みよいか」を皮切りに誕生した。1973年『平凡社・百科年鑑』では、東京・大阪の2大都市駅を出発点とする図を並べ(下図)、さらに1985年にほ、名古屋駅中心の詳細な作図を完成する。1994年には出発点を6都市に増やし、それぞれの変容ぶりを比較しうる作図(少しラフなデータで)も試みている。

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◉これらの作図を重ねあわせ、日本列島の変容を目のあたりにすることで、「出発点が異なると交通手段も変化し、北海道・四国・九州・沖縄をふくむ列島全体の姿が激変する」ことが見えてくる。っまり「時間軸変形地図」は、それぞれの都市、それぞれの家、それぞれの人、それぞれの瞬間ごとに異なる変容をとげる「変化にとむ柔軟な地図」であることが見てとれよう。

■まず、空港・新幹線駅をどが引き寄せられる…

◉日本列島を主役にした〈スギウラ時間地図〉では、見る人びとの分かりやすさ、読みとりやすさを考慮して、日本列島を囲む輪郭線(主として海岸線)の形を取りだし、表現の基本としている。日ごろ見慣れた日本列島の、予想をこえた変形の激しさ・面白さを示すためだ。

 作図過程で、交通網の進化に応じて波打ち・伸縮し・溶けだす国土の輪郭線の激変ぶりに、まず、作り手である私たち自身が驚かされた。

◉1968年、72年に作成した「東京駅を出発点」とする時間軸図。際立つ特徴を示すものは、空港を所有し新幹線を開通させた、列島の主要都市の激動ぶりだ。到達時間が短縮され、東京に向って一直線に引き寄せられる。北海道・四国・九州・沖縄…などの島々の主要都市も、海峡を飛び越え、容赦なく本州の輪郭線の内部へとめりこんでくる。

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 とりわけ、地上を離れて空中を飛ぶ航空機による到着時間の短縮(時速800km、新幹線の4倍近い速さ)は圧倒的で、針の先端に似た鋭さで、空港所在地が東京駅に向って突き刺さる。東北方向から、あるいは西南の方向から、無数の針先が時間軸地図の中心へと吸い寄せられる。

◉JR路線上の特急・急行の停車駅や、高速道路のインターチェンジ(出口をもつ)も、それぞれの速度に応じて中心に向って動いてゆく。

■取り残される地域が数多くある・・・

◉一方、引き寄せられることなく取り残される駅や地域、逆に、遠方に離れてゆく地点も数多く存在する。たとえば、鉄道でいえば普通列車の停車駅、あるいは高速道路ではない一般道路などは、各駅停車や低速の速度制限で到達時間が伸びてゆく。あるいは、鉄道のZつの普通停車駅の間の地点に注目すれば、中間にある地点(海岸線など)に行くためには、駅を出てからバス、自動車、自転車を乗り継いで行かねばならず、さらに歩いたり、岩によじ登ったりしなくてはならない。所要時間は目立って増加する

◉「時間軸変形地図」上は(時間距離という概念では)2つの駅の間の海岸線は、曲線度の複雑さに応じて、中央部あたりを頂点として時間軸の遠方に向って伸びだしてゆく。海岸線の予想をこえた変形がおこる…ということが分かってくる。

■遠方にはみだす飯田線、富士山頂…

◉別の例を取りだしてみよう。豊橋から天竜川に沿って北上し、辰野に至る飯田線(全長約200km)に限を向けてみる。山間部を蛇行する路線は低速になりがち。ときに反対車線から来る列車の待機時間が加わって、普通列車の平均時速は28km(平地のJR線は時速52kmと極端に遅い。この路線も「時間軸変形地図」上では、外に向ってふくらみ飛び出してゆくものの典型的な一例になる。

◉山地や渓谷、高山の山頂…なども、到達時間の増加は尋常ではない。熱海や静岡近くに位置する富士山も、山頂への到達時間は地理的な距離感覚を跳び越えて、西へ東へとびてゆく。

下図の「時間軸変形地図」には、(東京中心、大阪中心ともっくり走る飯田線はブルーにふくらむ曲線で、富士山頂は小さな黒い三角印で、列島輪郭線(海岸線)の彼方にはみだしてゆく様子が書きこまれている。㊥極端な例としては、佐渡島のような小さな島が、予定した紙面に収まりきれないほどに伸びだしてゆく。

062 063■到達時問=格差の表象…

◉取り残されたり、飛びだす地域は、交通発達度の低い僻地小さな山村や自然景観の豊かなところ、手つかずの自然が今なお残された地域である。交通手段の発達という利便性の追求で生まれでた地域格差が、時間を軸にした地図では、極度に強調されて見えてくる「到達時間=格差の表象」だといってよい。これは時間地図化によって具体的に見えてきた1つの視点で、可視化することで明瞭な問題提起ができたのではないか…と考えている。

■想像を超えた複雑をヒダ=半島の東・西岸が裏返る…

◉日本列島のあちこちに突きだして、その形を特徴づける半島の形。半島によっては、東海岸、西海岸の地形や交通の便の違いによって、時間地図上の位置関係が逆転してしまう…という極端な例も生まれでる。

 たとえば、東京を中心にした場合の紀伊半島。東京から西南寄りにひろがるこの大半島の、時間軸による逆転ぶりを見てみよう(下図、東京中心を参照)。

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◉まず、名古屋、大阪という大都市空港が、東京へと引き寄せられる。2つの都市は間近に並び、到達時間も大きな違いがない。だが大阪(当時は伊丹空港)の方がやや近く、地理上の位置とは逆転している。この2つの都市を第2の出発点として、東と西の両側から紀伊半島を南下してゆく。東海岸、西海岸、両岸の路線の到達時間の差はあまりない。だが、大阪から和歌山に向かう列車の速度が速く、名古屋から津・松阪に向かう路線より東京寄りに位置している。東側、西側路線の位置の逆転・半島のネジレが見てとれる。

◉だがここに、西海岸の行楽地である白浜空港(今は南紀白浜空港)への飛行機直行便が登場する。飛行便の利用で、白浜の位置は、京都(新幹線駅)・福岡(空港)への到達時間と並びあう。この白浜の引き寄せが、鉄道による紀伊半島の円環ルートに決定的な裏返しを引きおこす。和歌山以南の鉄道路線は東京に向けて強引に引っ張られ、地理上では最南端に位置する串本の位置をも引き寄せて、半島の形を大きく逆転させる。紀伊半島の東京からの最遠点は、意外なことに、東側の三重県の南端に近い、尾鷲である。東西の逆転、南北の逆転が同時に引きおこされる紀伊半島。東京を中心とした「時間軸変形地図」の大変容の1つである。

◉東京からの能登半島、大阪からの伊豆半島と房総半島の変形ぶりにも、注目されたい。大阪中心の場合には、名古屋・東京の二大都市を航空路が引き寄せ、その影響を受けてほぼ同じ方位に位置する伊豆半島と房総半島の到達時間線が複雑に重なりあう。このため、大阪中心の「時間軸変形地図」では2つの半島の形が混ぜ合わされ、1つの半島の形に簡略化されている

■島々の形り激しい変容。九州・北海道…

◉もう1つ、記しておきたい大変化がある。それは、北海道・四国・九州、沖純など、島々の形の変容である。

◉たとえば、九州。東京・大阪中心、あるいは名古屋中心の図を見ていただくと、本州の東南方位に絡まるW字形に折れ曲がる緑色の形が、じつは時間軸で変容した九州の海岸線の姿である。3図ともほぼ同じ形をしている(東京、大阪、名古屋、いずれの都市も、九州の方位や到達時間が、四国や沖縄と重なりあうので、その位置を30度あるいは45度南方にずらして、作図している)。

◉これが九州なのか…。驚かれる方も多いと思う。私たちが見慣れた、ふくよかにふくらむ九州の形は、一体、どこに行ってしまったのか…。

 大変化の引き金は、航空路、つまり空港所在地だ。空港が九州を、出発点の3都市に向けて引き寄せる(九州を見ると、2時間15分~30分帯に九州の6空港が並んでいる)。まず福岡、次いで大分・長崎・熊本、そして宮崎・鹿児島。5グループの空港群が、九州のW字形変形の要因をなす。私たちが見慣れたふくよかな内陸部は、細く三つ折りにされた海岸線のさらに遠方へ・・・と追いやられてゆくのである。

◉また、九州の場合には、空港到着後に利用する、福岡一熊本一鹿児島を結び南下する西岸の鉄道の所要時間と、東側の福岡一大分一宮崎を結ぷ鉄道所要時間が、ほぼ重なりあう。そのために、海岸線で縁どられる九州は、幅の狭い、アルファベットのW字のよう折れ曲がった形になるのである。

■北海道。本州に飛びこむ怪鳥の形…

◉同じことが、四国(オレンジ色。西端に位置する)でも、北海道(オレンジ色北端に引き寄せられている)でも引き起こされる。北海道の場合には、千歳・函館空港が2時間半圏。新潟・秋田・仙台空港の2時間圏に接近して引き寄せられる。さらに3時間半から4時間圏に、まず女満別空港があり、その下側に釧路・根室空港が並んでいる。

◉空港が引き寄せられる力は、強大だ。それぞれの空港の間に並ぶ数多くの都市や自然のひろがりは、みな遠方に向つて伸びだしてゆく。北海道は、上記5グループの空港の引き寄せの力で、全体の輪郭線が、出発点に向って羽ばたく鳥に似た形に変容している。

■本州もまた、激しく身震いする・・・

◉複雑な折れ曲がりを見せるのは、島々の形だけではない。本州もまた、目を疑うほどの形へと変容する。(下図)

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 激しい揺らぎ、身震いは、島の側から出発する場合。札幌・福岡を出発点とする本州の、無残に縮まる姿に注目されたい。本州には空港所在地が数多くあるので、その出入りも複雑を極める。

■「不動の大地」から、「時間のヒダ、空間のシワ」の発見へ…

◉「時間軸変形地図」では、見慣れた地形、見慣れた空間地図に到達時間の分布をマッピングすると、出発地点からの地理的距離に激しい伸縮が投影され、思いがけない歪みが生まれでる。

 だが、この予想をこえた歪みによって、多層化する「時間のヒダ」の原因となるものが浮かびあがる。時間表現に対する新しい思考法のネットワークヘの可能性を感じている。

◉〈スギウラ時間地図〉の提示法では、同じ日本列島の時間地図をテーマにしても、出発点が変わるとそのたびに、日本列島の形や都市空間の輪郭が容赦なく変容してゆく。渋谷駅を出発点とする場合と、渋谷駅にほど近い私の事務所を出発点とする場合でも、手近な交通網の使い方によって微妙な差異が生まれでる。横浜駅を出発点にすれば、さらに大きな変容が待ちうけている。

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■それぞれの都市の時間地図。個人の時間地図…

◉私たちがふつう信頼する地図、たとえば「5万分の1、国土地理院の空間地図」などでは、個人の立ち位置や物体の存在を洩れなく呑みこみ、GPSで見下ろす距離・位置関係を緯度・経度上で正確に捉えて、「不動の大地」を表現する一枚の地図に収めてしまう。だがじつは、各個人の立ち位置を中心に据えた、個人個人の時間地図、刻々に変化する時間地図というものがあることに気づかされた。

◉そこで、日本列島の地形図を基本にすえ、東京・大阪・名古屋に札幌・金沢・福岡を加えた、主要都市の時間地図を並置する試みを〈スギウラ時間地図〉に加えてみた。それぞれの都市が、その都市を中心にした固有の時間地図を持ちうることを、示したかったからである。071

◉日本海側の都市、金沢中心の時間地図では、日本列島は、大きな下向きに反りかえる円弧へと変形してゆく。かつて日本海をへて大陸から渡来する新しい文化の情報を待ちうけ、ただちに取りこもうと身構えた日本列島の円弧である。札幌や福岡を中心とする時間地図では、北海道、九州の島のひろがりが主役となり、本州やほかの島は、シワだらけの原形を止めぬ姿・形へと変容する。北海道・九州に住む北海道本州人々の気骨を感じさせる。

◉出発点のそれぞれの差異。「私がいる」という立ち位置を起点とする国土全体の変容。1つひとつの差異を見つめ、読み解くことが重要だと気づかされた。

■時間地図=「軽い塵、重い塵」のたとえ…

◉作図を進めている間に、私たちは、時間距離の概念が引き起こす地形変化の激しさについて、「変形の激しさを理解しやすく、説明できるたとえ話ができないか…」と考えを巡らせていた。

 そこで思いついたのが、次のような案である。

◉1つの情景を想像してほしい。床の上にひろがる日本列島地図。その表面が、細かい塵で覆われている。塵の形をよく見ると、重い塵もあれば、軽い塵もある。大都市や空港所有都市、新幹線停車駅の上には、最も軽い塵が乗っている。開発が進んでいる地帯には、ほんの少し重い塵がかぶさっている。やや重い塵は、地方に点在する由緒ある小都市や観光地の上にある。重い塵は、開発の手がいまだとどかぬ辺境に、まとまって積もっている。

◉塵に埋まるこうした日本列島に向って、掃除機の吸い口を近づけてみよう。出発点となる都市、たとえば東京駅に吸い口を近づけると、軽い塵はするりと吸い込まれてしまい、重い塵は取り残される。ときに、遠方へと吹き飛ばされる塵もあるかもしれない。欲望を開発しつづけ、経済発展に力点を置く経団連型の日本列島像と軽い塵のイメージはややちぐはぐな取りあわせかもしれない。だが、この「塵と掃除機」によるモデル化が、最も分かりやすいのではないか…と考えている。

■Type4=「時間軸変形地球儀」はどのように作られたか?8層に垂をるタマネギの皮…

◉Type4は、「時間軸変形地球儀」。時間を軸とした地球儀を作ろう…と思いたった。この球体の変形過程を理解するには、タマネギのような多層の球体構造をもつモデルを思いうかべると、分かりやすい。

◉たとえば、ロンドンとローマという、西ヨーロッパの2つの都市を想定してみる。交通手段の発達で、2都市間を移動する時間が短縮される…ということば、2都市の距離が縮んでゆく‥・ということになる。時間の短縮は、この2都市がタマネギの表面から内側の層へと入りこんでゆくことで、表現しうるのではないか。内側に入りこむほど表面が縮み、2都市間の距離が短くなるからである。076

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◉「時間軸変形地球儀=スギウラ版」では、交通速度の変化を8段階に分け、タマネギのように重なりあった8層の地球を想定した(上図)。最外層は砂漠や原生林、南極、北極といった交通の難所で、到達時間が予想できぬほどに膨張する。その内側に、まず、徒歩(時速4km)による第2層の球体が入りこむ。さらに馬車(時速15km)などが走る第5層があり、続いて低速車(時速40km)、高速道路・鉄道(時速100km)の第4層・第5層が入り、さらに地上では最も速い、超特急(時速200km)の利用で縮んだ球体、第‘層の球体に行きあたる。065

 最も内側に潜む、極度に縮んだタマネギの核にあたる第8の球体は、航空機の利用による時速800kmで移動する層なのだが、航空機は空中を飛ぶので、着地の場所は地表に設地された空港となる。点々と並ぶ空港所在都市が、第8の層の球面を形成することになる。

■凹凸の多い地球儀が出現する…

◉表面横を異にする8層のすべてを(中心を合わせて)重ねると、時間軸変形地球儀の構造体ができあがる。この図は、変形の原理が読みとりやすいように、イタリアから西側のヨーロッパ、アフリカ、さらに大西洋をふくむ地域をとりだし作図している(右端の縦の切り口が、東経150にあたる)。

 右端中央の極端に内部に陥没した部分は、交通網が発達し空港所有都市の多いイギリスや西ヨーロッパ。下側の突出部分は、北アフリカのサノ→ラ砂漠…。

 空港をもつ都市は到着時間が思いきり短縮されるので、時速800kmの極小タマネギの表面に並ぶことになる。地表の一点にしかならない各都市の空港は、針の先の微小点に収縮し、小さなタマネギの表面にむかい陥没してゆく。

■交通手段のない地域が、外に向って膨張する…

◉時速800km。交通発達度の激しい地表は内部へと深く凹み、交通手段のない地表は外側に向って膨張してゆく。

◉移動速度が速まると、地球の表面は縮んでゆく。いったいどれほどの大きさで縮むのか。速度をn倍にすると球体の表面積は1/n2で縮むはずだ。

 仮に、歩行による(時速4km)地球の大きさ(直径)を10cmとす ると、馬車(時速1うkm)や低速車(時速40km)などによる地球は 5.2cmあるいは3.2cmになる。

 高速車や鉄道(時速100km)だと2cmに縮み、新幹線の速さ(時速270km)に達すると1.2cmほどになる。さらにジェット機 で飛ぶ(時速800km)地球は、わずか8mmに縮んでしまう。歩 行:ジェット機は10cm:0.8cm、つまり100:8。ジェット機 による大きさを1とすると、歩行地球儀は12.5倍の大きさ で、極端な対比となる。076

 すべての交通発達度を総合し、連続させると、地球はまる でジャガイモのような凹凸の多い形となり、風変りな地球儀が出現した(上図)。この外観からは、内部に深 く突き刺さる、空港所有都市の針状の変形を見ることができない。077

◉時間を軸にして世界をとらえなおすと、世界の全体が生 きもののようにやわらかく変形し、今までにない世界像が 生まれ出ることになる。3Dのステレオ作図(上図)も、 赤・青のセロファンを眼にあて、覗いてみてほしい。

◉「時間軸変形地図」が示すやわらかい時空、やわらかい地 図。彫りの深い時間のヒダ、空間のシワが生みだす新しい 「形」は、このように意表をつき、魅力的である。

■Type5=【さらなる試み=「時間軸変形地図」のモデル化】

山塊や建造物に隠された「時問のヒダ」に気づく…

◉〈スギウラ時間地図〉はさらに進化をとげ、「空間のなか に隠された時間のヒダ」を探る、Type5の新しいモデルヘの 挑戦を試みた。

◉5万分の1の地形地図を読みなれた熟達者ならば、交通手段、地図の記号分布や等高線の密度が語る高度変化などを 見て、目的地までの所要時間を算出することができるだろう。だが一般の人は、感覚的に、俯瞰型の地形地図から正 確な時間を読み解くことは難しい。実際の地形や植生の変 化、障害物に出会ったときの到達時間への影響が読みきれ ないからである。

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◉「時間軸変形地図」では、障害物の存在は、大きな変動のファクターになる。たとえば、道路の先を1つの建物がふ さいでいる。その先に進むためには、建物の周囲を迂回し なければならない。

 あるいは、道路の先に円錐形の小山が奪えている。その山 を直進して登り、向う側に行こうとする。山の斜面を登る と、走行速度が低下する。傾斜はどれくらいか、山路に凹 凸がないだろうか、登りと下りで所要時間が違うはずだ…。 時間経過にとって重大な問題となる。

 建物や小山の存在自体が、「時間軸変形地図」では大きな変化の要因となる。人が動きだし、山を登りはじめたり、高 層ビルの内部に入ったりすると、出発点を起点にした時間 地図に決定的なゆらぎが生まれでる。

◉「時間のヒダ、空間のシワ」の関係を一般化した「時間地図」ができないだろうか。

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世界の主要都市が、東京(羽田)に向って引き寄せられる・‥

【飛行時間でみる世界の距離-東京中心】1968年5月10日号(朝日新聞出版)一杉浦が最初に試みた「時間距離による世界地図。

◉70年代を目前にした、 高度成長期の日本人の国際感覚の拡張を象徴するかのように、世界の首都主要都市の空港が、東京・羽田空港を中心とする等時間帯の同心円上に引き寄せられる。

◉北米の大都市、ヨーロッパ西側諸国の主要都市が極度に近づく。多くの読者になじみのあるメルカトル図法による世界地図を土台にしている。

[作図=杉浦+中山礼吉]

 1977年に杉浦は「時間の襞をよむ」と題するモデル化の試 みを『デザイン』No.1(1977年、美術出版社)に発表し、さらに 詳細に発展させたモデルを『InterCommunication』No.10 (1994年、NTT出版)で展開している。111