新・日本の階級社会

■「階級社会」中間層襲う転落不安

橋本健二 (社会学者・早稲田大学教授)

 参院選の投開票日が迫った。未来秒「見取り図」を描くには、いま、を見つめることが欠かせない。閉塞感と不安、変化と希望・・・。私たちはどこにいるのだろうか。60歳と28歳。世代も歩む道も違う2人へのインタビューから考える。

高層化するマンションは、日本社会の変容の象徴に見える、と語る橋本健二さん=10日、重点都豊島区、仙波蓮撮

▶︎「新・日本の階級社会」

 閉塞感が漂う日本社会の現状をみるには階級という視点が不可欠、という警鐘だった。不安定な雇用で収入も低く、結婚や子育て、老後の蓄え、といった営みもままならない新しい階級「アンダークラス(下層階級)」の出現に注目するべきだ。 本のヒットに、「何が起きているのかと思った」と誰よりも驚いたのが筆者だ。社会学者の橋本健二。階級という概念にこだわり、40年近く前から日本社会を分析してきた。

 ただ橋本はすでに2006年、「格差社会」が流行語になったその年に「階級社会」という本を出していた。所得や資産格差の拡大にとどまらず、日本に新しい貧困階級が生まれつつある、という論考だ。

 当時は、「総中流という社会意識に支えられてきた日本の変質に国民の多くが気づき始めたころだ非正規雇用の増加は象徴といえた。橋本は「アンダークラス」という言葉も当時から使っていたが、、「反響はほとんどなかった」。しかしいま「階級」が、多くの人々が感じるリアリティーをすくい取る言葉になりつつある。

 何が変わったのか。06年当時も格差拡大に注目は集まっていたが、「普通』と違う貧しい人たちの生活に驚いたが、周囲にそういう『貧困層』がいるわけではなく、存在は認識しつつも、直面はしていない。それが大半の人々の実感だったのではないか」。

 橋本の言う「アンダークラス」は主にパートの主婦を除くたちを指す。60歳未満の平均個人年収は約185万円。職を失う恐れと先行き不安にさいなまれる日々を送る。人口約1億2600万人の日本で、こうした層は橋本の試算では900万人以上若者から高齢者まで広がる

 日本経済はじり貧傾向が続き、社会保障制度など「安心」の仕組みの未来は心もとない。自分や家族もいずれ「転落」してしまうのでは。そうした不安が広がっでいる。中間層が転落の不安を抱えつつ、格差拡大もやむなしという「自己責任論」に傾きつつあるのだという。橋本は現代の豊かな中間層を象徴する風景の言が、大都市部に広がるタワーマンションだとみる。

 「自身が転落しないという前提で)広がる格差を詠める中間層と、是正を求めるアンダークラス。潜在的な対立が深まっている」

▶︎格差広がる「自己責任」論

 日本社会の分析には「階級」という視点が欠かせない、と長く主張してきました。

 「私は戦後日本は、資本家(企業経営者)・旧中間(自営業者)新中間(ホワイトカラー会社員、専門職)・労働者という四つの階級で構成されるとみてきました。そこに、アンダークラスという新しい階級1990年ごろから生まれたと考えています」・・・どうしてそうなったのでしょうか

 「80年代後半以降の『フリーター』の増加を皮切りに、非正規雇用の割合が増えました。もはや、一時的な現象の帰結である『世代』ではなく、恒常的な『階級』として捉えたほうがいい」

 「日本の社会学者が共同で10年ごとに実施している『社会階層と社会移動全国調査』(2015年)によると、非正規雇用で生計を立てるアンダークラスは60歳未満の場合、個人年収が平均約185万円。フリーターや元フリーターもふくめ非正規雇用のまま年を重ねる人たちとシングルマザーが代表例で、これに年金を十分受け取れないために非正規で働く高齢者が加わります

 所得の低い人は昔からいたのではないですか。

 「アンダークラスというべき階級の存在が認識されてきましたが、近年の大きな変化と言えるのが、(新中間階級など)中間層が転落することを現実的な恐れとして抱くようになったことです」

 昨年の本は発行部数が約7万部と異例のヒットで、大都市のビジネス街の書店でよく売れたと聞きます。「転落への不安」を中間層が自分事とみているのなら、重要な政治課題になったということですか。

 「残念ながら、そうではありません。自分や子どもの『転落』への不安は高まっていますが、格差を社会問題ととらえ、是正しようという動きにはつながっていないのです」

 アンダークラスとの連帯は生まれていないと

 「さきはどの調査によると、新中間層級では、『競争で貧富の差がついてもしかたがない』という自己責任論を支持する割合が59.7%に上っており、アンダークラスをおよそ13ポイントも上回っています。その差は10年間で広がりました」・・・能力やスキルを磨いて収入が増えることは努力の結果ですよね。

 「自己責任の前提は自由に選択できることです。現状では、多くの人々が低賃金で不安定な非正規雇用の徽に就くことを余儀なくされています。就職氷河期に生まれたかどうかで生活が大きく変わってしまったことはデータでも明確です。アンダークラスの現実を『自己責任』とは言えません」

 ただ、中間層はそう思わなくなっている?

 「新中間階級の現在の象徴が超高層・タワーマンションです。象徴的な意味としてですが、格差拡大を認める傾向が強まったのは、新中間階級が、集まって生活する中で自分たちを正当化する階級意識に目覚め始めた表れかもしれない。タワーマンションとは、日本版の(周囲と分離された)『ゲーテッド・コミュニティー』ではないでしょうか。そう考えると、林立するマンションの光景もまた、違って見えてきます」


ゲーテッドコミュニティ(英語: Gated community)とは、ゲート(門)を設け周囲を塀で囲むなどして、住民以外の敷地内への出入りを制限することで通過交通の流入を防ぎ、防犯性を向上させたまちづくりの手法。ゲーテッドコミュニティという概念自体は目新しいものではなく、以前から租界や米軍ハウス等があり、再定義したに過ぎない。日本においては、ゲーテッドタウン[2]やゲート・コミュニティとも表記される。

▶︎階級内部分かれた意識 

 そう単純に言えるでしょうか。「もちろん、一色ではありせん。新中闇階級の意葱分析す各と、自己責任の高まりの一方、格差を正すべきだと考える「リベラル」もある程度います。階級の内部で意識が分れてきた、と言うべきでよう」

 欧米では中間層の衰が社会の分断をもたらしいると言われますが、日本ではどうなのでしょう。

 「日本の中間層の所得水準は他と同じ程度は下がっていますが、ことさら没落しているデータはありません。アンダークラスヘ打転落の不安は広がつていますが、米国のようにかつてのモノ作りの拠点が廃(すた)れ、大量に失業者が生まれて転落したということではない」

 「それでも、危機の程度はもはや手遅れと言ってもいいかもしれません。就職氷河期に社会に投げ出された世代を政策的に救うことを放置したつけが回ってきています。フリーター第1世代はもうすで60代。『年金2千万円不足』問題で老後の不安が議論されましたが、アンダークラスは蓄えもなく、働けもせず生活保護を受け取ることになるでしょう。今後10年くらいで号ついう時代が来ます。しかも数百万人単位です」

 「ただでさえ高齢化などで社会保障費が増えることが見込まれるなか、自己責任志向の高い新中間階級は生活保護の支給拡大には後ろ向きでしょう」「打つ手なし」の印象を受けます。

 「アンダークラスは現状へめ不満が強く、再分配重視の政策を求めていることもはっきりしている。この階級が最も『自己責任』論に懐疑的です。ただ、政治への参加意識が低い。『リベラル』な中間層とアンダークラスを束ねられる政策が必要です。累進課税の強化などで最低の生活保障を実現する再分配政策を前に進めていかないと、もはや社会が持続できないと思います」(聞き手・高久潤)

 若い世代に広がるあきらめ感はなぜなのか。絶望の先に答えはあるのか。「インタビュー.現在地」の2回目は、2019年、米経済誌フォーブス「アジアを代表する30歳末満の30人」に選ばれ、難民と社会をつなぐ活動をしているNPO代表の渡部清花さん(28)に聞きます。

▶︎都市空間と格差研究会とは

 日本では1980年代以降、急速に経済的・社会的格差が拡大しました。この格差拡大は、個人間・世帯間の、また階級・社会階層間の格差拡大にとどまるものではありません。地域間の格差も拡大し、日本の社会は、豊かな地域と貧困の集積する地域へと二極化しつつあります

 そこで私は、何人かの社会学者と協力して、これまで格差研究の中心を担ってきた階級・社会階層研究の方法と、都市社会学の社会地区分析の方法を接合することにより、格差拡大の進行過程を階級・社会階層構造と都市の空間構造の両面から解明することをめざす研究プロジェクトをはじめました。それが「都市空間と格差研究会」です。

 2015年度からは日本学術振興会から科学研究費補助金を受け、地域メッシュデータを用いた社会地区分析を進めるとともに、典型的な地域を調査地点とする大規模な質問紙調査を企画しています。

*「大都市部における格差拡大の進行過程とその社会的帰結に関する計量的研究[基盤研究A]」(研究代表者:橋本健二)

▶︎東京23区における分極化の進行

 下の図は、東京23区の人口1人あたり課税対象所得額の推移をみたものです。数値は、23区平均を100としたときの指数です。凡例は、23区を2014年時点の所得額の順にソートしてあります。全体として格差が拡大していることは間違いありません。1975年では、もっとも所得が多い千代田区と少ない足立区の比は2.29倍にすぎませんでしたが、バブル景気とともに格差は急拡大し、1990年には3.21倍に達しました。バブル崩壊後は2.3倍程度とほぼ元の水準に戻りますが、2000年代に入ると格差が再拡大するとともに港区が首位に躍り出て、2014年には足立区との格差が5.12倍に達しています。

 目黒区、文京区、世田谷区、杉並区など山の手地域は、都心部から引き離されながらも一定の水準を保ち、全体平均の1.1-1.2倍の所得を確保しています。これに対して北区、荒川区、江戸川区、葛飾区など、下町地域の多くの区は所得を大幅に減少させています。全体としてみると、所得が急増する都心部、一定水準を維持する山の手、減少する下町というコントラストが明確です。

社会学者・早稲田大学教授 橋本健二さん,1959年生まれ。専門は理論社会学で、趣味は居酒屋めぐりふ格差や階級研究の著作に加希、_日本の居酒屋の変遷を分析した「居酒屋の載後史」「居酒屋はろ酔い考現学」などがある。