太陽光発電、宇宙から

■太陽光発電、宇宙から 

▶︎巨大パネル建設や送電の制御、高い壁

 宇宙空間で太陽光発電して地球に送る「宇宙太陽光発電」の実現に向けて、送電技術の実験が進んでいる。昼夜があったり、天候に左右されたりする地上での発電と比べて効率が高いと期待される。「究極」の太陽光発電だ。

 宇宙空間の静止軌道上に太陽光パネルを並べて、発電した電力を無線で送信し、地上で受信する「宇宙太陽光発電」はその構想の壮大さ故に遠い未来の技術と思われてきましたが、実はこの技術開発では日本は世界のトップを走っており、着実に実現へと近づきつつあると言います。その最先端の研究を取材しました。

出演者名・所属機関名および協力機関名
篠原 真毅(京都大学生存圏研究所 教授)
藤田 和久(光産業創成大学院大学 教授)

 兵庫県内にある屋外試験場で5月末、送電実験が行われた。六つのプロペラが回転し、小型ドローンログイン前の続きが飛び上がった。地上には卓球台ほどの装置が設置されている。ドローンの位置を検知し、電気をマイクロ波のビームに変換して送る装置だ。

 ドローンが約30メートルの高さまで上昇すると、「送電を開始します」とアナウンスが流れた。ドローンの底部の受電部「レクテナ」に向けてビームが放たれると、受電を示す赤色のLEDが光った。見守っていた技術者らから拍手が起こった。

 宇宙空間に太陽光パネルを並べて発電した電気を地上に送る宇宙太陽光発電では、送電技術の確立が必須だ。今回の実験はその基礎的な実験だ。

 実験を計画・実施した一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構の鹿志村修本部長は「ビームを制御すれば、70メートルほど先まで送電できる」と話す。

 宇宙太陽光発電は1968年に米国のピーター・グレーザー博士が提案した。曇ったり、太陽が沈んだりして発電できる時間が限られる地上と比べて、宇宙空間では約10倍の太陽エネルギーを利用できるという。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの構想によると、地上から約3万6千キロ離れた宇宙空間に約5・9平方キロの発電・送電用パネルを並べる。最終的に地上での供給電力は原発1基分に相当する約100万キロワットに達するという。

 経済産業省などのロードマップによると2035年ごろに宇宙で実証実験を開始し、45~50年ごろの実現を目指している。

▶︎実現へのハードルは高い。

 まず、宇宙空間で巨大構造物を建設する必要がある。JAXAが検討する方式の総重量は約2・7万トン。国際宇宙ステーションの約64倍にあたる。これほど巨大なものを打ち上げて建設した実績はどの国にもない。

 また、送電するマイクロ波のビームの制御も難しい。出力が高すぎると、ビームを飛行機や鳥などが横切った場合に影響が出かねない。供給電力を確保するには、ビームの出力を下げて広い範囲に送り巨大なアンテナで受信する必要がある。

 JAXAの構想だと設置する受信アンテナは直径4キロ。ビームがアンテナからずれればロスに直結する。巨大アンテナなら受信は簡単なように思えるが、約3万6千キロ離れた宇宙からの送電だと簡単ではない。ゴルフで4キロ先のカップに直接入れるような難しさがあるという。

 JAXAで宇宙太陽光発電を研究する小林秀之研究領域主幹は「巨大な構築物を軌道上でつくり、うまく制御しながら、地上にビームを送るというのは大きな技術課題」と話す。

 建設費も問題だ。JAXAの試算では、1キロワットあたり8・6円で40年間発電すると仮定した場合、打ち上げも含めた建設の総コストを約1・2兆円に抑える必要がある。発電衛星に約6800億円、地上の設備に約2千億円かかるといい、打ち上げには約3千億円しか使えない計算だ。日本が開発中の次期主力ロケット「H3」のコストの25分の1以下に下がらなければ採算が合わないという。

 実現への道のりは遠いが、目指しているのは日本だけではない。中国は1億元(約16億円)かけ、宇宙太陽光発電の実験設備を建設中。20年代に成層圏に飛行船を上げて送電実験する予定だ。25年までに宇宙空間に100キロワット級の発電衛星、50年までに100万キロワット級発電基地の打ち上げを計画する。

篠原真毅・京都大生存圏研究所教授は「日本が先頭を走っていたが並ばれつつある。一番に実現したい」と話す。

 宇宙太陽光発電に必要なマイクロ波送電は、身近な生活の中でも期待されている。例えば、スマートフォンなどの電子機器をケーブルにつないだり、充電台に置いたりする「充電」から解放される可能性がある。海外では使われ始めており、国内でも実用化は近づいている。

 総務省の情報通信審議会で、マイクロ波を使って送電する技術的要件をまとめている。総務省の電波監視官は「既存の電波利用に影響が出ないことが確認できれば、来年にも関連する法令改正が行われ、10メートル離れた場所に電力が伝送できる」と話す。

 パナソニックや東芝などは人体や他の無線通信を回避して送電するシステムを検討。パナソニックは「24~25年にも、医療施設で患者の活動量などを計測するセンサーへの給電などを事業化したい」とする。

 また、関西電力は6月、グループ会社を通じてマイクロ波送電の技術を持つ京都大発ベンチャー「スペース・パワー・テクノロジーズ」に出資。関電担当者は「将来的に電力利用の利便性を向上させることができる」と出資の理由を語る。

 海外では、米ベンチャー「オシア」が天井に設置するパネルタイプの送電設備を作ったり、米「パワーキャスト」が25メートルほど先の低電力なセンサーなどに送電する製品を販売したりしている。(田中誠士)

<レーザー光送電も研究>

 JAXAはレーザー光で電気を送る技術も研究する。雲で光が遮断されると送電できないが、電波より送電や受電の機器を小型化できる。無人のドローンの連続滞空時間を延ばしたり、月面で太陽光が当たらない「永久影」と呼ばれる地域で探査車に送電したりすることに期待されている。