第3章モエレ沼公園の幾何学的空間構成

■第3章モエレ沼公園の幾何学的空間構成

八代克彦  

 モエレ沼公園は、彫刻家イサム・ノグチが「全体をひとつの彫刻」とみなして設計した公園である。豊平川跡の三日月湖である馬蹄形のモエレ沼に囲まれた、広さ100haの内陸部(水面合わせ189ha)には、ノグチ作品の特徴のひとつである幾何学的な造形が広大なスケールで展開されている(下写真

 本章では、モエレ沼公園を特徴づける幾何学的な空間構成について、設計過程最終案⑦(図3−1)を下敷きにしながら、そこを訪れた人々がどのような体験をするかを軸とビスタラインに着目して考察する。

▶︎  3_1モエレ沼公園計画の基本コンセプト

 ノグチの生前、昭和63年9月に札幌市が作成した「イサム・ノグチ設計/モエレ沼公園基本計画 概要説明書」では、ノグチの設計思想に基づき、空間構成について以下の5つの基本方針がうたわれている。

①公園を小さなゾーンの集合と考えずに、全体をひとつの大きな造形物と考える。
②周りの環境や景観との調和を重視する。
③全体の広さを生かすために、全体を紆一する軸やビスタを設定する。
④ダイナミックな地形の造形を行う。
⑤象徴的な空間を創造する。

 モエレ沼公園についてのノグチ自身のコメントの抜粋である。ノグチの設計思想に関わるキーワードとして、〈子供の視点〉、〈幾何学〉、〈モエレ沼の水面の見え方〉などがキーワードとして浮かび上がってくる。

▶︎  3-2 モエレ沼公園における構成要素の形態分析

 モエレ沼公園は、図3−2に示すように、16の主要施設(ガラスのピラミッド・サクラの森・モエレビーチ・プレイマウンテン・テトラマウントミュージックシェル・アクアプラザ・カナール・野外ステージ・モエレ山・カラマツの林・中央噴水・中央広場・陸上トラック・野球場・テニスコート)で構成されている。施設は○△⬜︎といったシンプルな幾何学的形態(実線)とそれ以外の有機的形態(破線)の4種類に分けられるが、そのほとんどが幾何学的形態で、有機的形態が現れるのは16のうち4つの施設のみである。

 表3−2に、4種の形態要素が、各施設の平面と立面のどちらに現れるかを示した。形態要素のうち平面には円が、立面では三角形が最も多く現れることが表から読み取れる。ここで、高さ10m以上の規模の大きい施設(モエレ山・プレイマウンテン・ガラスのピラミッド・野外ステージ・テトラマウンド)の立面には必ず三角形が現れていることから、ノグチは巨大な三角形、特にピラミッド形のような錐体を公園の重要なモチーフとしていたことがわかる。また、プレイマウンテンやモエレ山の例に見るように、各施設は異なる形態同士の組み合わせや変形によって、幾何学的形態の持つ均衡性・方向性が意図的に微妙に崩され、新たな方向性が強調される場合が多いことがわかる。

 ここでなぜモエレ沼公園で錐体が多用されているかについて考えてみると、その理由として、錐体によって公園が構成されることで、「公園全体のなかで子供たちが行けない・触れない場所がないこと」を指摘したい。つまi)垂直の壁や崖がないことで子供たちは安全にどこへでも登っていけるし、また公園全体をいろんな視点から眺めることができる。場所に裏表がないのである。子供たちにとっては(大人にとっても)、毎回さまぎまな新たな体験が待ち受けていることになる。

 それともう一点、ノグチ作品全体に通底する彼自身の幾何学嗜好もその理由としてあげられる。われわれ漢字文化圏の人間、とくに日本人にとっては、幾何学というとその文字面と青から数学的で少々ぎこちない印象を持ちがちである。それはなぜかというと、〈幾何学〉がgeometryの中国語の音訳から来ているせいであるが、英語圏の人間でもあるノグチにとって〈幾何学〉すなわち〈geom−etry〉はgeo(地球)met(測る)ry(術)であり、地球を彫刻するときの補助線を描くごく自然な道具として違和感なく受け入れられるのかも知れない。

▶︎  3_3 施設の相互関係による空間構造

 図3−3はモエレ沼公園の水平断面図である。断面位置は、計画上で公園内の基準点±0mとされているカラマツの林付近から2mの高さに設定している。この図から、公園で最も高い3施設:ガラスのピラミッド(高き30m)、プレイマウンテン(高さ30m)、モエレ山(高さ50m)をはじめとした施設が公園中央を囲むように、環状に連なっていることが読み取れる。この施設の環状の連なりが、モエレ沼の馬蹄形に沿っていること、また要素と要素の隙間を抜けるように園路が中央部から沼へ向かって延びていることから、これがモエレ沼の形を意識した基本的な空間構造であると推測できる(図3−4)

 また計画上ランドマーク的な施設とされているガラスのピラミッド、プレイマウンテン、モエレ山の3施設は、高さ・規模の順にガラスのピラミッドープレイマウンテンーモエレ山と反時計回りに配置されている。施設の配置には反時計回りに徐々に高くなる螺旋状の流れが読み取れる。

▶︎  3−4 モエレ沼公園の軸線

 モエレ沼公園計画では、「全体の広さを生かすために、全体を統一する軸やビスタラインを設定する」という基本方針が設定されている。

 造園や空間デザインで一般的にいう「軸線」は、空間や形態が構成される際に、その方向性で空間を統一することで一定の秩序を生み出すものと定義されている。軸線は形態や空間の中心を貫く左右対称の構成をとることが多い。「ビスタ」は通景、見通し景といい、視点からある対象に向かって視線が誘導されるように枠取りされた景を指すのが一般的である。視点と対象を結ぶ線をビスタライン(見通し線)、その対象を焦点という。ビスタは視線の直線方向への誘導を目的としている。

 モエレ沼公園には、園路やビスタラインなど多くの線的要素が存在する。線的要素を直線に限って見ると、図3−5に示した36本の線的要素を抽出できる。これらの線は、図に示すように、東西方向から28.60傾いたⅠ軸とこれに直交するⅠ’軸方向、さらに、ほぼ東西方向のⅡ軸とこれに直交するⅡ’方向という2組と、それ以外のⅢ軸に分けられる。図3−5では軸の可視性についても、実際に人々が公園を訪れて園路として視認できるもの(実線)とできないもの(破線)に分けて示した。この図から。Ⅰ・Ⅱ軸は園路として顕在化しているが、Ⅲ軸は見えない軸のほぼ半分を占め、潜在化の傾向があることがわかる。

 図3−6は、設計過程でノグチが作成した図面(前章図2−2の○◎)で、軸という概念が一点鎖線で明確に示されている。1988年9月作成の図面では中央噴水からⅠ軸が、11月作成の図面では同じく中央噴水から新たにⅡ軸が延びて野外ステージの配置方向を決定している。この2本の軸はともに中央噴水を通っていることから、中央噴水がモエレ沼公園の文字通り中心であり重心であることがわかる。ただしここで特記すべきことは、ノグチが措いた一点鎖線そのものは園路などとしてほとんど視認できないことである。公園全体をひとつに統べる手法としてノダチは二つの軸を設定したが、その軸自体は潜在化させ、その方向性を公園のレイアウトに顕在化させることよって公園全体をコントロールしているのである。本来の主役があくまでも黒衣に徹している。

 モエレ沼公園では、図3−7に見るように、線的要素が各施設の位置関係をコントロールしており、個々の施設は軸に平行または垂直に配置されている。線的要素と施設の平面的な配置の仕方は、A:施設の中心点を通る、B:中心以外の任意の点を通る、C:構成要素に接する の3種類に分けられ、このうち円と三角形は線的要素が中心点を通る場合が多い。

▶︎  3−5 モエレ沼公園のビスタ

 図3−8に、モエレ沼公園のビスタを図解した。モエレ沼公園のビスタは、ビスタラインが園路として可視(Ⅴ:Visible)と不可視(Ⅰ:Invisible)の2つに分けられる。可視のビスタについては直線(S:Straight)と曲線(C:Curve)に、不可視のビスタについては直線(S:Straight)と複数(P:Plural)に細分できる。 ビスタラインが園路と一致してはっきりと見える可視直線(VS)と可視曲線(VC)は一般的なビスタの手法であり、園路の消失点に彫刻ヤ施設をオブジェ的に配置し、人々を次なる地点へといざなう手法である。

 これに対し不可視直線(IS)のビスタラインでは、図の事例のように、遠く離れた地点を見るビューポイントに枠取りとして彫刻を置いたり、ある線的要素の延長上に幾何学的形態の施設を配置したりする。離れた施設同士を視線によって結ぶ仕掛けを公園各所にプロットすることで公園全体をネットワーク化し・一体感を持たせている。 さらにビスタとしてはやや例外的な不可視複数(IP)は、焦点見えるビスタライン視点に向かう視点を無数に持ち、ビスタラインが1本に定まらない。すなわち前後の施設を重ねあわせ、しかも視点の移動によって刻々と変化する輪郭の重なり具合を鑑賞させることで異なる形態や場所を対比・共鳴させる。日本庭園などで用いられるいわゆる借景の手法が、ここでは時間的要素を組み入れて静的なものから動的なものへと変換されている。前節で明らかにした「見えない軸線」とこの「動く借景」が公園全体をひとつにするユニークな隠し味となっている。

(ものつくり大学助教授)