ラスコー・アルタミラの壁画

日比野克彦

 ~ひとはなぜ絵を描くのか?

 日比野克彦さんに「そこにある物語」「人との絆」を語っていただきました。80年代、東京芸術大学在学中に段ボールの作品で注目を浴びて以来、
アートシーンの先端を駆け抜けてきた日比野克彦。

(脳科学者の茂木健一郎さんとタレントのSHELLYさん、アーティストの日比野克彦さ­んをMCに迎え、トップデザイナーやアーティストによる対談コンテンツ「夜塾」や、各­媒体の編集長が今気になるテーマを紹介するコンテンツ「Design & Art Opinion」を放送。)

 コンセプチュアルな作品を数多く世に送り出してきた日比野が今、原点に返り、なぜ人は絵を描くのか?というプリミティブな疑問を、自分に、社会に投げかけている。日比野克彦さんの個展が、東京では8年ぶりに、秋葉原の3331 Arts Chiyodaで開催されています。メインで展示されている作品は旅先で描いたスケッチなど、もともと人に見せるために描かれていない作品。それを通して「ひとはなぜ絵を描くのか?」というメッセージを投げかけています。

ラスコーの壁画

 「1万年前の洞窟の壁画で有名なのはラスコーやアルタミラの洞窟壁画があるわけですが僕も2年ぐらい前かな、サハラ砂漠でスーラとの国境にある岩窟の壁画を見て。それが1万年前。うまいなぁ〜、いいなぁ〜と思う。
これが医学とか科学だったら1万年前の医学、科学と今じゃぜんぜん違う。なのに1万年前の絵と今の絵は変わらない。僕は「人はなぜ絵を描くのか?」と疑問に思うんです。人間は疑問に思うから進化すると思うのね。絵も同じく、なぜ絵を描くんだろう?なんでこんな岩肌に?なんでこんな暗い場所で?なんのために?って思うんだけど、答えが出ないから1万年前と同じ絵を描いているんだと思うんです。進化しない、進化できない。だから絵は面白いのかなと。絵というのは流行り廃りがあったり、ちっちゃな動きを気にしているけど、もっと長い目でみたら食べることとかと同じことなんじゃない?っていうようなメッセージを、展覧会を観た後に味わってもらえるといいかな。

▶︎アルタミラの壁画

 アルタミラ洞窟壁画は、先史ヨーロッパ時代の区分で主にマドレーヌ期(約18,000年 – 10,000年前)と呼ばれる旧石器時代末期に描かれた野牛、イノシシ、馬、トナカイなどの動物を中心とする壁画である。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。


アルタミラ洞窟は人間の創造的精神を最大限に表現しています。それは優秀さの芸術を提示します。芸術的技法(ドローイング、ペインティング、彫刻)、フォームの扱い、サポートの使用、大きなフォーマット、3次元性、自然主義、抽象化、象徴性など、すべてがすでにAltamiraにあります。

バイソン、馬、鹿、手、神秘的な兆候は、現在から36,000〜13,000年前のアルタミラ洞窟が住んでいた数千年の間に描かれたり、刻まれたりしました。これらの表現は、290メートルを超える洞窟全体に広がっていますが、ポリクロームホールにあり、最も多く集まっています。

最大の表現は、長さ125〜170 cmの馬とバイソン、および2メートルを超える雌です。アウトラインは最初にエッチングされ、木炭で黒く描かれました。それから彼らは赤か黄色がかったペンキで満たされました。いくつかのバイソンでは、彼らの腹の色の変化が黒いペンキでマークされていた、または木炭鉛筆が髪やこぶのディテールに使用されていました。また、刻印は目、角、首の毛などに使用されました。

+情報:カタログ「Altamira、最初の芸術」Enlace externo, se abre en ventana nueva外部リンク、新しいウィンドウで開きます外部リンク

バイソン リクライニングバイソン 黒のストロークでバイソンうま 手 ハインド黒のストロークでサインイン 赤いストロークにサインイン 最終ギャラリーのマスク

 壁画は、ソリュトレ期に属する約18,500年前頃のものと、マドレーヌ期前期頃の約16,500年前~14,000年前頃のものが含まれる。約13,000年前に落石によって洞窟の入り口が閉ざされたと考えられ、これにより幸運にも壁画は外気から遮断され、理想状態に保存がされている。

 これらの壁画は、1879年にこの地の領主であり法律家でありアマチュアの考古学者でもあるマルセリーノ・サンス・デ・サウトゥオラ侯爵(Marcelino Sanz de Sautuola)の5歳の娘マリアによって偶然発見された[1]。侯爵はこれらの絵が旧石器時代のものであると考え、1880年に発表したが、当時は旧石器時代の絵が知られておらず、学界からは侯爵の捏造だと疑われた。20年ほどの間に、他の地でもいくつかの洞窟壁画の事例が報告されたが、これらの絵にも当初は否定的な見解がなされた。侯爵は失意の中、1888年に57歳でこの世を去った。しかし、1900年代に入ると科学的な調査も進み、これらの洞窟壁画は間違いなく旧石器時代の絵と認識されるようになった。侯爵の死から15年後、侯爵の論文を否定したトゥルーズ大学のカルテラック教授は洞窟壁画に関する肯定的な論文を発表し、かつて侯爵の論文を否定したことを謝罪した。 なお、先にも書いてある通り、発見されたのは偶然だが、領主は1869年に地方に住んでいた猟師に洞窟に関する話を聞いたことがあるが、当時は興味を示さず、1878年にパリの展覧会で旧石器時代の展示物を見て洞窟壁画の存在を察知していたとのこと[2]

 アルタミラ洞窟の壁画は、外気に触れて痛みがひどくなっているので、現在は公開されていない。また、他の地域の洞窟壁画も同様の理由により現在は非公開とされている。