黒の王女の場所

黒の王女の場所 

篠田達美

 ルイーズ・ネヴェルスンが環境的な立体作品をつくりはじめたのは、「王の船旅」を制作した1957年以降である。それ以前の作品は、実際には「王の船旅」へいたる過渡的なものである。1930年までの作品は作家自身によって廃棄されており、そのあとの時期で残っている作品もわずかである。したがって、ネヴェルスンを論じるのに、57年から没年の88年までの30年間の作品に対象をしぼって考えても、大きな不都合はない。

 ということは、ネヴェルスンが作家としてニューヨークの美術界で知られるようになった1960年代は、作家としての彼女の青春期と呼ペる。1899年生まれの彼女は、そのとき60代だった。

 ネヴェルスンは環境的な立体作品の草分け的な作家といわれる。環境的とは、見る者を取り囲むようなスケールであるということを意味する。ネヴ工ルスンの場合はさらに、建築構造体との類似が、環境的という印象を与えた点は十分に考えられる。いずれにしろ、環境的な作品であるということは、それまでの彫刻の概念に当てはまらない、新しく積極的な方向性を意味すると受け取られた。

 しかし、環境的な作品がまったく珍しくなくなった今白、ネヴ工ルスンの作品が環境的であること-≠それほど重要な意味はない、と私には思えてくる。また、当時、環境的であれば新しいと見なされたのは、抽象表現主義の大きな画面の絵画作品が人々の念≡頁にあったための見方であって、なるほどネヴェルスンの作品の大方は正面視を前提とするから絵画的であると指摘できる一方で、だから彼女の作品と抽象表現主義の絵画との関係に重・要な問題があるというわけにはいかない。

 ネヴェルスンには伝続主義者と進歩主義者の2つの面があって、それを1つに結びつけたところに彼女の作品の特徴がある。もう少し具体的に書こう。彼女の作品はコンポジション、つまり要素と要素の響き合いが、ある種のエモーションを喚起するという点で、ヨーロッパの抽象芸術の伝統の延長線上にある。それは詩的である。

 彼女は芸術と生活について、次のように詩的に語っている。「私のすべての意識が生活において探求してきたものは、新しい視覚、新しいイメージ、新しい洞察だった。この探求は物体ばがノでなく、中間的な場所、夜明けとたそがれ、外界、天球、大地と海の間の場所なども含んでいる。どんなものを人間がつくり出そうとも、イメージは自然の中で見つかる。気づいていないものを理解することはできない。内部と外部は同じものなのだ」。

 同一サイズの木の箱を積み重ねた構成が、ネヴェルスンの作品では特徴的である。1つの箱の内部は、要素と要素のコンポジションからなっているが、1つの箱のコンポジションは、他の全体のコンポジションの要素にもなっている。1つの箱と他の箱の、内部のコンポジションは似ており、1つの箱のコンポジションが作品全体の詩的なエモーションを、ある程度、決定する。

 したがって、細部が反復されて全体を構成するという成立ちになっているが、ネヴェルスンが非伝統的であるという理由は、この反復の相を指してのことである0この格子状の反復は、60年代からのミニマル・アートの特徴の1つである。ミニマル・アートはヨーロッパ美術のコンポジショナルな伝統に依らない、アメリカ的な新しい空間を打ち出そうとしたときに、この格子状の反復を多用した。

 ネヴェルスンを伝統主義的で、なおかつ進歩主義的というのは以上の理由なのだが、彼女の評価を遅らせてきた理由も、どちらかに徹底しないこの両義性にあった0

 もう1つの重要な点、そしてネヴ工ルスンにとって、以上に述べたことよりも、はるかに日常に関係が深かったことは、テーブルの脚などの家具のパーツ、その他、木でできた既成品を多用したことである。それらの多くは、ニューヨークの街角で見出された廃品だった。ネヴェルスンは、結局は木の作品に戻るものの、60年代にはブロンズ、プレクシグラス、アルミ、鉄などの素材を試みている。それらは、街で見出された家具の部分とは違って、必然的に、抽象的な要素が強調されることになる。そしてここにも、ラウシェンバーグが行なったような、日常的な物体や廃品の導入によって現実と芸術の境に挑戦する姿勢と、それとはまったく反対の、抽象的な芸術的洗練をめざす方向との間に、どちらともいえない両義性を見ることができるのである。

 ネヴェルスンは作品の全体をモノクロームの色彩で覆う。金や白もあるが、だいたいは黒。このモノクロームであるということは重要である。それはコンポジショナルな要素を全体に統合して、なおかつ作品のコンポジショナルな効果を抑制する役目を果たもたとえば、複数の異なった色彩が塗られた場合を考えてみればよい。それはコンポジションの効果を増幅するのである。また、モノクロームによる全体は、日常品の部分を組み込んだ彼女の作品構成に、ある種の品格を与え、日常性が詩に昇華されるプロセスに、現実的な威厳を付け加えている。

 日常性、詩、威厳。これらのことから、あのきわめて特徴のあるネヴ工ルスンの風貌や、生活と芸術への風刺のきいた洞察、パーティーで彼女を主役の一人にさせずにはいない彼女自身の立居振舞いや言動、そしてそれらが作り上げるこのロシアのキエフ生まれの老彫刻家個人のイメージを、作品に重ね合わせたい誘惑に駆られる。 亡くなった翌年に、ニューヨークのある画廊で開かれた小規模な回顧展を見たことがぁる。友人たちの追悼の文章などが、綴じられずに差しはさまれていたその時のカタログに、スプリング・ストリートにあった彼女のアパ一卜の内部写真が数点、ポストカードの体裁で入っていた。コレクションなどが棚に整然と並んだ彼女の生活空間は、彼女の作品によく似ていた。

 ネヴェルスンの作品の両義的な性質は、抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップ・アート、ミニマル.アートなどのレッテルから、彼女を救っている。そのことが、彼女が女性のアーティストであるといったこと以上に、彼女の評価を遅らせてきた。しかし日常性と詩を、アヴァンギャルドの美学の論理に対抗させながら、彼女のいう「中間的な場所」、あるいは両義性をモノクロームの全体へと塗りこめたネヴ工ルスンの作品は、「女性性と美術」という新たな観点から再吟味してみるとき、その両義性を積極的な価値として、従来の美術史を相対化しうる意義と可能性をもっているのではないだろうか。

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