5-5. 生涯と作品-4

文字40クレーの詩41

 

新しい天使46paul210「新しい天使」1920年油彩転写素描、水彩/紙、厚紙31.8×24.2㎝ エルサレム、イスラエル美術館クレー絵画と音楽522、逐、8…数患者が畳み量窮すリズムく肥沃奄国に立つ<肥沃な国に立つ記念碑>1929

記念碑2,4,8と数と音が生み出すリズム<肥沃な国に立つ記念碑>1929年(41)水彩、鉛筆/紙、厚紙45.7×30.8cmベルン、/パウル・クレー・センター  音程の数式約システム、1/2、1/4、1/8, 1/16は倍音のサイクル。画面の平行線はそのように分割されている。タイトルからも察せられるようにこの作品は、エジプト旅行で見た古代遺跡から発想された。

 

 

 

ポリフォニー響き合う音楽の法うな絵画<ポリフォニー>1932年(273)油彩、チョ一久/カンヴァス66.5×106㎝ バーぜル美術館音楽と絵画が同一ではないことをクレーはよく知っていた。それにもかかわらず、クレーは音楽から想を得た作品を数多く残している。丹念な下地、方形で区切られた色彩面、その上に置かれた色のドットで多声的な音の響きを視覚化した。


時空を旅するクレー64


内なる原イメージから生まれるもの 

クレーは、脳裏に刻んだ多種多様なイメージを、幾千もの記憶の小箱にしまい込み、いつでもそこから取り出すことができた。そのため、ずっと昔に、どこかで目にした形姿や風景が、何年もたってから彼の画面に突然現れることがある。

 こうした記憶の引き出しが、クレーの多彩な画風を生み出しているわけだが、実際、彼の内面の「原イメージ」とでも呼べるものは、さほど多くはない。幼少期から青年時代にかけて過ごしたベルン高地地方の自然、チュニジアで体験したイスラム世界、そしてギリシア・エジプトの太古……。これらのイメージが長い間クレーを支配し、熟成と変容を経てヴァリエーションを増やしたのである。ヴァリエーションの展開はそのままクレー芸術の発展と呼ぶことができる。新たな体験で得たイメージは、常に原イメージを参照し、時空を超えた視座で眺められた。クレーの芸術においては、過去も未来も「現在」であったからである。過去の飛び65


力の限り66

物語性に満ちた晩年様式の誕生

 現実の死を前にして人間は何を考えるのだろうか。死そのものは物理的な現象にすぎないが、死への思いをめぐらすとき、死と向き合う人間の精神は恐怖を避けられない。

 不運にもドイツを追われ、難病に冒されたクレーは、それまでとは異なる心情で創作に向かっていった。 ドイツを離れる直前、クレーはパリにピカソの画商カーンワイラーを訪ねた。定期的な収入もなく、ドイツ国内で販路が断たれることを恐れたクレーは、彼と契約して生活の保全を企図した。その際クレーは、ピカソのアトリエを訪ねている。

 1936年、突然不治の病に襲われたクレーの絵画制作数は激減した。翌年、ようやく小康状態を得たクレーは画室に戻る。そこから、梁のような太い線、大きな画面、明確な彩色、物語性に満ちた「晩年様式」が誕生する。死との契約交換であった。

 ドイツではナチズムの嵐が吹き荒れ、数百万人を動員した「頽廃芸術展」にクレーの作品も展示された。クレーのたくらみ67


ドゥルカマラ島68クレーの謎掛け69最後の日々70死と浄火

忍び寄る死の気配《死と浄火≫1940年(332)油彩、糊絵具/黄麻布:オリジナルの額縁 46×44cmベルン、パウル・クレー・センター人生の幕引きが近づいたクレーが描いた作品=画面中央の蒼白な顔は<ドゥルカマラ島〉(前のページ)でも見られる死のイメージ=その後ろに立つ人物は、櫂のようなものを持っていることから、ギリシア神話に登場する死者の霊を冥界へ送る渡し守のカロンにも見える。目と口を分解すると「Tod」の文字になる。Todとはドイツ語で「死」や「死神」を意味する。


クレーの天使72天使73


矢印74矢印75


殿堂76殿堂77