人体・human body

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■人体 The HumanBody

 ロペスにとって極めて重要なテーマである人体は、多くは彫刻によって表現されてきた。ロペスは美術学校時代にすでに彫刻を学んでおり、その頃から多大なる興味を抱いてこれに取り組んでいる。光を描くことのできるのが絵画であらゆる角度から表現できるのが彫刻であるとし、素描と合わせてこれら3つのジャンルはロペスにとって互いを補完し合うものである。

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 当初は絵画的傾向の強いレリーフを手がけていたが、1960年代に入ると、独立した三次元の彫刻を追求するようになる。その最初の作品が《マリの胸像≫(上図)であった。ロペスは自らの絵画作品において、色彩よりもむしろ形やヴォリューム、そして対象間にまたがる距離感が重要であるとし、そうした性質が自分を彫刻に向かわせるのだと述べている。素材に対する探究心も極めて旺盛て初期はブロンズや石膏、木が中心であったが、最近はそれらに加えて、石、鉛、金、銀など多岐にわたる素材に取り組んでいる。一般的に画家としてのみ見られがちであるが、彫刻家でもあるロペスは、そこに優先順位をつけてはいない。

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 ロペスが実に四半世紀にわたって制作し続けてきたのが、傑作≪男と女≫(上図)である。決して美的とはいえない生々しい肉体を前にして、我々は戸惑いにも似た不思議な感覚にとらわれる。その直裁さは、ロペスの徹底したリアリズムを浮き彫りにすると同時に、装飾的な世界に陥ることなく一直線に本質を挟り出そうとしてきた伝統的なスペイン美術の流れを汲むものであることを改めて認識させる。

 一方でその最小限に抑えられた動作、にもかかわらず圧倒的な存在感を放つ停まいは、舌代彫刻を想起させる。人体を表現する際に、ロペスのなかには常にエジプトやギリシアなどの古代彫刻が存在しているのだ。

 またロペスはモカレを用いて制作する場合、測量機器によってその人物を徹底的に計測する。《「女の像」のための計測跡のある素描≫では、その傾向がはっきりと認められる。人体に限られたことではないが、現実に近づくためには最良の方法をとるロペスの極めて合理的な考えがそこには息づいている。補助的な手段として写真を使用するのも、同じ目論見から発したものといえよう。

 近年は、マドリードの玄関口であるアトーチャ駅の広場に設置された直径3メートルを超える巨大な子供の頭像《昼≫と《夜≫に代表されるように、パブリックスペースのためのモニュメンタルな彫刻作品を精力的に手がけている。これら大型作品の制作についてロペスは、1993年に国立ソフィア王妃芸術センターで開催された個展以降の自分にとって、最も重要なプロジェクトとして位置付けている。そして、これまで等身大の視点から制作し続けて70代を迎えたロペスが、古代彫刻を志向するなかで自らが築いてきた世界観を超えようとする挑戦的な態度がこれらの作品には現れている。


■人体備品解説  男と女 1968−94

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 彫刻における最重要作品《男と女》は、もともとは絵画制作が構想としてあった。1950年代において着衣の夫婦像を手がけてきたロペスは、1960年代に入り裸体の夫婦像を描き始める。しかし人体を表現するには三次元であるべき必要性を感じ、彫刻に着手した。木彫にしたのは、比較的変更を加え易いからというのが大きな理由であった。その証拠に、X線調査によると数多くの大小からなる断片が複雑に組み合わされていることが判明している。それらはネジや釘で固定されており、接合部分は接着剤やおがくず等で隠された

 当初より特定のモデルを用いた肖像彫刻にするつもりはなく、途中幾人かのモデルを用いて参考にはしたが、それはそれぞれの特徴を抽出し組み合わせるためのものであった。本展出品作である《マメェル》(下図左)や《フランシスコ》(下図右)は、その代表例である。本作はいわば寄せ集めの人物像なのである。しかし通常のモデルを使用した場合とは異なり帰結するぺき場所がなかったことにより、完成までは困難を極めた。女性像は比較的早い段階で終了していたのであるが、男性像には相当な苦労を強いられたようである。

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 1973年にロンドンでの展覧会に出品され、ニューヨークのコレクターの手に渡ったのであるが、作品の出来に満足していなかったロペスは、制作を続けることを希望して、作品を取り戻している。特に男性像の腕が長過ぎて、類人猿のように見えることが最も気に入らなかったようだ。その後も手を入れ続け、1991年の日本での展覧会「スペイン美術はいま・・・マドリード・リアリズムの輝き」展に出品予定だったにもかかわらず、いまだ納得のいかないロペスは展覧会直前になって出品を取りやめた。結局完成したのは、その3年後のことであった。

 本作における、あえて物語性を廃して存在感を強調するというロペスの方法論からは、彼が憧憬し続けてきた古代彫刻との関係性を看取できるであろう。年齢不詳で正面向きのこれら2体の人物像は、古代彫刻に宿る普遍的な人間像を目指したものである。そしてロペスの画家としての本分により、古代彫刻やスペインのバロック時代の宗教彫刻と同じく、最終的に色彩が施された。  A.M.


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■子どもたちの頭 Children’sHeads 1996ー2013

 ロペスは、自らの近年の重要なプロジェクトとして、モニュメンタルな大型人体彫刻をあげている。最初の作例は、2008年にマドリードの玄関口であるアトーチヤ駅に設置された直径3メートルを超える巨大彫刻《昼》と《夜》である。これらはロペスがエジプトやギリシアの巨大な舌代彫刻を志向しているともいえるが、一方でこれまで自らが制作してきた等身大の作品を超えていかに永続的なものを世に送り出せるかという意気込みが反映されたものである。

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 本展出品作はそれらの縮小版として制作されたものも含め、全て自らの孫をモティーフとしたものである。ブロンズ、石膏の他、金、鉛、鋼、石など様々な素材を用いて制作していることからも分かるように、ロペスはそれぞれの素材の持つ質感や肌触りに興味を見出している。

 現在ロペスのアトリエには、驚くほど数多くの類似彫刻が雑然と置かれていることから考えると、これらの頭像が現荏のロペスにとっていかに重要であるか窺い知れよう。孫に対する愛情とも読み取れるが、そうした情感はむしろ排除され、個々の作品は物としての存在を強く主張している。それはロペスがあくまでも造形的興味を掻き立てられるものとしてモティーフを見ているからに他ならない。A.M.


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■女の像(イヴ)2013

 アトーチヤ駅に設置されているパブリック彫刻《昼》と《夜》以降に制作された作品《コスラーダの女≫は幅4メートル、高さ5.5メートルにも及ぶもので、ロペスの彫刻作品で最大のものとなった。それはマドリード郊外の町コスラーダのロータリー交差点の中央に2010年に設置された。

 ロペスは、旧約聖書において神が創造した最初の女性イヴをイメージしながら、彼女が地面から現れ出て昇りゆく太陽に驚いている瞬間を表現した。下腹部からの上半身という、極めて珍しい切り取り方をしたフォルムを示している。実際に野外の作品を目の当たりにすると、まさに地面から巨大な半身が浮き上がってくるような印象を持つ。静的な《昼》と《夜》とは対照的に、動的な彫刻を目指したものと言えるだろう。

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 野外彫刻に先がけて、その原型となる、本作と同サイズの石膏像が、2010年に制作された。本作は、今回の展覧会のために新たに制作されたその木彫ヴァージョンである。肌色に彩色されており、より人体を感じさせる。モデルは、ロペスが不定期に講習を受け持っている美術学校の女生徒である。やや猫背で痩せたモデルを採用していることから、ロペスは必ずしも理想的な人体を追求しているわけではないことが分かるだろう。本作は近年手がけられた彫刻作品のなかで最重要であることは疑いないであろう。


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■横たわる男 2011年

 本作は近年手がけられた彫刻作品のなかで最重要であることは疑いないであろう。2011年のティツセン=ボルネミッサ美術館での回顧展にて初公開された際に、本作は展覧会場において、ひと際鑑賞者たちの注目を集めていた。その圧倒的なリアリズムと存在感は、ロペスの創作意欲と技術が70代半ばを過ぎてなお、全く衰えていないことを雄弁に物語っている

 モデルとなったのは、≪バリエーカスの消防署の塔から見たマドリード》(cat.no.52)の制作の際に、署内でロペスの世話をした消防隊長である。モデルについてもロペスは日常の身近な人間関係から選択する。

 まるで手術台に横たわる患者を前にするかのように、ロペスは人体の隅々まで観察し、正確に各部位を計測していく。横たわる人物像ということで死を感じさせるものとも考えられるが、見開いた目と鍛えられた屈強な身体からはむしろ漲(みなぎ)る生を感じさせる。

 様々なテーマを経て人体を改めて追求するようになったのは、老年期を迎えたロペスが、人間存在を主題とする、より永続的で普遍的なるものを志向するようになってきた証左と言えよう。 A・M

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