室内・Interiors

 ロペスは1961年にマリア・モレーノと結婚し、マリアとカルメンのふたりの娘が生まれる。ロペス一家はマドリード旧市街の南にあるエンバハドーレス通りに住んでいた。さらに一家は1960年代半ばに マドリードの北部の家に転居する。この室内のセクションは、60年代初頭から70年代までの作品が中心であり、彼らの日常生活に直結した、親密な空間が描かれている。これらの作品群からも、木の浮き彫り、油彩画、素描と、ロペスの技法の多様さを知ることができる。

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 《食器棚≫(上図)は、画面上部に妻のマリアの頭部が浮かびシュルレアリスムの影響がいまだ色濃く漂うものの、個々のモ ティーフは十分に描き込まれ、重厚なマティエールが見て取れる。《眠る女(夢)≫(下図)は、彩色された大型の木の浮き彫りの作品であり、伸びのあるエネルギッシュな造形感覚が伝わってくる

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 また、画面中央に鏡が掛けられた《室内の人物≫(下図)は、光と影が織りなす重層的な謎めいた空間のなかに、いくつもの物語が喚起され複雑な空間表現への企てが感じられるのである。ロペスは19る0年代後半になるとさらに卑近な日常に目を向け、浴室、トイレ、洗面台、洗濯物などを対象に取り上げていく。

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《トイレと窓≫(下図)のには、視点を厳格に固定したときに生じる遠近法の問題がはっきりと提起されているロペスが試みた解決法は同一画面の上部と下部を分けて、別々の透視図法で描くことであった

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 写実画家としてのロペスの精密な描写のテクニックが最も発揮されるのが、1970年代初頭に制作された一連の素描作品であろう。モティニフ自体の質感を求める静物画とは異なって、目からの距離を保ちながら室内の空間と光自体を描き出そうとしている。特に照明の光や、窓に反射する室内灯に関心が集中していくのである。《バスルーム≫のような鉛筆だけで描き出された大型の作品は、素描自体が自立した技法であることを如実に示している。《アトリエの内部≫は、ロペスが室内に充溢するやわらかで微細な光に魅せられて、室内の空間を精細に描いた好例である。《大きな窓≫は、電灯が映る窓ガラスの鏡の効果を追求している。ロペスの室内を描いた作品は、驚異的な技法を駆使して描出されていても、少しも媚びたところがなく、また作為的なところを感じさせない冷徹さがある。

 さらに、ロペスはかつて1966年に描いた冷蔵庫を再びテーマとして取り上状新たな空間表現を試みる。《新しい冷蔵庫≫(下図)は、人工的な冷たい照明のともる無機質な内部と、整然と並んだ食材とのコントラストに焦点をあてた作品といえよう。

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■室内 | 作品解説

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■食器棚   The Cupboard  1962-63

 食器棚を正面からとらえた、高さ2メートルの大き彩画である。棚に並べられた食器や果実や切り花、そしてレースの敷物までも、分厚いマテイエールで描かれている。長女が誕生し、家族との新しい生活のなかロぺスは日常の空間で見つけた中身の詰まったモティーフに魅せられていた。ロペスにとって重要なのは、そのモティーフに親しみを感じ、しかも長時間対峙できるということであった。そこで静物画とも室内の情景とも分類できない、家具そのものを主題とする作品が生まれたのである。

 食器棚の上に置かれた模様ガラスの鉢は真横からの視点で捉えられているが、下の棚は順に見下ろすパースぺクティヴで描かれている。至近距離から大きな対象を見たときの上下する目の動きをそのまま描き込んでいるのである。ロペスははやくもここで、視点の移動の問題を意識し始めている。

 この作品にはまた、シュルレアリスムの影響がはっきりと表れている。向かって右上部では燭台が浮遊し、右隅に電球がのぞいている。また上部には、幻影のように妻マリアの胸像が現れる。ロペスの回想では、妻の顔を描き込むかどうか迷い、試行錯誤したうえで最終的に描き込むことに決めたという。描かれた現実に「何かを加味するべきでは」と自問していた時期に制作された作品なのである。この≪食器棚》からさらに2年後、ひとまわり大型の、より中身の詰まった《飾り棚≫(個人蔵)が描かれることになる。 A・K・


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■眠る女(夢)SleepingWoman(TheDream) 1963

 ロぺスははやくも1950年代末から、石膏、木彫、ロンズの浮き彫りの制作を始める。浮き彫りはロペスにとって、彫刻の三次元的要素と絵画の二次元的要素を組み合わせて表現できる技法といえる。この《眠る女(夢)》は木の浮き彫りに彩色したものて絵画的表現が顕著である。斜め上から見下ろす視点てほぼ等身大で表現された大型の作品である。モニュメンタルな構図であると同時に、ロペスらしい細部へのこだわりも窺える。

 胸をはだけた若い女がベッドで安心しきって眠っている様子が伝わってくる。眠りや夢、さらに愛を連想させるベッドという様々な含意のある設定は、主題の曖昧さを感じさせるが、一方で、作品全体のなかに細かい描写を指摘することができる。女の頭の上には電灯のスイッチが垂れ下がり、壁の左端にはコンセントがある。ベッドの向こう側の椅子と、ベッドの足元には脱いだ衣服が無造作に掛けられており、ベッドの下には靴がのぞいている。日常に直結したこうした描写臥物語性のある主題を喚起してくれる。木のベッドの左手前の脚の光沢、上掛けの模様、シーツの敏、頭の重みで沈む枕など、現実味のある巧みな表現は、若いロペスの果敢な挑戦のひとつだといえる。

 この「眠る女」の主題は、本作に先立ち、まず石膏て続いてブロンズでも制作され、異なるヴァージョンが存在する。このあとロペスは、室内や浴室などプライぺ一卜な空間にいる女性を主題に取り上げるようになる。  A・K・


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■トイレと窓 1biletandWindow 1968−71

 この作品は、ロペスが身の回りの空間、つまり自分が日常生活を送る室内を、精密に視点を定めて描こうとした時期の油彩画の1点である。ロペスは実物を近い距離から見て描く姿勢を貫いて、一度に捉ぇられる視野の範囲にこだわり、画面の上部と下部を分割して別々のパースぺクティヴで描いている。画面中央に白い帯が横断しており、上下の境界の役割をしているのだ。

 上部には、正面から見た窓ガラス、その左側にブラインドを開閉するためのベルトが描かれている。模様の入った窓ガラスの執拗な描写には、細部に執着するロペスの制作の姿勢が表れている。特にロペスが、太陽の自然の光にせよ、人工の灯りの光にせよ、光の輝きを描くことに強い関心を抱いていたことが分かる。

 下部は、見下ろす視点で便器とシャワーの台、それにトイレのブラシ、床に落ちているタバコの吸殻までもが描かれている。汚れやシミがそのまま描出されており、一般的な絵のモティーフとしては極めて例外的な選択がなされたといえる。現実をかたくなまでに理想化しないというロペスの制作態度が、最もあらわな形で表現された作品であろう。画面を分割するというこの実験的な構図は、1967年に制作された《洗面台と鏡≫(ボストン美術館蔵)ですでに試みられている。