植物・Plants

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 映画「マルメロの陽光」(監督ニビクトル・エリセ、1992年)を契機に、 この主題はアントニオ・ロペスの最も有名なものとして知られるようになった。

 この映画では、ありふれた日常が進むなか、自宅の庭に生るマルメロを丹念に描くロペスの姿がドキュメンタリータッチで描かれている。足元に杭を打って視点を定め、錐を吊るして垂直線と水平線を画面に作り、さらに絵筆でマルメロの果実や葉に印を付けながら、ゆっくりと制作にとりかかる。秋の熟したマルメロは太陽の光で金色に輝き、画家はその最も美しい瞬間を描き出すべく、毎日のようにキャンヴァスの前に立った。しかし時間の経過とともにマルメロの果実は次第に重みで垂れていき、ついには地面へと落ちてしまう。ビクトル・エリセが後年のインタビューで指摘しているように、ある瞬間を定着させる絵画において、生きた素材をモティーフとしている以上、ロペスの制作は失敗を運命づけられている。つまり一定の姿を保つことができない生きた植物をキャンヴァスに固着させようとするロペスの試みは、最初から矛盾を孕(はら)んでいるのである。映画の終盤でロペスは地面に落ちた果実を拾い上げマルメロの運命とともに自らの失敗を静かに受れる。そして初冬を迎えると同時に、マルメロに寄り添うようにして続けられてきたロペスの制作は終わりを告げるのである。

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 植物にかかわらず作品を描くにあたり、ロペスの態度は一貫している。対象の価値を、作品よりも優位に置くことである描く対象への愛を標榜し、ついにマルメロの果実が腐敗していくまでを見つめる画家であり続ける。映画の最後に、春を迎えたロペスの庭はすでに地面で腐敗したマルメロとともに、新たに瑞々しい果実をつけた樹木が映し出される。そして今年もまた、新しく実ったマルメロがロペスによって描かれることを予感させながら、エンドロールを迎えるロペスにとっては自然の法則がまず大前提としてあり、それを全面的に受け入れることによって作品制作が進むのである。

 近年ロペスは生けられた花の小作品をいくつも描いている。そこでもマルメロと同じく、ロペスの瑞々(みずみず)しい感性が映し出されている。


■植物 | 作品解説

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■マルメロの木  1990

 映画「マルメロの陽光」のなかで描かれた作品。映画は本作のキャンヴァスを張るシーンから始まる。そして自宅の庭に実るマルメロをモティーフに、ロペスはゆっくりと制作にとりかかる。下描きをすることなく、絵筆で画面真申から描き始めると、10日もたたないうちに画面が色彩で覆われていく。

 朝の光は果実の上部を照らし、それが金色に輝く瞬間が最も美しいとロペスは妻マリア・モレーノに語る。拍子抜けするほどありふれた日常だからこそ、光り輝く美しいマルメロとそれに寄り添うロペスの控えめで落ちついた姿が際立つ。結果としての作品よりもただ純粋にマルメロのそばにいることの重要性を説き、場合によっては制作を諦めることさえ辞さない。画家としての自分よりも、対象であるマルメロが常に制作の中心に置かれているのだ。

 彼のリアリズムとは技術に頼るものではなく、対象と時間を共有するなかで自らの中に湧く感情であり、またそれに基づいて愛する対象を画面に描き出すという行為そのもののことなのである。つまり彼にとっては、作品の出来栄えよりも、むしろそこに至るプロセスが重要なのだ。

 秋の天候不順に悩まされながら、約1か月間の制作の後、結局未完に終わった作品であるが、ロペスの瑞々しい感性が直接的に映し出された代表作のひとつといえよう。


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マルメロの木  1989

 映画の中で、ロペスは天候不順が続いたために油彩画を諦め素描へと切り替える。ロペスにとって油彩画は色彩を生み出す光を描くことが目的なので、日々成長を続け最終的には熟して落ちてしまうマルメロをモティーフとしている以上、この場合悪天候は制作時間を否応なく奪う何物でもない。一方で、素描は対象の形態を写すものであり天候に左右されることがない。ロペスにとって素描とは、日常の世界を描き出す最もシンプルな方法であり、自らの感動をより直接的に画面に表現することのできる媒体なのである。ロペスは油彩画の前に準備段階としての素描を描くことはない。彼にとって素描はあくまでもひとつの独立したジャンルなのである。

 ロペスは本作において、至近距離からマルメロの木をとらえ、その全体を画面の真ん中に描き出している。絵画的効果を狙うことなくモティーフに対してあくまでも正面から向かい合う姿勢にはロぺス独特の美学がある。本作は映画撮影の1年程前に、映画の中で措いたのと同じ木をモティーフにしたものと思われる。葉っぱと枝、そしてマルメロの実が絡み合いながら極めて複雑な様相を呈している。それらの形態を徹底的に忠実に写し取っていくロペスの態度からは、自然の創造物に対する深い敬意を感じ取ることができよう。      A.M.

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