静物・Still-life

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 この静物のセクションでも、油彩、ブロンズの浮き彫り、鉛筆による素描、さらにリトグラフと、ロペスの多彩な技法を知ることができる。最も初期の作品は、ロペスが18歳のときに描いた《バルコニー≫(上図)であり、若い自由な発想で自分の日常にフィクションを盛り込みながら画面が作り上げられているその2年後の作品《クリスマス・イヴの食卓≫(下図)のは、パルコンの向こうに広がる都会のイルミネーションとにぎやかな室内との対比からロペスの独り暮らしの生活が連想されるであろう。

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 ロペスはまた、美術学校の課程を修了した頃に、故郷トメリョソで戸外に置かれたテーブルの上にモティーフを並べ、前景と後景のパースぺクティヴの統一を試みる静物画を何点か描いている。一方、≪花を生けたコップと壁≫(下図)は、ふたつに分割された大胆な構図で描かれた作品である。興味深いことに、ロペスは静物画においても、初期の頃から視点の問題を追求しているのである。

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 静物画とは、本来、至近距離から対象を見つめる画家たちが、画面構成の妙と質感の再現の巧さを競うものなのかもしれない。作者によるモティーフの配置が、そこで重要なポイントとなる。ロペスはしかし、置かれたままの、取り繕っていない状態でのモティーフをしばしば描いている。食器の上の食べ残し、皮を剥がれたウサギの肉のような食材が、その典型的な例である。

 伝統的なトロツパの静物画では、仕留めたばかりの狩猟の獲物など、日本でなじみの少ない生の食材が取り上げられるが、ロペスの《食品貯蔵室≫(下図左)でも、ウサギが上から吊り下げられている。また<鶏肉のある静物≫(下図右)は、スペインのボデゴン(厨房画)の伝続を継承しているということも可能である。それにしても、刻々と鮮度を失っていく生肉は、長時間かけて制作するロペスにとって最も不向きなモティづなのかもしれない。

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 ロペスの静物画は、1970年代から精密な描写が著しくなる。その制作の姿勢は、あたかもモティーフの実質を少量ずっ絵筆にのせて画面に移し替えていく作業を続けているかのようだ。たしかに、そこから迫真の質感表現と微細な光が等しく現れてくるのである0驚異的とすら感じるのは、目の前に置かれたモティーフのどこかの部分を、瞬間ごとに注視していく人間の動く目の感覚が画面にも表出されているからであろう。

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 1990年代に描かれた《カボチャ≫(上図)では、大きさの異なる多数のモティーフの相互の関係が、閉じた空間のなかで厳密に追求されている。画面にはモティーフを計測しながら描いたときの目盛が残されている。カボチャから伝わってくる生々しさは、それまでのロペスの静物画にはなかった遠近感の強調により得られたものなのかもしれない。


■静物 | 解説

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■バルコニー 1958

 この作品を描いたとき、ロペスは18歳だった。サン・フエルナンド美術アカデミーの美術学校で4年目を迎え、レティーロ公園の西側のアルフォンソ12世運りにあった下宿に住んでいた。これは学校の課題から離れて、自由な発想で試みられた作品である。

 ロペスの回想によれば、この絵を「ひどい嵐の日の午前中に」自分の部屋で描いていたという。バルコニーの真ん中には、水の入ったガラスのピッチャーと果物が載った皿が、右側にオレンジが積み上げられ奥にはカーネーションの植木鉢が置かれている。オレンジは学校の食堂のデザートを持ってきたもので、植木鉢は大家の奥さんのものだった。さらにカーテンの模様と床の木目模様が強調されている。バルコニーとカーテンはロペスが実物を見ながら描いたのであった。

 それに対し、窓の外の情景はロペスが自ら創造したものである。正方形の窓のある建物の壁には、杭のようなものが何本も突き出ており、大きな窓には打ち込まれたかのように輪のついた杭が飛び出している。屋上には、不釣合に大きく5名の男女が描かれているが、それぞれ思い思いの身振りをして、左端の男はまるで理性を失っているかのようにみえる。暗い空には低く飛行機が飛んでいる。

 ファンタジックな雰囲気のなかに、密度のあるモテイーフの描写とモニュメンタルな造形性とが指摘できる。ロペスはこのとき初期ルネサンスの画家マンテーニヤヘの強い思いを抱いていたという。A.K.


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■カボチャ・pumpkins 1994-95

 ロペスとしては珍しい、1990年代半ばに描かれた素描による静物画である。日本では目にすることのまれな巨大なカボチャがいくつも配され、さらにマルメロの実などが添えられている。正面奥には扉か窓のようなものが認められ奥行きが暗示されている。

 多数のモティーフを細心の注意を払って配置しているためか、室内とはいえ深みのある統一的な空間が作り出されている。40年前に故郷のトメリョソで試みられた戸外での静物画をどこか思い出させるが、この素描ではモティーフの大小関係を効果的に利用し、低い視点からのパースぺクティヴがより明確に創出されている。

 画面のカボチャやマルメロには目印となる交差した線の跡が残され、床にはモティづまでの距離を示す目盛が描き込まれている。セットされたモティーフを撮影した写真を詳細に検討すると、カボチャやマルメロは白い絵具で印が付けられ、それぞれの位置を示すため床には目盛が置かれ、高さを示す目盛のついた棒が立てられ、水平の距離を示す目盛の付いたロープのようなものが横断しており、もともとモティーフに目印が組み込まれていたことが分かる。ここでも寸毫(すんごう・極めてわずか)もおろそかにしない正確な描写が試みられたのである。

 左上方から強い照明があてられた状態で描かれたようで素描のカボチャやマルメロにははっきりと影が描かれている。陰影が強調された分、カボチャのごっごつした質感の生々しさが伝わってくる。個の存在を主張するとともにモティーフ相互の関係を組み入れた、ロペスの素描における新たな試みが感じられる。