生活環境ギャラリー

 家族がモンロソテに農家を買って以来、ジョアン・ミロと、カンプ・ダ・タラゴナとの繋がりは、日に日に増し深まっていく。1911年の病後の療養の間に、ミロはここで健康を回復すると同時に、新しい「世界」の見方を発見する。こうしてモンロソテは次第に、現実的にも精神的にもまた地理的にもミロの拠点となっていく。ミロにとって、モンロッチはカタラン精神の純粋をエッセンスであり、彼のインスピレーションの源泉でもあり、また彼の思索や仕事にとって、最良の条件を備えた場所でもあった。       (撮影 1942-1947年 ゴミス)


 ミロにとってマジョルカは、空の青さを発見し、庶民の慣習が未だ生活の中に生き続けているのを目の当りにした所を意味している。小さい掛ら、母方の祖父母を訪れた折に見知つていた場所であり、空と光と海とがミロに強烈に作用した場所である。星座の制作はパルマで完成し、また、かの有名な「トリプテイカ、青」等の作品もここで措かれた。ミロは晩年はパルマに住み、カラ・マジョー湾に面したこの地に、以前より夢見ていたアトリエを建てたのである。 (撮影 1946-1950年 ゴミス)

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