ロバートラウシェンバーグ

■ロバートラウシェンバーグの平和主義

大島清次

  ロバートラウシェンバーグは、彼の自主企画・国際巡回 個人展「ロッキー」の自筆趣意書の中で、次のように述べて いる。

 「世界中至るところで行ったさまざまな共同制作の体験から言っても、芸術を通じた人と人との触れ合いには平和な力がみなぎっていますそして、この触れ合いこそがエキゾティックで特殊であると同時に普遍的な知識を分かち合う最も非エリート主義的な方法なのですこれが必ずやすべての人のための創造的な相互理解へと我々を導いてくれるものと私は確信しています。」

ロバート

 その「ロッキーROCI」(Rauschenberg Overseas Cultur。Interchange)展を世田谷美術館で開催した私は、広島市現代美術館の「ヒロシマ賞」選考委員会の会議中、座長として、同賞に最もふさわしい候補者はラウシェンバーグ以外にないと深く期していた。多数の候補者の中から、長時間にわたる論議の結果、ラウシェンバーグを選出することに委員全員の意向が集約されて行ったのだが、ただ一つ、この平和賞は広島市現代美術館における受賞記念の個人展が条件になっていて、その条件をラウシェンバーグが承諾してくれるかどうかという懸念が、私を除く委員全員に支配的であった。けれども、「ロッキー」展の経験から私は、今世界の現代美術界の中で彼ほどに深い意味で平和にかかわっている美術作家はいないと確信しており、その確信に基づいてよほどの事情がない限り彼が受賞記念展付平和賞を拒絶する割孝ない、むしろ喜んで受諾するだろうことを信じて疑わなかった。私が信じていた通りのラウシェンバーグであったことが、その通りに立証されて、大変うれしく感じている。同時に、この慌しく身勝手な申し出にもかかわらず企画の本旨を汲み取っで快く賛同してくれた彼には、改めて尊敬の念を新にするとともに、衷心から深く感謝している。

 「ロッキー」展は「ラウシェンバーグ海外文化交流」展の略称だが、同時に彼が飼っているペットの愛称(亀)でもあって、壮大な国際文化交流事業として計画されたこの長年にわたる巡回展が、全く恣意的(しいてき・いのまま)なぺットに対する彼の個人的な愛情とユーモラスに短絡している。いかにもラウシェンバーグらしい世界を象徴して、切れ味のいいネーミングとなっている。「ロッキー」展の骨子は、彼の芸術における平和主義にある。それも、欧米経済先進国主導型のそれではなく、むしろ南北問題の南側、アジア、アフリカ、アラブ等の第三世界、あるいは開発途上国と直接現地でかかわり、しかもなるべく地域の伝統文化との唐突な衝撃的出会いを積極的に求め、その衝撃的出会いがそのまま起電力となって創造のエネルギーと化す。そうした異質な文化の創造的な出会いを通じて、相互に確認される多民族間の平和その検証がこの壮大なプロジェクトの狙いであった。勿論、彼が各地で遭遇する異質な文化は、いずれも西洋的な意味での芸術、いわゆるハイ・アート(高級芸術)ではなく、ロー・アート(低級芸術)、すなわちポップ・カルチュア民衆文化)やエスニック・アート(民族芸術)がほとんどで、それは明らかにニューヨークにおけるポップ・アートの必然的な延長線上でこの「ロッキー」展における平和主義が伸張して行った経緯を、雄弁に物語っている。大都市空間に雑沓(ざっとう)し、氾濫し、衝突し合う猥雑な視覚イメージ。多義的で相互に矛盾し、至るところで断絶し、ショート し、スパークし、火花を散らす創造的坩堝(るつぼ)。いうまでもなくラウシェンバーグはこの不条理な都市空間の中から脈絡のない断片を拾い集めて、芸術を紡ぎ出してしまう類稀なるマジシァンなのだが、そのマジック・ショーを彼が演じ私たちが見物しているそうした芸術的「場」の共有、すなわち「芸術を通じた人と人との触れ合い」に、「平和の力」がみなぎっている、と彼は信じている。その触れ合いは、それぞれの個人や民族の間で、相互に特殊な異質性が際立ち、そのギャップは刺激的なエキゾティシズムに達するのだが、ラウシェンバーグの信念は、それによって相互の優劣や反目や抗争が発生するのでなく、全く逆に「創造的な相互理解へと我々を導く」、また「普遍的な知識を分かち合う最も非エリート主義的な方法」でもあると言うのである。異民族間の相互の文化的アイデンティティーを主張し合うことが、彼の言う芸術の「創造的な相互理解」を通じて、究極には世界平和に達するというコンセプト壮大な理念なのである。これによって、ラウシェンバーグのポップ・アートが、アメリカの「自由」と「平等」に根ざし、先進国・発展途上国間の落差や人種差別を超えて、真に解放された人間同志の国際的なヒューマニズムに拡張されて行く過程がよく納得される。同時にまた彼を通じて、アメリカのポップ・アートそのものが充分に世界史的な暗黙の要請に応えて美術史上に登場してきた必然性も明らかになる。ラウシエンバーグのスケールの大きさと言っていいのだろう。

 しかも、彼のこの芸術を仲立ちとした平和主義は、「ロッキー」展の世界巡回の実践活動を通じて終始「非政府」的立場が堅持されている。それによって彼の理念は、単なるお題目的な芸術論でなく、強固な実践的基盤を必然的に自ら担う結果となっていた。政府の援助なしに、ラウシェンバーグはこの巨大な世界巡回プロジェクトを素手で成功させてしまっているのである。先進国(?)問の前衛美術状況など全く無縁の人びとと肌で接し合い、共働して成し遂げている。彼の流儀を介した人びととの異常な出会いを、さまざまな予想外の苦労や障害と共に、大事にしてきているのである。いかに彼が非政府的立場を堅持しようとしていたか、それを如実に物語るエピソードがここにある。

 「ロッキー」東京展(世田谷美術館)開会式直前の出来事だつた。アメリカのスーパー・スター、ラウシェンバーグのおそらく日本最初の大展覧会ということで、米国大使館から文化参事官のオブラック氏が出席していた。同氏の出席に関連し、かねて私から来賓挨拶を依頼してあった。そのことを開式直前に私からラウシェンバーグに伝えたところ、彼は血相を変えて、「冗談じゃない。ぼくのこのプロジェクトは米国政府に何の関係もない。参事官が挨拶をするんだったら即刻この展覧会を取り止める」と言い出した。こちらが今度は青くなって、絶体絶命、事情を話してやめてもらうしかない。このオブラック氏がまた立派な人で、ニコニコ笑いながら、「そうでしょう、そうでしょう」と言った具合で、万事円満に収った。この時のラウシェンバーグの迫力のすごさと言ったら、「さすが」としか言いようがない。私にとってそれは生涯忘れ得ぬ体験となった。

 もう一つ、ラウシェンバーグの創作手法というか、彼の創作にかかわる精神の営みについて、ゆくりなくも非常に興味深い現場に私は立会う機会に恵まれた。展覧会の準備中、一週間ほどスタッフを督励して会場での作品展示に彼は深く関与していたのだが、ある朝ホテルから美術館へ来る途中の花屋で、色鮮やかな黄一色のパンジーを一束買って、それをいかにもいとおしそうに両方の掌で支えながら姿を現わした。私の顔を見るなり、「何かグラス、コップはないか」と言うので、大急ぎで二、三有り合わせのコップを持ってこさせると、いろいろ見比べて、そのうちのクリスタルの透明なカットグラスを選んでそれにパンジーを無造作に挿し込むように入れて、ひとしきり手に持って眺めていた。次にそれを、専用に提供されていた個室の大きなテーブルの上に置いて、それで一応は終りか、と常識的にその時私は思った。例によって、ジャック・ダニエルスを一口呷(あお)って展示場に出ようとすると、意外にも彼はそのパンジーのコップを再び手に取って展示場に向うのである。妙な行動をするな、とついて行くと、そのコップを彼は持って歩いて、広い雑然とした作業中の展示場のそこかしこを何か捜し物でもするように見て廻っている。ふと立ち止ったかと思うと、そのパンジー入りコップを床の上にじかに置いてしきりに眺めている。その他愛もない動作を、ひどく真面目な表情と動作のもとにやっているものだから、私はそれが何を意味するのか、とりわけ彼の「ロッキー」展にどうかかわっているのかさっぱり分からず、その奇怪な行動をずうっと見続けていた。はっと、ある事実に私も遅蒔きながら気付いて、びっくりしたのである。艶の出た茶褐色のオークのフローリング(床)の上の、透明に鋭くカットされたクリスタル・グラスに入った黄一色のパンジーの花とグリーンの葉が醸し出す、何とも明状しがたい非日常的なその美しさ。きわめて日常的な身辺の雑事の中で、誰でも遭遇するふとした、ささやかな、予想外の情景。行きずりの一瞬の光景ながら、はっと意表を衝くようにして垣間見せる美しさ。平凡で低俗と決め込んで日頃見過してしまっている日常に本来潜んいっときでいるこの美しさを、一時取り出して、ラウシェンバーグは独り楽しんでいるのである。まるでマジック・ショーを見ているような、いや文字通り束の間の美神の光臨、「示現(アパリション)」に私は居合わせていたのだ。

 この話にはその先があったのである。しばらくその情景を楽しんでいたかと思うと、今度はコップの花束を使ってある作業を始めた。明らかにインスタレーションと言っていいのだろう。白い展示パネル、それに長い木製の柄のついたダスキンの床拭きモップを立てかけ、その脇の床にパンジー入りグラスを添える。発色のいい黄味がかったオレンジ色のモップ、明るい茶褐色の長い柄、真白い布張りのパネル、暗い茶褐色のオークのフローリング。そこへ鋭く透明に反映するカット・グラスに入った黄色と緑色のパンジーが加わる。息を呑むような鮮烈な取り合わせの美しさには、並いる人びとが皆その場に立ちすくんでしまった。何のことはない。これは正真正銘のラウシェンバーグのいわゆるコンバインである。しかし、どこにでもある。誰にでも出来る。むずかしいテクニックは一切いらない。だが、彼以外の誰がやってもそうはならない。唯一の創造の深渕を覗見(のぞきみ)したのだった。

(世田谷美術館館長)