オートファジー解明

■大隅良典、「細胞内のゴミ」から発見 

▶生命現象の謎解明

 今年のノーベル医学生理学賞に決まった大隅良典・東京工業大栄誉教授(71)。ほかの研究者が見向きもしなかった細胞内の「ごみため」を追究し、根源的な生命現象を解き明かした。

ノーベル医学生理学賞・大隅良典・東京工業大栄誉教授
特集:ノーベル賞
ノーベル受賞業績の「オートファジー」、どんな仕組み?
「研究を始めた時に、がんや寿命の問題につながると確信していたわけではなかった」。大隅さんは受賞決定後の会見で振り返った。

 1988年6月。東京大教養学部の助教授になって2カ月余り。できたばかりで学生がいない研究室で、ひとり顕微鏡越しに酵母を見ていた。たくさんの小さな粒が踊るように跳びはねていた。

 「何かすごい現象が起きているに違いない」。細胞が不要なたんぱく質を分解して再利用する「オートファジー」にかかわる現象ではないか。大隅さんが気づいた瞬間だった。

 その12年前の76年。免疫の研究でノーベル医学生理学賞を受賞した米ロックフェラー大のジェラルド・エーデルマン博士の下で学んでいた。そこで酵母の遺伝子研究と出会った。

 ログイン前の続き翌年、母校の東京大に戻り、助手になった。研究テーマは「液胞」に決めた。酵母の細胞内で、老廃物をため込む「ごみため」のような器官。ほかの研究者は見向きもしていなかった。だが、大隅さんは米国留学時代に酵母細胞の実験で、核を取り除いた残りの液がキラキラと光っていることに気づいた。「液胞で何か起きているのではないか」と興味を持って調べた。

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 その後、液胞についての論文をいくつか出した。だが、ほとんど注目されることはなかった。それでも、助教授として独立後も液胞の研究を続けた。

 液胞のなかには、いくつも分解酵素があるが、当時はその役割は分かっていなかった。通常、酵母は飢餓状態になると休眠状態に入る。「液胞内部で酵素が何かを分解するとしたらその直前だろう。それを観察すれば、仕組みが見えるんじゃないか」とひらめいた。

 分解酵素があるとたんぱく質が分解されてしまい、現象を観察できない。このため、分解酵素がない酵母を使って調べた。顕微鏡をのぞくと、想像通り仕事を終えて不要になったたんぱく質がたまっているのが見えた。

 これが「踊る粒」だった。生命力にあふれる躍動は、「何時間見続けても飽きなかった」。

 大隅さんはその後、電子顕微鏡でオートファジーが起こる過程を目に見える形で記録することに、世界で初めて成功した。さらに、人工的に遺伝子変異を起こした酵母を5千種類調べ、オートファジーに必要な遺伝子を次々発見したこれらの遺伝子の多くは哺乳類にもあり、様々な生物に共通する現象だと突き止めた。

▶オートファジー研究、一大分野に

 東京医科歯科大病院で免疫の研究をしていた水島昇さん(現・東京大教授)は1997年初め、たまたま読んだ学会誌に載っていた大隅さんの研究に目がとまった。「すごく面白い」と思い、すぐに大隅さんに連絡をとり、その年の6月、当時大隅さんがいた岡崎国立共同研究機構の研究室に入った。

 その1年後に、オートファジーを起こす酵母の遺伝子の性質を大隅さんとともに解明し、英科学誌ネイチャーに発表。その後は、哺乳類で新生児や受精卵が生き延びるために重要な役割を果たしていることを突き止めた。

 大隅さんが最初の論文を発表した90年代初め、オートファジーの論文は年数十本しかなかったが、21世紀に入り、うなぎ登りに増加。今や年数千本に上る一大分野にまでなった。予想外の様々な役割も分かってきた。

 がんや、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患と関係していることを示唆する研究も続々と発表されている。オートファジーがうまく働かずに、細胞内に「有害」なたんぱく質などが蓄積するからだと考えられている。

 水島さんらは2013年、知的障害やパーキンソン病に似た症状がでる神経変性疾患「SENDA」は、オートファジー遺伝子の異常が原因となっていることを発見した。病気との関連の解明がさらに進めば、新たな治療法の開発などにつながると期待される。


 スウェーデンのカロリンスカ医科大は3日、今年のノーベル医学生理学賞を、東京工業大の大隅良典栄誉教授(71)に贈ると発表した。業績は「オートファジー(自食作用)の仕組みの発見」。

 オートファジーとは、細胞内の一部を分解してリサイクルする仕組みで、主に外部から十分な栄養をとれないときに起こる。細胞内をきれいにする浄化作用や、病原菌を分解する免疫などの役割も担っていることが分かってきた。酵母のような単細胞生物から哺乳類まですべての真核生物がオートファジーの機能を持っている。

 オートファジーはまず細胞内に膜が現れることで始まる。その膜がたんぱく質やミトコンドリアなどの小器官を取り囲み、分解酵素を含んでいる別の小器官「リソソーム」と融合する。すると、取り囲まれたたんぱく質は分解されてアミノ酸となり、栄養素として再利用される。