ゲノム編集

■狙った遺伝子、高精度で改変

 ゲノム編集という技術が最近、話題になっています。ゲノムとは、生物の細胞の核の中にある「生命の設計図」と呼ばれる本のようなもの。本を編集するように、狙った遺伝子を壊したり、別の遺伝子に置き換えたりする技術がゲノム編集です。

 ゲノムはDNAやRNAという分子で書かれていてログイン前の続き、生物に必要なたんぱく質や体の部品の作り方が書いてある「遺伝子」と呼ばれる部分を含みます。

 この技術では、遺伝子を切断する人工酵素(ヌクレアーゼ)を使います。もとは細菌が持つ酵素などで、細菌に侵入してきた外敵を壊すためのものでしたが人工的に改変して、狙った遺伝子を切ることができるようにしました。

 最初に登場したのは、1996年に報告されたジンクフィンガー・ヌクレアーゼ」です。2010年には「テール・ヌクレアーゼ」という技術も報告されました。いずれも狙った遺伝子を認識して、ガイド役となるたんぱく質と、その遺伝子を切断する酵素を結合させたものでしたが、特許の関係でお金がかかったり、つくるのが難しかったりすることが課題になっていました。

 そんな中で彗星(すいせい)のごとく現れたのが、12年に報告された「クリスパー・キャス9」です。遺伝子配列を認識するガイド役の「RNA」(クリスパー配列)と切断酵素をくっつけたものでした。ジンクフィンガーやテールのたんぱく質は構造が立体的で複雑なのに比べ、RNAは鎖のような形ではるかに作りやすいのが利点でした。

 大阪大学の真下知士准教授(動物遺伝学)は「今まで何カ月もかけて作らなければならなかったのが、業者に頼めば圧倒的に簡単にできる。画期的であっという間に広がった」と話しています。

▶ゲノム編集を利用した研究は各分野で広がっています。

 特に顕著なのは、農業分野だと言われています。こうした分野では遺伝子組み換えという技術が使われてきました。特殊なバクテリアなどを使って、目的の遺伝子を組み込む方法ですが、狙った場所に組み込むのは簡単なことではありませんでした。これらに対し、ゲノム編集は、かなり高い精度で狙った遺伝子を壊したり、組み込んだりすることができます。

 農林水産省によると、国内の研究機関では、日持ちがよかったり、糖度が高かったりするトマトの開発に取り組まれています。養殖しやすくすることを目的に、マグロがお互いに衝突して死ぬのを避けるため、高速遊泳などに関係する遺伝子をゲノム編集する研究も進められています。

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 医療分野での応用にも期待が高まっています。病気にかかわる遺伝子を壊したりして、病気を発症させたマウスなどの実験動物も作りやすくなりました。海外では、病気の基になる遺伝子を変えた細胞を患者に入れて治療する研究も進んでいます。

 ただし、バラ色の夢ばかりではありません。精度は高いと言っても、やはり一定の割合で狙った遺伝子以外の部分を切断してしまうこともあります。北海道大学の石井哲也教授(生命倫理)は「農林水産分野にせよ、医療分野にせよ、実用化に向けて、誤った切断で遺伝子の異常な働きを起こさないか、そもそも狙った遺伝子改変が人間や環境に悪い影響を与えないか徹底的に分析、検証する必要がある」と指摘しています。

 最近は、中国の研究グループが人間の受精卵にこの技術を使って研究する取り組みを進め、国際的にも問題になりました。人間の始まりである受精卵や、精子、卵子の遺伝子をゲノム編集して失敗した場合、流産や子に先天異常を起こす可能性もあり、慎重な議論を求める声が高まっています。

 ■記者のひとこと

 いつか「ゲノム編集」という名前をだれもが知っている状況になるかもしれない。そう感じさせるほどこの技術は各分野で急速に広まっています。一方で、自然界や人間の遺伝子の改変がどこまで許されるのかといった議論が必要でしょう。規制についても考える時期を迎えています。(服部尚)