迦桜羅

■迦桜羅

丸山 士郎

 八部衆はもともとインドの神々で、仏教に取り入れられ守護神となった。経典には天、龍、夜叉、乾闥婆(けんだつば)、阿修羅、迦楼羅、緊那羅(きんなら)、摩睺羅伽(まごらか)とあって、興福寺のものと一部異なる。いずれも異形の姿で表わされるが、鳥頭の迦楼羅は、三つの顔と六本の腕をもつ阿修羅とともに特に奇怪な姿である。

 

 迦楼羅はインドではガルダといい、その昔を漢字にあてた名前である。インドの神話では巨大な霊鳥で、蛇を常食にするという。造形化されたその姿は、鷲に似た鳥であったり、翼をつけた人であったり、あるいは上半身が真のある人で下半身が鳥であったりする。仏教に取り入れられた迦楼羅は中国、朝鮮半島、日本に伝わる。中国では、頭頂に鳥を頂くものや、興福寺像のように鳥頭の像が造られた。韓国では石塔の基壇などに浮彫りした作品が残り、その姿は中国と同様である。

 日本では六五〇年頃に、八部衆を含む丈六仏の刺繍を制作したと『日本書紀』に載るのが最古の例であるが、どのような姿であったかはわからない。八世紀初めに描かれた法隆寺の金堂壁画には、頭部に羽をつける迦楼羅が描かれていることが指摘され、和銅四年(七一一)に造られた法隆寺五重塔塔本塑像中には、鳥をかたどった被り物をする姿がある(下図中)。そのような例もあるが、日本では興福寺像のように鳥頭の姿が多い。また、全身を表わすもののほか、伎楽面や行道面でも迦楼羅は造られた。伎楽は八世紀以前に行なわれた演劇で、法隆寺に伝来して現在東京国立博物館所蔵の飛鳥時代後期(下図右)と奈見時代の仮面や、天平勝宝四年(七五二)の東大寺大仏開眼供養会に用いられた、正倉院と東大寺所蔵の仮面が残っている。迦楼羅以外の八部衆は伎楽面に含まれないので、八世紀以前では迦楼羅は八部衆中最も作例が多い行道面では、保延四年(一二二八)に造られた法隆寺の迦楼羅などがある。このほか三十三間堂にみられるように、二十八部衆像のうちの一つとして造られることもある。

 このように多くの迦楼羅が残るが、そのなかで最も有名で、また表現に優れているのは興福寺の迦楼羅像であろう。一具の八部衆像はいずれも写実的な表情をみせるが、その表現上おおきな役割を果たしているのが視線である。なかでも迦楼羅は特に優れており、瞳には黒色の別素材が嵌入(かんにゅう穴などに長い物がはまりこむこと。はめこむこと)されているようにみえ、それが写実性を高めている。こちらを凝視する鋭い目に視線があうと、人の体に鳥の頭という架空の姿であるが、目の前に本当に存在するかのような錯覚に陥る。他の八部衆像は、左右の腕の構えがほぼ対称で身体に動きがないが、迦楼羅は右腕を下げ、左腕は胸の位置に構えている。その姿は、いま何かに視線を向け、身構えた、そのような表現にみえる。迦楼羅と相対する者は、同じ空間、同じ時間に身をおいているような不思議な感覚にとらわれる。