阿修羅像を未来へ

■仏像の修理「阿修羅像を未来へ

▶文化財保護のこれからを考える

 文化財修理のあり方について考えるシンポジウム「阿修羅像を未来へ―文化財保護のこれからを考える―」(興福寺、朝日新聞社主催、朝日新聞文化財団共催)が、2月25日、東京・有楽町の有楽町朝日ホールであった。現状維持が基本の仏像修理の是非をめぐり、宗教者や美術史家らが意見を交わし、約530人が聴き入った。

▶【報告】

今津節生(いまづせつお)・奈良大教授・山崎隆之(やまざきたかゆき)・愛知県立芸大名誉教授・楠井隆志(くすいたかし)・九州国立博物館展示課長

▶【パネル討論】

多川俊映(たがわしゅんえい)・興福寺貫首(かんす)・籔内佐斗司(やぶうちさとし)・東京芸大大学院教授・岡田健(おかだけん)・東京文化財研究所保存科学研究センター長・みうらじゅん・イラストレーターなど・(コーディネーター)小滝ちひろ・朝日新聞編集委

■現状維持の原則疑問/直す側、感性・技量に差

 「お経には『仏様は完全な身体を持つ』という意味の言葉もある。腕が欠ければ、補いたい。失われている物は持たせたい、と願うのは、当たり前の感想だと思う」

 冒頭、興福寺の多川俊映貫首は、宗教者の立場から、現状維持とする文化財修理の基本原則に疑問を投げかけた。

 仏像は礼拝の対象であることを強調。明治時代に修理される前の右腕の先の方が欠けた阿修羅像の写真も示し、「今、この状態で寺から見つかれば合掌する姿は永遠に見られなかった」と述べ、現状維持を続ければ修理技術が向上しない可能性も指摘した。

 これに対し、籔内佐斗司・東京芸大大学院教授は、自身の顔に様々なメイクを施した複数の写真を見せながら、「修理スタッフによって感性や技量は違う。現状維持という枠を取っ払うと、こういうことになる恐れがある」と話した。また、調査の結果、どんな顔料を塗っていたかが分かっても、選ぶ粒子の大きさで人の目に見える色は変わると指摘。「結局選ぶのはアーティスト。やはり修理は慎重にした方がいい」と訴えた。

■確実な部分だけ復元/現代版もつくれば?

 さらに、岡田健・東京文化財研究所保存科学研究センター長も「足がなくて立たない状態なら、足をつけるかもしれない。『現状維持』という言葉通りの意味をかたくなに守っているわけではない」と反論した。「今の研究で分かっているのはごく一部しかないため、確実な範囲で直し、未来に新しいことが分かったらその情報に基づいて直す。その繰り返しが、文化財保存の方向性だと思う」

 一方、イラストレーターのみうらじゅんさんは、仏像ファンとしての独自の考えを披露。「好きなアイドルがメイクを変えたら、おやっと思う。俺が好きだった人じゃないと。現状維持の阿修羅像と、現代のすごい技術を使った阿修羅像をつくれば、平成にこんな技術があったのかということも分かって面白くなる」と提案した。さらに、「もし今つくるとすれば、やはり可動しないと」と話し、会場を笑わせた。

 議論は人材育成の問題にも及んだ。籔内さんが「今日のテーマから言えば、仏像の保護だけでなく、仏像が出来上がってきた技術や感性を今によみがえらせ、未来へ伝えることも大事なのでは」と述べると、会場から大きな拍手がわいた。多川さんは「すべてが今日(のシンポ)で解決するわけではなく、この議論を一つのデータとしてみなさんで考えていただく。それが、次世代への文化財の受け渡しにつながる」と話した。(渡義人)

■<報告>「合掌」ずれ検証/原型と表情違う?

 阿修羅像をめぐっては、2009年に九州国立博物館(福岡県太宰府市)でX線CTスキャン撮影が行われた。その後、研究チームが画像の解析を進め、仏像内部の状況や修理の詳細が明らかになってきた。

 奈良時代以降、何度も火災などに見舞われ、6本ある腕のうち数本が損なわれていた。1902~05(明治35~38)年に修理され、最も正面に近い左右2本の腕のうち、ひじから先が失われた右腕が補われた。両腕が体の正面よりも左寄りの位置で合掌する姿勢となり、美術史家を中心に本来は合掌の姿勢ではなく、法具か宝物を持っていた可能性が指摘されてきた。

 シンポジウムでは研究チームから今津節生・奈良大教授、楠井隆志・九州国立博物館展示課長、山崎隆之・愛知県立芸大名誉教授の3人が報告。今津さんはCT画像の分析から、この論争に迫り、明治時代の修理で両腕わきの下に木屎漆(こくそうるし)(木粉と漆のペースト)を詰めたため、両腕とも外側に開き気味となり、中心軸からずれてしまった可能性を指摘。復元実験の結果も踏まえ、「本来は体の正面で合掌していたことが確かめられた」と訴え、「非合掌説」を明確に否定した。

 一方、山崎さんは、阿修羅像の向かって左の顔が原型に布を貼っていた段階では笑っていたと指摘。だが、仕上がった段階では泣き出す寸前のような表情に変わったことなど制作過程を再現するなかで明らかになったことを披露した。(栗田優美)

■阿修羅 中に3種の木材

 天平彫刻の傑作、奈良・興福寺の国宝・阿修羅像(734年、脱活乾漆造〈だっかつかんしつづくり〉)について、像を内部から支える芯木に3種類の木材が使われていたことが、九州国立博物館(福岡県太宰府市)など研究チームの調査で分かった。X線CTスキャン画像の解析から判明し、専門家からは6本ある腕の芯木を軽くする工夫だったとの見方も指摘されている。

 研究チームは、奈良時代に興福寺西金堂に収められていた八部衆・十大弟子像のうち、阿修羅像を含め、ほぼ全身が残存する13体を解析。このうち12本の芯木はいずれもヒノキに限られたが、阿修羅だけがヒノキのほか、腕にスギ、最前部の左腕の手首から先にはキリが使われていたことがわかった。

 CT調査で得られた芯木内部の密度のデータと、木目の特徴などから樹種が特定できたとしている。腕の先はエックスの照射範囲が狭く、解析できたのは前側左手首にすぎなかったが、残る5本の手首もキリ材の可能性があると見ている。

 解析に加わった仏師の矢野健一郎さんは、「重いヒノキにすると、釘で止める胸の芯木に負担がかかる。軽い材料で腕の重さを減らそうと考えたのでは。手首のキリ材もさらに軽い木材を追求した結果だと思う」と話す。

(編集委員・小滝ちひろ)