「怒る」と「叱る」 

■「怒る」と「叱る」 

▶︎正しく叱ろう

 「無性にイライラする」「なんでそんなに怒ってんの?」このような状況を経験したことはないだろうか。本特集では、高校教師の現場の声や、「怒り」を心理学的観点から研究している本学の研究者の考え方を聞くことで、「怒る」と「叱る」 に関わる問題の解決方法を探っていく。また、怒りの原理や対処方法についても解説する。(編集人‥鈴見祐悟、十川滞)

■「怒る」と「叱る」

 そもそも「怒る」と「叱る」 の言葉の意味の違いは何であろうか。

 広辞苑第六版には次のようにある。

怒る [いかる。腹を立てる。]

叱る [目下の人に対して)声を荒げて欠点を戒める。] 

「怒る」という言葉は感情としての意味で多用され、「叱る」は相手のことを理性に従って戒めるような意味で用いられる。また、自らの行動なのか、他者への働きかけなのかという違いもある。このように「怒る」と「叱る」は定義上区別されていたが、現在は混同されるようになっている。

■教育の現場から

 大学を卒業後、兵庫県の高校で教壇に立っている山村春樹さんにお話を伺った。

 「怒る」と「叱る」の違いは、相手に伝えようとする意識の差だという。例えば、何か悪いことをした生徒がいたとき、教師はその生徒を叱ることで悪いことをした事実を受け入れさせ、言動を改めるように心掛けさせる必要がある。「生徒に確実に反省してもらうために、『怒る』と『叱る』の分別をつけるように普段から心がけている。それでも常に適切に伝わるわけではない」と山村さんは話す。自分では「叱っている」つもりでも、相手からは「怒っているだけ」のように見えている可能性があるという。

 山村さんは相手を叱るとき、論点を明確にする必要があると考える。何よりも本人が納得することを大切にするためだ。「相手と認識の違いを把握し、できるだけ近づけようと努力している。このときに、訪をすり替えたり相手を否定したりしないように注意する必要がある」と山村さんは話す。また、相手を叱るときには、失敗に日を向けさせること、悪いことは悪いと理解させることが大切であり、これらには殊にこだわっているという。

 山村さんが叱るときに意識していることが二つある。

一つは、相手をよく見ることだ。相手に真筆な態度を見せると同時に、相手の目や態度を観察することで相手の意思や状況を把握するためだという。

もう一つは人によって方法を変えることだ。

 ある生徒に対しては論理的に説得するが、一方で別の生徒には「なんで?」という暖味な質問ではなく、「何が原因だった?「どうしたらよかった?」といった具体的な質問に変える。「方法を変えつつ相手の表情を見て、納得しているか確認することは教育者として大切だ」と山村さんは語る。

■社会怒りの原理

 そもそも怒りとはどのような感情だろうか。また、なぜ人は怒りを感じるのだろうか。

 湯川進太郎氏は編著書「怒りの心理学」で、「怒り」を「自己もしくは社会への、不当なもしくは故意による、物理的もしくは心理的な侵八苦に対する、自=己防衛もしくは社会維持のための心身の準備状態」と定義している。

 怒りという感情は、下図の四つの視点から認識できる。

▶︎怒りはどのようなときに生じるか

 怒りの要因には大きく分けて二つあるという。

 一つは物理的あるいは心理的な被害に遭ったという感覚だ。湯川准教授が行った調査では、物理的な被害よりも心理的な被害の方が怒りの要因とをることが比例的に多いことが分かっている。

 もう一つは加害者の責任性だ。「他者のせいで自分が嫌な思いをした」という認識が怒りにつながるという。

 怒りの要因は個人の認識によるところが大きいため、怒りの感じやすさには個人差がある。

▶︎怒りと心身の健康との関係

 怒りによる健康被害の可能性として挙げられるのは心臓病だ。高血圧を伴う心臓病の患者には、生じた怒りの程度が強い、怒りを頻繁に感じやすい、怒りを表に出して表現するという傾向がある。

 また、がんも怒りによる健康被害の可能性として挙げられる。がん患者に多く見られるのが、協調性が高い、感情をあまり表に糾さないなどの特徴だ。周囲との協調を考えて、怒りの表出を抑える人が多いのではないかと二小唆されている。

 怒りは心にも関連しているという。うつ病の経過の中で、アンガーアタックという突発的で強烈な自己制御できない怒りが生じるケースがある。また精神分析の理論では、本来他者に向けられるべき怒りの攻撃性が自己に向けられたとき、抑うつ感情が発生するという仮説もある。このように、怒りには抑うつを生み出す過程に関わっているという示唆もあるという。

 では怒りを上手く制御するにはどうすれば良いか。効果的なコントロール方法を下の図を用いて紹介する

(出典‥怒りの心理学/湯川進太郎/有斐閣)