■妹島和世、西沢立衛
建築界のノーベル賞といわれ、優れた建築家に毎年贈られるプリツカー賞受賞者に妹島和世、西沢立衛の両名が選ばれたことを、主催団体の米ハイアット財団が28日発表した。両名は共同の設計事務所SANAA(東京)を通じ、日本や欧米で積み上げてきた実績が評価された。共同作業を通じ、力強く繊細、正確で、建築の目的に沿って利用される建築を実現したことなどが授賞理由。主な共作に熊野古道なかへち美術館(1996年)、金沢21世紀美術館(2004年)など。なお妹島和世は、8月から11月まで開催された第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを日本人建築家としては初めて、また女性としても同建築展史上初めて務めた。
■ニューミュージアム」
ニューミュージアム」という、ニューヨークのマンハッタンに建つものです。敷地が延床面積に比べて小さいので「トレド美術館ガラスパビリオン」と違って積んでいくというものです。ただ、積む時にずらすことでニューヨークの特殊な形態規制をかわしながら、各部屋違った寸法の部屋をつくっていくというアイデアです。また、ずらすことでギャップが生まれます。このギャップ空間は、階によってはトップライトだったりもしくはテラスだったり、ニューヨークの上空で外に出られるテラスみたいな、超高層ビルですけど上のほうに人が出ているのが見えるというような、そういうビルはどうだろうかと思ってつくりました。
外装に不透明なアルミのメッシュを張る二重レイヤー外装を考えました。これは地方の工場でつくった原寸大の模型です。アメリカの人は実物がどうなるのか、事前チェックをすごくしたがるので、原寸大の模型をつくるのです。建物はバウアリーという通りに建ちます。ニューヨークらしい、うなぎの寝床状の長屋的な、昔のニューヨークのような非常にラフな雰囲気のある通りですね。
開放的な美術館をつくるといっても、ニューヨークですからセキュリティが大きな問題となります。なるべく開放的なものにしたいということで、一階は外からよく見える透明なものになっています。一階はパブリックゾーンで、一般の本屋と一緒で人がきて買い物できる本屋があって、その奥に喫茶店があって、その奥に展示室があるというものです。
これは上の階です。バウアリー通りは厨房器具の工場があったり、古い家具屋があったり、いろいろな店があるような通りで非常にラフな活気に満ちています。そこでラフなニューヨークの通りに現代美術館がくるという魅力を考えて、ストラクチャーが見えるような、ラフな室内を目指しました。街の雰囲気や美術館のスタイルに合っているのではないかと思って、梁や天井、照明を露出するようにしました。
■金沢21世紀美術館
2004年10月に開館した美術館で、現代美術を中心に伝統工芸まで幅広く扱う現代美術館と、市民のための無料公共プログラムが集まった交流館、このふたつのコンプレックスです。交流館は、地域の人が無料で使える施設、たとえば図書館、子どもワークショップ、オーディトリアム、カフェ、市民ギャラリーなどの施設です。
円形の平面は直径100メートルを超える大きさでありながら、建物の端から端まで貫通するような透過性があります。開放的な廊下を何本も通すことで、建物の奥にいても自分のいる場所が何となく分かるような空間を考えました。大きさの異なる展示室がばらばらに並んでいるので分かりづらい平面ですが、何度も通ううちに建物の構成が分かっていきます。初めて訪れる街と同じで、最初に行った時は全然分からないけど、何度も行くうちに構造が分かっていくような感じです。ただ複雑でありながらも透明性を与えることで、なるべく分かりやすく開放的な関係性をつくり出そうと試みました。
場所は金沢市の中心地、もともと学校と幼椎園が建っていた場所で、隣りには市役所が、向かいには県庁が、斜め前には兼六園があります。自然公園の中や郊外ではなく、市の中心に建てることで、コンペの段階から開かれた美術館ということが求められました。また同時に、交流館という市民のための施設を美術館に併設させるというプログラムを持ち、より人びとが気軽にアプローチできることも望まれました。コンペの段階では美術館と交流館を別々に建てるというプログラムでしたが、私たちはそれを合体させて建てることを提案しました。別々に建ててしまうと、交流館に来た人は美術館に行かないのではないかと思い、合体させることで両プログラムの交流が起こるのではないかと考えたのです。三面道路の敷地だったこともあり、建物をひとつに、しかも円形にして、五カ所の異なる方向に開く玄関をつくれば、裏側のない、どこから入っても開放的なつくりになると考えました。