フランス国立美術館「ボンピドー・センター」

■フランス国立美術館「ボンピドー・センター」

 パリにあるフランス国立美術館「ボンピドー・センター」の初の分館が、フラン・ス北東部、ロレーヌ地方のメス市に完成した。2010年5月11日に開催された竣工式には、サルコジ大統領も出席。オープ:ング・セレモニーでは、メス市長のドミニク・グロ氏が「多くの来館者に期待する」とあいさつした。

 パリのボンピドー・センターは1977年の開館以来、収蔵作品が増え続け、展示機会を増やせないでいた。これを解消するために、新しい展示施設としての分館が必要となった。2003年に実施した国際設計コンペには157組がエントリー。その中から選んだ実施案が、坂茂氏とフランス人建築家ジャン・ド・ガスティーヌ氏の共同案だった。

▶︎ギャラリーは3つの直方体で構成

 施設の延床面積は約1万1330㎡、そのうち展示スペースは約5000㎡を占める。メーンのギャラリーは、交差させながら積み重ねた15m、長さ90m、高さ5.5mの三つの直方体で構成される。

 「美術館の展示を機能的に見せ「美術館の展示を機能的に見せるにはボックスが一番良い。そのため15mX90mのチューブ状のボックスを45度ずつ振って重ねた。それを膜で覆うようにしたら、非対称の帽子のような屋根形状になつた。機能を優先した結果、自然とこうしたフォルムにまとまった」。坂氏はそう話す。

 キヤンティレバーで宙に浮かされたチューブ状のボックスは最大で約20m、屋根から突き出ている。約80002mの巨大な屋根は、構造用集成材を中国の竹編み帽子のように六角形を基本パターンにして組み上げた

 建物の中心にはエレベーターを内蔵する六角の平面形を持つ鉄骨造の塔がある。高さ訂mの位置にリング状の天蓋を組んで構造用集成材の屋根を支える仕組みだ。その上部には円錐形に構築された尖塔があり、天に向かって突き出ている。高さはボンピドー・センターの開業年にちなんで77mにした。

 三次曲面を用いた有機的なフォルムを持つ膜屋根には、テフロンコートを施したガラスファイバー製の膜材を用いた。紫外線を除去しっつ、半透明の膜を通して柔らかい自然光が室内に入り込む

 坂氏は「雨が降ってきたら気楽に雨宿りもできる。市民が集い、カフェに入るような気軽さで現代美術を楽しんでもらえるような空間をつくった」と語る。

 夜間は建物の内側からライトが照射され、六角形の木組みが白い半透明の膜屋根に映し出される。最上階にある第うギャラリーの端部に設けられたガラス窓からは、線路越しにメスの市街地のパノラマが望める。

▶︎貨物駅再開発の一環

 パリとメスは、2007年のTGV東線の開通で、1時間20分程度で結ばれるようになった。分館も、メス駅南側のコンテナ貨物駅の再開発事業として位置付けられている。美術館の運営には年間で10億から15億円が必要だとみられている。

 メス市の文化施設を中心とした街づくりは、功を奏するか。開館時に、そのデザインが物議を醸したパリ本館と違って、メス分館の建築デザインは、発注者や市民の間では評判が良い。今後の集客状況が注目されるところだ。


▶︎設計者の声 VOICE

▶︎フランスのために全力を尽くした 坂茂氏[坂茂建軸計代表]

 フランスでの仕事は、毎日が戦争のようだった。施工者が勝手に構造図などを変更して工事を始めてしまったこともあった。この時は弁護士を適して工事を止めた。

 ただ、私のような無名な建築家にビックプロジェクトのチャンスを与えたのはフランスならではであり、フランス人の良さであろう。素晴らしいことだと感謝している。だからフランスのために全力を尽くした。

 最上階のギャラリーには、ピクチャー・ウインドーを設けた。大聖堂など市のモニュメントを額縁に収めたように見ることができる。このアイデアは発注者にも気に入ってもらえた。私自身も満足している。(談)

▶︎照明改計者の声 VOICE 

▶︎素材が美しく見えらよう意識 石井リーサ明理氏[I.C.O.N代表]

 建築を引き立てることを念頭にライトアップした。建物全体が軽やかに見えたので、木の素材がきれいに見えるよう意識した。3Dにねじれた部分は、外から見るとシンプルだが内側から見ると複雑。どう照らせばきれいに見えるかはすぐにはイメージできない。見せたくない部分をどう処理するかもポイントになった。坂氏とは、とにかくコミュニケーションを欠かさ如った。照明に対する好き嫌いを率直に言ってくれるので仕事を進める上で役立った。(談)

■2010  ナインブリッジズ・ゴルフクラブ[大韓民国京畿道余驪州(ヨジュ)]


 韓国ソウル市の中心部から車で2時間ほど離れた麗州(ヨジユ)にある会員制のゴルフ場である。クラブハウスのメーン棟の屋根架構はボンピドー・センター・メスと同じく、六角形と三角形のジオメトリによる木造グリッドの連続アーチだ。メスの屋根は鉄骨タワーからの吊り構造だが、ここでは完全にコンフレッション(圧縮)アーチ構造とし、各部材は相欠きで、同一面上に接いでいる。

 これに坂茂氏の頭に思い浮かんだという木製ゴルフティーの形が合わさり、ゴシック建築の尖頭アーチがうねるような大屋根が生まれた。

▶︎モダンであり伝統的でもある

 ゴシックの尖頭アーチは、柱は組積造であっても線材を集めたように形づくられ、天井のグリッドパターンと柱との間の力の流れが見えるように感じられる。坂氏はその力学の原理をここでは素直に表現しようと、個々の木の線材を12本束ねて1本の柱とした。

 坂氏はこの仕事でも、メスで組んだエンジニアのハーマン・ブルーマー氏と協働。木材の加工はスイスで行った。構造設計から直接、部材を製作できるプログラムをブルーマー氏が開発し、CNCマシーンを用いることで、高精度な三次元加工と迅速なプレファブ化を実現した。

 部材は現場で屋根ユニットとして組み立て、柱を立てた後にクレーンで吊って載せた。屋根ユニットと柱との接合部にのみ、スチール製のジョイントを使っている。

 石積みの基壇部には更衣室や浴場などの閉じた空間を収めている。この基壇部は「ただモダンなだけではなく、韓国の伝統を意識させるデザインに」というクライアントの要望に応えたものだ。

 坂氏は韓国の古建築を見て回ったとき、日本の木造建築と比べて基壇に石が多用されている印象を受けた。今回の敷地は斜面地だったため、「石の基壇という韓国の伝統建築のモチーフをうまく利用することができた」と話す。


■2013  タメディア本社 [スイス・チューリッヒ]

 工事中からチューリヒ市民の関心を集めていたタメデイア新本社が、2年半の工期を経て2013年7月上旬にほぼ完成、段階的に使用開始した。

 タメデイア社はチューリヒに本社を置く総合メディア会社で、テレビやラジオ、新聞や雑誌などを手掛ける。創業は1893年。新本社は、チューリヒ中央駅の南側、歩いて10分ほどのシール川沿いに完成した。約7400㎡の敷地にあった1棟の既存建物を解体して新築し、これと接する既存建物の上部に2層分を増築したものだ。

 新本社ビルの特徴は、構造材に木材を用いていること中2階を含めると7層が木造だ。新築した木造部と既存部とは、エレベーターなどが入るコンクリートコアを介してつながっているが、構造的には木造部だけで独立している。

 構造材はスプルースというマツ科の集成材で、接合部分にも金属部材を使用していない。接合部を楕円形状にすることで、がっちりと固定している。木のおもちゃを組み立てたかのようだ。

 建物の外周は、ガラスカーテンウオールとガラスシャッターで覆い、木の構造体が透けて見えるようにしている。

 坂氏はこう語る。「当初は硬質のオーク材やクリ材などを使用するはずだったが、かなり高価になることが分かり、地元でも供給できる安価なスプルースにした。費用のかかる金属部材を使っていないので、工事費は通常の鉄骨造のビルとほぼ同額である」

▶︎「木造でしかできない温もり」

 三角形の敷地の北東の角にエントランスがあり、回転ドアを入ると、正面にシンプルなカウンターのレセプションがある。セキュリティーチェックを抜けると、440×440㎜の木の柱が最上階まで延びる吹き抜け空間が現れる。ここは内部の見せ場だ。木構造が露出しているので、接合部のディテールをじっくり見ることができる。吹き抜けの右手(西側)は、中2階がある多目的ホールだ。

 吹き抜けには各階を結ぶ鉄製の階段が設置され、それを上ると各フロアのラウンジがある。そこからはシール川の川面や緑地、旧市街地の教会などが一望できる。

 引っ越しが済んだばかりの「20MINUTEN」という新聞の編集室をのぞいてみた。ここは既存ビルの上に増築した部分で、天井がドーム状になっている。ここでは中央のモニターを囲むようにテーブルが配され、総勢60人が働いていた。

 坂氏は「単に鉄を木に置き換えるということではなく、木を木らしく使用し、木造でしかできない温もりを感じる快適なオフィスビルに仕上がった」と語る。また、初期から担当してきたSエー〔いERUBANAR〔H【→ロCTSロUR〇PEの浅見和宏氏は、「木造建築の権威であるハーマン・ブルーマー氏の創意と、スイスの企業が培ってきた木製品のう次元設計やNCルーターによる加工技術がなかったら、このプロジェクトは実現できなかっただろう」と言う。

 取材中にパリ・セーヌ川の中州、セガン島に建設されるコンサートホールに、坂氏の設計案が採用されたというニュースが飛び込んできた。ここでも木をふんだんに使用するとのこと。今後が注目される。


■2015 PROJECT  女川駅・宮城県女川町

 女川駅が開業した2015年3月21日の正午すぎ、ブラスバンドの演奏に見送られながら、地域の子どもたちが2両連結の車両に乗って隣駅へと出発した。

 同日朝、4年ぶりにJR石巻線が全線開通した。宮城県女川町は「おながわ復興まちびらき2015春」を開き、駅を併設する温浴施設女川温泉ゆぽっぽ」の開業を祝った。

▶︎内陸側へ200m移設

 建物の設計は、坂茂建築設計が手掛けた。「復興のシンボルとなるよう、鳥が羽ばたく姿を膜屋根の形に託した。大きな勾配屋根は、背後に見える山の稜線に呼応させた」。坂茂氏は、左右対称の象徴的な外観に込めた思いをそう語る。

 牡鹿半島の付け根に位置する女川町は、リアス式海岸に縁取られた町だ。東日本大震災では町内の”出が浸水。駅があった町の中心地域は津波によってほぼ全滅した。

 あれから4年。周辺一帯で造成工事が進むなか、女川駅・ゆぼっぼの完成は復興への第一歩を象徴する。建物の敷地は旧駅から内陸側へ約200m移動し、約7mかさ上げした。女川町が建物を建設し、一部をJR東日本が借りて使用している。

 坂氏が設計を担当したのは、2011年11月に竣工した女川町の3階建て応急仮設住宅を手掛けた縁がきっかけだった。応急仮設住宅は震災直後、坂氏が当時の安住宣孝町長に直接持ちかけて実現させた。今回は逆に、その後当選した須田善明・現町長の意向の下、女川町が坂氏に設計を依頼した。以前は駅と別の敷地に建っていた温浴施設ゆぽつぽの併設が条件だった。

 要望を受けた坂氏は、幅18・5m❌奥行き9.5mの棟を南北に2つ並べてブリッジで連結し、1枚の屋根で覆う建物を提案した。1階の中央を貫くコンコースは、JR東日本が建設したプラットフォームヘの導入路を兼ねる。コンコースの北側1階に駅事務室や交流スペースなどが、南側の1階と2階全体にゆぼっぼが入る。3階は半屋外の展望フロアだ。

▶︎住民参加でアートタイルも

 内部を印象付けるのは、格子状のLVL(単板積層材)が覆う屋根だ。鉄骨造の建物本体とは構造的に縁を切り、V字や逆V字に組んだ直径約356㎜の鋼管で屋根を支える。「ボンピドー・センター・メスでは集成材を用いた膜屋根に取り組んだが、LVLと膜の組み合わせは初めての経験。限られたコストやスケジュールに対応するためう次曲面ではなく2次曲線に収めるなど、できる範囲で形を構成した」と坂氏は語る。

 断熱性は、LVLの上に厚さ約85㎜の高性能グラスウールを敷いて確保。浴室の湿気は、LV上の内側に沿って建物中央から妻面へ抜けていく空気の流れをつくつて換気する。

 もう1つ、坂氏が心を砕いたのは、外の風景を取り込む空間づくりだ。畳敷きの休憩所はもちろん、浴室部分の上にも広い開口を設けた。室内でくつろぎながら、外部の変化を感じられるようにした。

 休憩所や浴室まわりには、タイルのアートを取り入れたデザイナーの水戸岡鋭治氏と日本画家の千住博氏の協力を得て、千住氏が描いた富士山や鹿などの絵をタイルに焼いた。休憩所や脱衣室入り口の壁面には、町内外から公募した花のイラストと千住氏の樹を組み合わせたタイル絵を配し、空間に彩りを与えている。


     ■2015  大分県立美術館 大分市

 スギの斜材で覆われた箱形空間の下に、大きなガラス開口が連なる。国道197号に面したファサードは、風除室を除く一面が開閉式になっている。ガラスの水平折れ戸を開くと、内外の連続する空間が生まれる。

▶︎1階に無種空間を実現

 2015年4月24日、大分市の中心部に大分県立美術館が開館した。設計を手掛けたのは、公募型プロポーザルで選ばれた坂茂建築設計。坂茂代表は、「堅苦しく敷居の高い従来の美術館とは一線を画し、県民が気軽に立ち寄れるような開かれた施設を目指した」と話す。

 最大の特徴は、多様な展示方式を可能とするフレキシブルな1階の空間構成にある。

 建物は、収蔵庫や事務室などのバックスペースを北側の棟にまとめ、来館者用のスペースを南側の棟に集約した。南棟は、1階に企画展示室(展示室A)と吹き抜けのアトリウム、2階に研修室や情報コーナーなど、3階にコレクション展示室と企画展示室(展示室B)を配した。

 このうち南棟の1階のほぼすべてをフリースペースに設定。43枚の可動壁によって、多様な展示に対応できるようにした。可動壁を多数用いて閉鎖的な展示室もできるし、カフェやミュージアムショップが並ぶアトリウムと一体化したオープンな展示空間もつくれる。

 1階の可動壁を取り払ったときに無柱空間を生み出すため、2階は3階からの吊り構造を採用した。外周の柱は垂直力だけ負担するようにして広いガラス面を確保。こうした構造を成り立たせるため、地下駐車場の柱頭レベルに免震層を設置したほか、収蔵庫側の構造をブレースやラーメンで固めて水平力を負担させた。

▶︎展示室や収蔵庫を増強

 大分県立美術館は、77年に開設した大分県立芸術会館に代わる施設として計画された。芸術会館は建物や設備が老朽化し、収集してきた約5000点のコレクション展示する常設スペースがなかった

 県民の文化活動を発表できる広い会場を求める声も強かった。これらの要請を背景に、「新しい時代にふさわしい身近な美術館」(加藤康彦・大分県立美術館副館長)の建設を進めた。

 新しい美術館は、芸術会館と比べて展示室を3.1倍の3883㎡に、収蔵庫を3.4倍の3883㎡にそれぞれ増やした。県民の要望に応え、コレクション展と企画展では伝統的な美術から現代アートまで総合的に扱う

 開館直後のゴールデンウイークには4万9000人が来館した。県は2015年7月20日まで開催する開館記念展に県内の小学生全員を招くなど、将来のリピーター育成にも取り組んでいる。

■ディテール

▶︎鉄骨内蔵柱と斜材を現しに

 巨大なかごのような本格子は、内蕗に鉄骨を埋め込んだ集成材の柱と、無垢の県産スギの斜材で構成されている。柱も斜材も木材を現しとした。3階のみでの使用だが、多層建築で木を効果的に見せるヒントになるだろう。

 無垢の県産スギを用いたプレース(斜材)と、鉄骨をカラマツ集成材でくるんだ柱の列が3階の外周を覆う3階部分にに張り出した木架構のボックスが内外を印象付ける。

 県産材の活用は大分県からの要望でもあった。設計者である坂茂建築設計の坂茂氏は「単なる仕上げ材でなく、できるだけ構造として木を使いたい。ブレースと柱の木に異なる役割を与えて、木の箱を構成した」と話す。

▶︎水平力を連弾材を現しに

 ブレースのスギは、水平力を負担する構造材として機能する。一般に流通している断面120mmX240mmの無垢の県産スギを2本組み合わせて使用した。水平力のみを担うブレースは建築基準法上の主要構造部に当たらないため、無垢材を耐火被覆せずに使えるという条件を利用した。

 柱には、H形鋼の周囲をカラマツでくるんだ木質ハイブリッド集成材を用いた。1時間耐火の大臣認定を得ている製品だ。ここでカラマツ集成材は耐火被覆の役割を果たし、H形鋼に燃焼が及ぶ前に燃え止まる

 木のフレームを構成するう階の柱は、1、2階の柱芯から650mm外に張り出している。これにより生じる構造上の偏心の影響を抑えるため、梁と3階の柱は梁勝ちの状態で接合した。プレースも、柱ではなく梁に固定している。そうすることで鉄骨内蔵柱の耐火被覆であるカラマツ集成材を傷つけずに済んだ。

 屋上階と3階の梁で上下両端を固定されたブレースは、途中2カ所で柱と交差する。その接点では、ブレース側のスギを欠き込み、耐火被覆のカラマツ集成材の厚みはそのまま確保した。240mm×240mmというブレースの断面は、交差部の欠損を考慮したうえで構造耐力を得られる寸法として設定したものだ。


2017  ラ・セーヌ・ミュジカル [ブローニュ・ビヤンクール市]

 フランス・パリ市の南西部に隣接するオー・ド・セーヌ県。蛇行して流れるセーヌ川は、パリ市の中心部を通り、県内のブローニュ・ビヤンクール市へと続く。セーヌ川の中州であるセガン島に2017年4月22日、新たな音楽施設がオープンした。坂茂氏が設計した「ラ・セーヌ・ミュジカル」だ。

▶︎卵形ホールをシンボルに

 一帯はパリ南西部の玄関口として近年発展が目覚ましいエリア。音楽施設は行政や地域住民の期待を背負い、PPP(公民連携)方式で約1憶7000万ユーロ(約207億円)の事業費をかけてつくられた。

 施設は、立ち見席を含めて最大6000人が収容可能な多目的ホール「グランド・セーヌ」と、1150席のクラシック音楽向けホール「オデイトリアム」を中心とする。そのほか、リハーサル室や音楽学校、レストラン、屋上庭園などから成る。地下1階・地上9階建てで、延べ面積はう万6000㎡だ。

 施設の目玉となるのが、「オデイトリアム」だ。ガラスと卵形の木架橋で包まれ、ホールの内外に木材をふんだんに使用した。セーヌ川に架かるセーヴル橋から眺めると、コンクリート製の巨船の甲板の上に大きな鳥籠が載っているかのようだ

 南東面には、船の帆を想像させる太陽光発電(PV)パネルを設置した。「コンペで環境配慮が求められていたこともあるが、PVパネルはホワイエのシェーデイング(日よけ)の役割も担う。環境技術を使いつつ、訪れる時間によって建物の色や形が変わることにシンボル性を見いだした」と坂茂氏は説明する。

 約470枚の㈿パネルは総面積約1000㎡で、総重量は約120トンに及ぶ。レール付きの台車に設置し、太陽の方位を追う形で、オデイトリアムの外周を自動的に移動する仕組みだ。移動に必要な電力は、PVパネルで産生した電力で賄えると言う。年間発電量は80MWhを見込む。

 オデイトリアムの外廊の壁には、曲面に沿ってモザイクタイルを敷き詰めた。光の当たり方や見る角度によって緑色から赤色まで玉虫のように色が変わる。

 もう1つが多目的ホールの「グランド・セーヌ」。ホワイエは階段状の客席の下に当たり、曲面の天井を描く。その天井にも2種類の塗料を使い、オデイトリアムの外廊の壁と同様に、光の当たり方によって緑色から赤色に色が変わるようにした。

▶︎施設内外で文化を楽しむ

 メーンエントランス前の広場には、欧州で最大規模の液晶スクリーンを設置した。そこにも、坂氏のこだわりがある。

 坂氏は言う。「若い頃、オーストリアのウィーン国立歌劇場でお金がなくてチケットを買えないことがあった。だが、屋外のスクリーンに演目が映されて観ることができた。その経験から、施設を訪れる人たちが皆、演目を楽しめたらよいと思い、スクリーンを取り付けた」

 そのほか、演目が上演されないときも市民が施設を使えるように、広場や屋上庭園、建物内のホワイエなど、施設の内外にパブリックスペースを用した。

 今後、パリの新たな観光スポットとして、また市民の日常的な憩いの場として、このラ・セーヌ・ミュジカルが注目されることは間違いない。