浜岡原発、潜む危機

浜岡原発、潜む危機 重大事故なら大動脈分断

ピクチャ-1

浜岡原発周辺の交通網と工場/全国の原子力発電所/

 南海トラフ巨大地震の想定震源域にある中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)。東京電力福島第一原発レベルの過酷事故が起きたら、放射性物質は首都圏、名古屋方面にまで広がるおそれがある。東海道新幹線など東西を結ぶ交通網は長期間分断され、日本経済へ多大な影響を与える。想定される事態を予測した。

■新幹線・東名、20キロ圏 

 経済・生活、打撃は全国的 防災重点区域にあたる浜岡原発から半径31キロ圏内には、東海道新幹線東名高速道路など東西を結ぶ「大動脈」が走る。浜岡原発の事故で分断されると、何が起こりえるのか。 東海道新幹線は年間約1億5千万人が利用する。東京駅を「のぞみ」で出発して1時間余り、掛川駅あたりで浜岡原発に最も近づく。距離は20キロを切る。JR東海は「事故が起きれば、立ち入り禁止区域での運行を中止する」とする。 31キロ圏内に避難指示が出れば、静岡―浜松は不通に。

 東京―静岡、新大阪―浜松と東西に分けて折り返し運行するが、1日の利用者41万人のうち30万人はこの圏内を通る。鉄道で東京―名古屋を行き来しようとすれば、JR中央線山梨県長野県に迂回(うかい)する必要がある。新幹線で1時間40分の距離が、特急で約5時間かかってしまう。 高速道路の東名、新東名も、ほぼ新幹線と並行して走る。東名高速と貨物列車が走る在来線は一部が20キロ圏内にかかる。物流への影響も懸念される。 ある大手運送会社は「高速の分断で全国の6割の荷物に影響が出そうだ」とする。この会社だけで年9億件だ。「東西の分断は国内全体に響く。東京で荷物を預かり、翌日に大阪に届けるサービスは難しくなる」 浜岡原発周辺や愛知県にはスズキやトヨタ自動車などの工場が集まる。中小の関連企業も含め、日本のものづくりを支える。部品のやりとりができず、仮にトヨタの全国の工場が1日動かなくなると、減産の規模は1万台以上に達する。

 暮らしにも影響が出そうだ。関東や関西のコンビニやスーパーの店頭に並ぶ食料品や水などは、すべてがこの大動脈を通るわけではない。しかし、関東や関西にある弁当工場が材料を東名高速経由などで仕入れていれば生産に支障が出るおそれがある。短期的に関東や関西のコンビニやスーパーで品薄になる可能性もある。ガソリンも同様だ。 さまざまなモノは迂回ルートを通らざるをえない。物流費が余分にかかり、店で売られる価格に上乗せされれば、全国的に物価が上がることもありえる。

  ■M8級、30年内に確率70%

 浜岡原発南海トラフ巨大地震の想定震源域の真上にある。マグニチュード8~9の地震の確率は30年以内に70%。ひとたび起これば周辺も広範囲で被災する。31キロ圏内に86万人が住み日本の大動脈も走る。こうした場所に立つ原発はほかにない。 地震リスクの高さは以前から議論になってきた。

 1995年の阪神大震災後は「原発震災」のおそれを地震学者が警告。運転差し止め訴訟でも争点になった。 中部電力も対応に追われた。揺れの想定は当初の450ガル(揺れの勢いを示す加速度の単位)から段階的に引き上げ、2005年には当時としては異例の1千ガルでの補強工事を表明。08年には古くて工事費のかかる1、2号機の廃炉を選択した。 東日本大震災後の菅直人首相の停止要請も、この特殊性を踏まえてのことだった。

 官房副長官だった民主党福山哲郎参院議員は「東海道ベルト地帯がまったく機能しなくなるリスクを負ってまで、稼働し続けるのは合理的ではないと判断した」。 それでも中部電力は今年2月、4号機の再稼働に向け原子力規制委員会に審査を申請した。揺れの想定は最大2千ガルと審査中の原発で最大。津波想定も8・3メートルから21・1メートルに引き上げた。 しかし、規制委の島崎邦彦委員長代理(地震学)は地震の発生確率が他原発より「はるかに高い」とし、「巨大地震の震源域内で何が起こるか我々の知見は限られている」と指摘。審査は極めて難航しそうだ。

  ■防波壁22メートル 

 中部電力の安全対策 中部電力は重大事故を防ぐため複数の安全対策を講じる。再稼働を目指す浜岡原発4号機で2015年9月、3号機で16年9月までに工事を終わらせる。総工費は3千億円に達する。 原発の安全対策の基本は原子炉を「止める」「冷やす」ことと、放射性物質を「閉じ込める」機能の確保だ。津波を防ぐ第一の対策は高さ22メートルの防波壁。総延長1.6キロに及び、発電所をぐるりと取り囲む。中部電が想定する津波の高さは21.1メートル。仮に壁を越えて敷地内に海水が押し寄せても、原子炉を冷やし続けるための電源や冷却水を確保する対策=図=がある。 原子炉建屋の爆発を防ぐ手段が、フィルター付きベント。放射性物質の大量の放出を避けながら、原子炉内の蒸気を大気中へ逃がす。

  ■風次第で首都圏・名古屋にも 

 福島級の事故想定、放射能拡散予測 民間調査会社「環境総合研究所」(東京都)は浜岡原発福島第一原発並みの過酷事故があった際、どのような放射能汚染が起きる恐れがあるかを試算した。 2011年3月の福島事故では、同15日に2号機から放射性物質が大量に放出され、プルームと呼ばれる雲状の塊になって風で北西に広がり、大きな汚染をもたらしたとされる。同研究所は、北西に流れた放射性セシウムとヨウ素の量を推計し、同程度が浜岡原発から放出されたとみなした。

 試算では、山や谷など地形も考慮。風で広がった上空のプルームから、雨によって放射性物質が地表に落ちたと仮定し、地上の空間線量を算出して図で示した。図は特定の時間の汚染の広がりを示したものではない。浜岡からの距離によってプルームが届く時間は異なるが、各地に初めて達した時の地上の線量を全て一つの地図に落とし、濃度によって色分けした。

 試算によると、毎秒2メートルの東南東の風(名古屋方向)が吹き続けた場合、原発の半径30キロ圏内は毎時40マイクロシーベルト以上に上昇。約40キロ離れた浜松市の空間線量は同21マイクロシーベルト、約130キロ離れた名古屋市中心部で同4マイクロシーベルトと算出された。また、西南西の風(首都圏方向)だと、約40キロ離れた静岡市で毎時10マイクロシーベルト、約160キロ離れた横浜市では同0・1マイクロシーベルトだった。 単純な比較はできないが、福島事故では3月15日夜に、福島第一原発から北西に約40キロの飯舘村で毎時45マイクロシーベルト、約50キロの福島市で同23マイクロシーベルトを計測。西方向に約50キロの郡山市では同約4マイクロシーベルトだった。200キロ以上離れた東京・新宿でも0・8マイクロシーベルトが観測された。

 福島では、年間推定積算線量20ミリシーベルトが避難指示の目安とされた。今回、汚染が沈着した場合の浜松市の年間線量は41ミリシーベルトと推計された。 静岡地方気象台によると、浜岡原発のある静岡県御前崎市の観測点で、年間通して最も多い風向きは西風だ。この場合、プルームは主に駿河湾上に広がる。13年でみると、東南東の風を記録したのは年間の全観測回数のうち約4%。西南西の風は約11%だった。 環境総合研究所は国や自治体から委託を受け、環境影響評価などをしている。

■高精度の予測、避難計画に有用

 原子力規制委員会は2012年、全国16カ所の原発で深刻な事故が起きた場合の放射性物質の拡散予測を公表した。原発立地13道県が重点的な防災対策の必要なUPZ(緊急時防護措置準備区域)を決める際、参考にしてもらうためだ。 事故時に住民が避難するための計画づくりには、より詳細な予測が必要との意見もあるが、規制委は新たな予測には否定的だ。担当者は「予測はあくまで試算で、参考レベル。放射性物質が計算通りに広がるかどうかは分からない」と説明。屋内退避や避難指示で重視するのは各地の放射線量の実測値との立場だ。 立地道県でも拡散予測の評価は割れる。

 茨城県は「気象条件などによって無数の被害パターンがあり、取り扱いが難しい」。一方、福島県は規制委に精度の高い拡散予測を要望した。担当者は「地形を考慮して予測し直せば、半径30キロとされているUPZが40キロや50キロに広がる可能性もある」と指摘する。 新潟県は東電に、柏崎刈羽原発で事故が起きた際の拡散予測の提出を要請。非公開を条件に受け取った。事故時は原子炉内の圧力上昇を抑えるため、フィルター付きベントを使って放射性物質を含む蒸気を外部に逃がす。その際、放射性物質がどう広がるか、県の避難計画との整合性を確認するのが目的だという。

 防災・危機管理に詳しい渡辺実・まちづくり計画研究所長は「電力会社も国もマイナス情報が公になるのを恐れて、拡散予測の公表に消極的だ」と指摘。「起こりえる可能性の高い複数の拡散予測を策定し、それをもとに逃げる方向や避難場所を決めておかなければ、住民の訓練もできない」と語る。

◇この特集は、井上亮、木村俊介、小池竜太、斎藤健一郎、鈴木彩子、宋光祐、深津慶造、山田史比古が執筆し、インフォグラフィックスは前川明子が担当しました。

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