東京電力福島第一原発事故で溶け落ちた核燃料。いったいどんなものなのか。いまだ実物を確認できていない。
■デブリ、位置も量も不明
9月11日、静岡大で開かれた日本原子力学会で廃炉に向けた研究開発の報告があった。180人が入る会場はほぼ満員で、立ち見が出るほど。関心の的は「デブリ」と呼ばれる溶けログイン前の続き落ちた核燃料がどうなっているか、だった。
デブリとは、原子炉圧力容器の中にあった核燃料が放射性物質の崩壊熱などによって数千度の高温になり、金属などと一体になって溶け落ちたもの。燃料ペレットや被覆管で閉じ込めていた放射性物質がむき出しになり、極めて強い放射線を放つ。高濃度汚染水の発生源でもある危険極まりない物質だ。作業員はもちろん、遠隔操作のロボットさえ容易に近づけない。
廃炉を進めるには、まずこれを取り出さなければならない。どこにどれだけあるのか。硬さなどはどうか。切り刻んで保管するにはどういう機器が必要か。デブリ自体が重要な研究対象になっている。
エネルギー総合工学研究所の内藤正則部長は事故進展を再現するシミュレーションを駆使し、「溶けた燃料は水滴のような粒子状になって格納容器に落ちた」と発表した。日本原子力研究開発機構の研究者は、福島第一と同じ素材を混ぜて溶かした「模擬デブリ」をつくり、性質を報告した。
デブリは1979年の米スリーマイル島原発事故でも生じたが、原子炉圧力容器内にとどまった。詳しく研究されたが、性質はあまり調べられなかった。より溶融が進んだ福島第一では格納容器へ溶け落ち、コンクリートや海水とも反応した。起きた現象はスリーマイルよりはるかに複雑だ。
茨城県東海村の原子力機構の研究棟。手作業ができる密閉容器の中で、研究者が核燃料のウランや被覆管のジルコニウム、制御棒のホウ素などの粉末を混ぜていた。直径1センチ、高さ1センチ程度の円柱型に固め、電気炉で熱する。真っ赤になって溶けた後、冷えて灰色の塊になる。
こうしてできた模擬デブリの断面は、ウランとジルコニウムの酸化物の層と、ホウ素とステンレスなどの金属が混じった層にはっきり分かれていた。高野公秀研究主幹は「ホウ素が鉄などとくっついた部分が非常に硬かった。取り出し作業では、少なくともこの硬さに対応する必要がある」と話す。
一方、コンクリートの上に置いた模擬デブリを熱して溶かすと、水分が蒸発し内部に気泡ができ、コンクリは手で触ると崩れるほどもろくなった。今年度中に素材の割合など条件を変えてつくった模擬デブリのデータをそろえ、回収機器の開発に役立てる予定だ。
福島第一の1~3号機には核燃料が計約270トン入っていた。デブリの総量は、一緒に溶けた金属などが加わるため、さらに増えると推測される。
■取り出し「2021年着手」、可能か
福島第一のデブリの取り出しについて、国と東電は6月に改訂した廃炉工程表で「1~3号機のいずれかで2021年中に始める」との目標を掲げた。位置も正確にわからず、回収するための機器もまだ存在しないデブリを、あと6年でどうやって取り出すのか。
技術的な助言をする原子力損害賠償・廃炉等支援機構によると、デブリの位置や性状の調査研究がある程度進むという見込みのもと、18年度中に工法を決め、具体的な手法の検討に進む予定だ。山名元(はじむ)・理事長は「どこにあるか、硬いか軟らかいか。2年以内には情報が集まってくると思っている」と話す。
工法について改訂前の廃炉工程表は、格納容器を水で満たして取り出す「冠水工法」を前提にしていた。ただ、格納容器の亀裂や穴をすべてふさぐ必要があり、実現できるか疑問視されていた。そこで支援機構は4月、空気中で作業をする「気中工法」の選択肢を新たに示した。世界でも前例のない工法で、被曝(ひばく)や放射性物質の飛散のリスクがつきまとう。
デブリが圧力容器内にとどまったスリーマイル島原発でも、圧力容器を水で満たして取り出しを開始できたのは事故6年後だった。福島第一の目標は事故の10年後。達成の現実味を問われた東電福島第一廃炉推進カンパニーの増田尚宏プレジデントは「無理してでもデブリを除くほうがいいと考える人もいる。(急ぐことで)減らせるリスク、増えるリスクをしっかり見極める必要がある」と述べ、明言を避けた。
21年は取り出し作業に着手するだけで、すぐにデブリがなくなるのではない。完了時期は今の工程表には明示されていない。経済産業省の担当者は「21年開始の根拠を問われると、非常に回答が難しい。目指しているということ。実際に取り出しが完了できるかどうかは今後の技術開発にかかっている」と打ち明ける。(木村俊介、熊井洋美)
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