これからのスパコン

■これからのスパコン

▶︎広く社会のために/AIビジネスでも活用

 運用が終わった理化学研究所のスーパーコンピューター「京(けい)」も、開発中の後継機「富岳」も「汎用(はんよう)性」が特徴だ。こうした国のスパコンに対して、民間では人工知能(AI)ビジネスに特化したスパコン開発の潮流が生まれている。

 日本で国のスパコン開発プロジェクトが始まったのは1980年代。初代の文部省(当時)航空宇宙技術研究所の「数値風洞」と、その後継機で2002年に完成した地球シミュレータ」はいずれも、航空機開発、地球温暖化予測というシミュレーション計算に特化されていた。これに対して「京」は、さまざまな用途を持つ初の「汎用スパコン」として、大学や企業が幅広く活用した。


 21年度に供用を始める予定の「富岳」も汎用機だ。気象計算や地震・津波の被害予測、創薬などの医療、宇宙の進化といった基礎科学など九つの利用課題が設定されたほか、人工知能の研究にも適した設計になっている。名前を富士山になぞらえたのは、山頂(計算性能)を高くしつつ、すそ野(用途やユーザー)を広げるという意味が込められている。

 開発リーダーである理研計算科学研究センター(神戸市)の松岡聡センター長によると、富岳では日本の半導体産業の復興という目標も掲げる。富岳は日本で設計した英ARM社ベースのCPU(中央演算素子)を使う。一つ一つの製造コストは抑えつつ、大量につなげることで速度を出す。富岳では京の倍の15万個のCPUを使う。量産化が可能で、CPU単体で売ることもできる。企業にとってこのCPUを使ったビジネス展開がしやすいという。

 ソフトにも特徴がある。京はハードとソフトが独自の環境で、多くのソフトを動かすのが難しかった。この反省から、松岡さんは、「ARMと互換性のあるCPUでは頂点の性能を持ち、かつ多くのソフトが動いてユーザーのエコシステムを作れるスパコンをめざす」と話す。必要なら市販ソフトの「ワード」も動くという。米IBMやインテルなどに対抗できる「陣営」作りが目標という。

 民間でもスパコンの導入が進んでいる。新たな潮流は人工知能ビジネスへの活用だ。

 ベンチャー企業「プリファードネットワークス」はスパコンを複数所有し、AIの性能を上げる「学習」に活用している。

 顧客企業から提供される工場の工作機械の制御データを学習して、機械の異常を高精度で検知するAIの学習モデルを開発して工場のシステムに組み込み、早めにメンテナンスすることで工場の稼働率を上げたり、医療機関で採取された血液の成分データを学習して高度なモデルを作りがんの早期診断に活用したりするなど、さまざまな事業や研究開発を進めている。

 稼働中のスパコンの計算性能を足すと「京」の20倍になる。来年稼働するスパコンには初めて、自前で開発したCPUを使う。土井裕介執行役員は「うちは計算力を武器にしている会社。それぞれのビジネスに合うようにチューニングして最高の計算性能を引き出すには、自前のスパコンが必要」と話す。

 現在のAIブームは計算性能の向上抜きに語れない。AIの主流の技術「深層学習」は70年代からあったが、当時は単純な計算しかできなかった。その後、計算性能が飛躍的に上がって複雑な計算が可能になり、プログラムの精密化が進んだ。相乗効果でAIは実用域に達し、12年ごろブームが始まった

 AIの学習用スパコンは、グーグルやマイクロソフトなどIT大手も力を入れる。AIの性能を示す指標である一つに画像認識の精度がある。一定の精度に達するまで学習させるのにかかる時間を競うコンテストでは、米国、中国、日本の企業が記録を塗り替え合っている。

 わたしたちの生活はさまざまなコンピューターに支えられている。比較的高性能のCPUを使うものはスパコンのほかにクラウド、スマートフォン、パソコンなどがある。クラウドはグーグルなどの「プラットフォーマー」企業がユーザーから集めたデータをためたり、計算処理したりするデータセンターで使われている。

プラットホーマー(platformer)商取引や情報配信などのビジネスを行う者のために、その基盤や環境を構築し、提供する事業者。具体的には、そのためのウェブサイト・ソフトウエア・製品・サービスを提供する大手通信事業者・コンピューター関連企業・IT企業などを指す。

 社会がコンピューターへの依存を高める一方、性能の技術的な限界も近づきつつある。

 インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアは半世紀ほど前、半導体の集積度は1年半で倍になるという「ムーアの法則」を唱えた。CPUの集積度は配線の「線幅」を短くすることで上がってきた。地球シミュレータのCPUの線幅は150ナノメートルだったのに対し、京は45ナノメートル、富岳は7ナノメートルといった具合だ。

 だが、物理理論によって決まる限界がある。神戸大理学部の牧野淳一郎教授によると、現在の開発の最先端は5~7ナノメートルだが、限界に近づくほど開発や製造の難易度が上がり、コストに見合わなくなる。CPUをたくさんつないで計算速度を稼ぐ方式にも限界がある電力の消費量が膨大になるからだ。「このままだと、10年以内には壁にあたるだろう。壁を破るいくつかの方法が研究されているが、まだ展望は見えていない」と牧野さんは話す。(嘉幡久敬)

 <量子コンピューターも>

 スパコンとは違う仕組みの計算機として、量子力学的な効果を使う「量子コンピューター」の研究が進む。米グーグルは今月、スパコンが1万年かかる計算を、試作機が200秒に縮めたと論文で発表した。ただし、開発が順調に進んでも、実用化には相当時間がかかり用途も限られるとみられる。

 <世界一の目標かかげず>

 半年ごとに公表される世界のスパコン速度ランキングTOP500」で、日本のスパコンは繰り返し世界一になってきた。数値風洞は95年前後、地球シミュレータは2002~04年、京は11年にトップとなったが、近年、スパコンの性能評価は多様化しており、富岳は世界一の目標をかかげていない