老後レス時代-1

■避けられない2040年問題

 高齢になっても働くのが当たり前。そんな時代の足音がひたひたと聞こえます。年金や貯蓄だけで足りるのか。人生終盤への不安が足元に忍び寄る今、働き続けるお年寄りは珍しくありません。国全体を眺めても、人口減少による現役世代の激減を前に、政府は「一億総活躍」という言葉で高齢層を労働力に繰り入れようとしています。私たちの人生から「老後」という時間が消えていくのでしょうか。「老後レス時代」の生き方を考えます。

 「数十年先の老後のことを思うと怖くてたまらない。のたれ死ぬしかないんでしょうか……」引きこもり経験のある30代の女性は、そう語った。「年金だけでは施設に入ることも不可能。自分は孤独死するだろう」「安楽死施設を開設して欲しい」

 30代後半から40代前半の非正規雇用につく単身女性たちを対象にした調査では、老後について、こんな回答が寄せられた。

▶︎老後が怖い。

 喜ぶべきことであるはずの長寿化が不安をもたらし、人生最大のリスクとなる。そんな社会に私たちは生きている。国民生活基礎調査によると、全世帯中、年収300万円未満が全体の3分の1を占めている。また、国民の9割近くが「老後に不安」を感じているという調査結果もある。
老後資金の2千万円不足問題があれほど関心を集めたのも、人々の漠然とした不安が、具体的な数字として目の前に現れたからだ。

 今の日本社会には、さまざまなかたちで「生活の足腰」が弱まっている人たちがいる。就職氷河期に社会に出た世代、ロストジェネレーションには不安定雇用に苦しむ人が多い。単身世帯も増えており、50歳時点での未婚の人の割合、いわゆる生涯未婚率は男性がほぼ4人に1人、女性が7人に1人で、今後も上がり続けるとみられている。

 国際医療福祉大学教授の稲垣誠一さんの推計では、未婚・離別の単身高齢女性の貧困率は上昇を続け、20年後には約4割、40年後には過半数が生活保護受給レベルになるという。冒頭の女性たちの絶望は、すでに数字で裏付けされている。

 不安を抱えているのは「個人」だけではない。日本社会全体もまた、先行きに大きな困難が待ち構えている。

 これから先、数十年は間違いなく、日本人が減り続ける。それもピークには年間100万人というすさまじいスピードで。同時に高齢者が増え続け、働く現役世代がやせ細り続けていく。世界に類を見ない人口の大変動が、この国をのみ込もうとしている。

 高齢化は2040年に35%、60年に40%になると推計されている。言い換えれば、現役世代に支えられる高齢者や子どもの人口、いわゆる従属人口が全体の半分近くになるということだ。

 これが意味しているものは何か。人々が得る総所得が減り、消費が減り、税収が減る。労働力不足が深刻化し、需要と供給の両面から経済にブレーキがかかり、国そのものの力が減衰していく。

 いま、研究者や政府関係者の間で最も懸念されているのが、「2040年問題」である。このころ、団塊ジュニアという大きな人口の塊が高齢世代入りし、老年人口が最多となる。この世代はロスジェネとして経済基盤も弱く、単身率も高い。日本社会の持続可能性が大きな危機に瀕(ひん)する年、それが2040年なのだ。

 これは、どの政党が政権を握ったとしても、誰が首相になったとしても、必ず日本社会を襲う「時限爆弾」と言われる。発火までの導火線の長さは、わずか20年である。

 個人の単位でも国家レベルでも、近い将来に「静かな災害」が待ち構えている日本。果たして、この難題を解決する処方箋(せん)を描けるのか。私たちは、どんな「切り札」を持っているのか。

 「それは、高齢者そのものです」と国立社会保障・人口問題研究所前副所長で、明治大学特任教授の金子隆一さんは語る。

 「高齢者になるのは65歳とされていますが、同じ65歳でも過去と比べると健康度ははるかに上がっている。平均で残り何年生きられるかを基準にすれば、2065年は80歳以上が高齢者という計算になる。そう考えれば、従属人口は4割程度となり、人口が増加していた昭和の頃とあまり変わらないのです」

 今の高齢者は健康寿命だけではなく、教育水準も上がっている。AIなど情報技術もさらに飛躍的に進むだろう。年齢で一律に切らず、自分の持っている力を十全に発揮できる「全員参加社会」を目指すべきだと金子さんは説く。

 折しも安倍政権は「1億総活躍」を掲げ、高齢者らの就労を促す方向にかじを切っている。10月4日に召集された臨時国会の所信表明演説で安倍晋三首相は「(高齢者の)豊富な経験や知恵は、日本社会の大きな財産です。意欲ある高齢者の皆さんに70歳までの就業機会を確保します」と語った。

 切り札である高齢者の力を生かすという意味で、方向性は間違っていない。しかし二つの点で、現政権の姿勢には危うさが感じられる。

 一つは、公的支援をできる限り抑えようという意図が見え隠れする点だ。

 今でも政府は、生活保護をできるだけ絞り込もうとしている。体力が落ち、健康状態も一人一人違う高齢期は、公によるセーフティーネット(安全網)がなければ、安心して働くこともできない。人生の終盤になっても自己責任を問われ、「働かざるもの食うべからず」という強迫に追い立てられる社会は、暗黒の未来、ディストピアである。

 もう一つの懸念は、やった振り、かけ声だけで、実質的な変革を先延ばしする恐れがあることだ。

 少子高齢化は猛スピードで進んでおり、負担を先送りする時間的余裕はない。だが、全世代で重荷を分かち合い、高齢者も支え手に回る社会を実現するには、国民の多くが納得できる合意を地道にまとめていく必要がある。決して高支持率につながるような政策ではない。今の政治や政権に、そんな泥をかぶる覚悟はあるだろうか。

 人生後半の時間をどのように生きるかという問いは、日本社会全体の政策を左右すると同時に、世の中すべての人の選択に大きくかかわる。人は必ず老い、そして必ず死ぬ以上、誰にとってもひとごとではないのだから。

 「2040年には推計で年間、約168万人が亡くなります。戦争以外でこれほどの人が死ぬことはなかった。168万の魂がどう旅立っていくのか、それが、この日本の100年を象徴するのではないでしょうか」

 社会保障政策を専攻する中央大学教授の宮本太郎さんは、取材でこう語った。自分の生をどう締めくくるか、それが問われている。

 一本の単線レールにみんなが乗り、一定の年齢でみんなが同時に降りる。それが昭和の日本社会だった。これからは、そんなコピーのような老後はなくなるだろう。今まで当たり前に思っていた高齢期の常識が通じなくなる「老後レス時代」がやってくる。

 「老後レス」を、自己責任の暗黒の未来にするか、豊かな人生の収穫期とするか。この企画で、多くの人たちの人生後半期に向けた思いや判断、行動を紹介し、考えるための糧としたい。(編集委員・真鍋弘樹)