沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって家屋の被害を全く被らなかった地域がありました。それは何故だったのでしょうか。
重茂半島東端の姉吉地区は、1896年、1933年に発生した大津波によって大きな被害をうけた地区でした。昭和の大津波直後、住民らが石碑を建立。次代のコミュニティへの教訓をそこに刻んだのです。
「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ) 此処(ここ)より下に家を建てるな」
姉吉地区ではこの教えを守り、石碑より下に家を立てませんでした。その結果、今回の大地震における津波も石碑の約50m下で止まり、家屋の損壊は無し。
釜石市内痕跡マップ
こういった教訓を残した場所はここだけではありません。青森県から宮城県に至る三陸海岸各地に約200基の津波記念碑が建てられています。釜石市の「釜石市津波防災教育のための手引き」にある「津波常襲地域に残る先人の教訓」(PDF) に詳しく有るのでその一部をご紹介します。
江戸時代以降の大小の津波の襲来度数をみると6、7年に1度の割合で、また、古くからの記録によると40年~50年に1度の割合で津波が来ています。ま た、政府の地震調査委員会によるとこの30年以内に宮城沖で地震が発生する確率は99パーセント、三陸沖では90パーセントと大変高くなっており、それに ともなう津波が発生する確率も当然高いものと考えられます。津波は沿岸に住む人々にとって避けることの出来ない災害です。過去の津波災害に学び、これからの防災について考えましょう。 | |||||||||||
|
|||||||||||
|
|||||||||||
釜石市HP「津波防災情報」のページ | |||||||||||
|
|||||||||||
|
|||||||||||