江戸東京たてもの園(えどとうきょうたてものえん Edo-Tokyo Open Air Architectural Museum)は、失われてゆく江戸・東京の歴史的な建物を移築保存し展示する目的で東京都小金井市の都立小金井公園内に設置された野外博物館。東京都墨田区にある東京都江戸東京博物館の分館である。
指定管理者制度により、東京都歴史文化財団グループ(公益財団法人東京都歴史文化財団、鹿島建物総合管理株式会社、アサヒビール株式会社の共同事業体)が管理・運営を行なっている。
小金井公園には1954年から1991年まで、古代住居や江戸時代の農家を移築・展示する武蔵野郷土館があったが、江戸東京博物館の開館に合わせて、武蔵野郷土館を拡充する形で1993年(平成5年)3月に開園した。高い文化的価値がありながら現地保存が困難となった江戸時代から昭和初期までの30棟の建造物を移築復元し展示しており、開園20周年となる2013年(平成25年)3月に最後の1棟となるデ・ラランデ邸の移築復元が完成した。
復元建造物
園内は3つのゾーンに分けられ、西ゾーンは武蔵野の農家と山の手の住宅、センターゾーンは格式ある歴史的建造物が並び、東ゾーンは下町の町並みが再現されている。
センターゾーン
旧光華殿(現・ビジターセンター) – 昭和15年(1940年)に紀元二千六百年記念式典の会場として皇居外苑に造営。式典終了後の昭和16年8月に当地へ移築された。
旧自証院霊屋 – 江戸初期の慶安5年(1652年)に建てられた、幕府大棟梁甲良宗賀による華やかな霊廟建築。3代将軍徳川家光の側室自証院(お振りの方)を祀ったもの。東京都指定有形文化財(建造物)。
高橋是清邸 – 二・二六事件で暗殺された政治家・高橋是清の邸宅。明治35年(1902年)落成。総栂普請。和風邸宅に窓ガラスを使った初期の事例である。是清はこの建物の2階で暗殺された。
西川家別邸 – 西川製糸創業者・西川伊左衛門が接客用兼隠居所として用いた和風邸宅。大正11年(1922年)竣工。
伊達家の門 – 大正時代に伊達侯爵家(旧宇和島藩伊達家)が白金三光町に建てた屋敷の表門。片番所を設けた大名屋敷の格式で建てられている。
会水庵 – 大正期頃、宗偏流の茶人山岸宗住(会水)が建てた茶室。
西ゾーン
常盤台写真館 – 昭和初期の郊外住宅地常盤台に建てられた写真館。(直射日光が入らないように北側から間接光が入るように設計されている)
三井八郎右衞門邸 – 第二次大戦終戦後に京都から港区麻布に移築された財閥三井本家の和風邸宅。
奄美の高倉 – 江戸末期頃、奄美大島宇検村に建てられた穀物倉。高倉形式で、茅葺の屋根部分が貯蔵庫になっている。
吉野家(農家) – 江戸時代後期、多摩郡野崎村(現・三鷹市野崎)の農家。内部は昭和30年頃の生活を再現している。
八王子千人同心組頭の家 – 江戸後期の郷士組頭の屋敷。床の間をもつ座敷や式台付きの玄関など、一般民家より高い格式をもつ。
前川國男邸 – モダニズム建築家の前川國男が1942年に建てた自邸。戦時の建築統制下で建築面積は小さく抑えつつも、大屋根の中央に吹き抜けの居間とロフト風の2階を配している。
田園調布の家(大川邸) – 「田園都市」の理想のもと開発された近郊住宅地に建てられた大正期の洋風郊外住宅。下見板張りの外壁とテラスにパーゴラが設けられている。
綱島家(農家) – 世田谷区岡本にあった貴重な江戸時代中期の農家。
小出邸 – 建築家・堀口捨己がヨーロッパから帰国した直後に設計した住宅。四角錐のような大屋根と水平な軒を持つ。
デ・ラランデ邸 – 新宿区信濃町にあった西洋館。気象学者・物理学者の北尾次郎が自邸として設計したと伝わる平屋建てであったが、1910年ごろ、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより、木造3階建へ大規模に増築され、その当時の姿を想定して復元された。