鬼が撮った日本
被爆者同士の結婚
小谷夫妻1957年小谷育男夫妻は、被爆者同士の結婚では障害児が生まれるのではないかという危惧を吹きとばして、健康な子宝に恵まれて明るく暮らしていた。『ヒロシマ』の中で、人間の生きる勇気と希望の光が感じられる作品である。「鬼の土門」と「仏の土門」江成常夫 土門さんには「写真の鬼」、「鬼の土門」の伝説がある。その異名は対象と向き合う時の眼差しに、シャッターを押す瞬間に、火の玉のようなエネルギーが込められてきたからだろう。 土門さんと私は親父と子どもほど年の差があるし、雲の上の存在だったので、直接、手ほどきを受けた:とはない。けれど、私には宝物のような逸話がある。まだクカメラ小僧″だった:ろ、写真をやりたい一心から土門さんに、その思いを手紙に託した‥とがある。土門さんの人間性を知ったのは、思いもかけなかった返信をもらった時である。いわく、「技術はいつでも手にできる。まず勉強せいー・」。世にいう「鬼の土門」は、私には「仏の土門」に思えた。 土門さんの代表作の一つ、写真集『ヒロシマ』 (研光社) には、土門さんの「鬼」と「仏」が同居している。冒頭に組まれたケロイドの手。そして腱の皮膚を剥ぎ、ケロイドの部分に植皮する手術。正視できないような被写体に、土門さんは「鬼の目」を刺し込んでいる。しかし、::での土門さんの目は、悪魔の原爆に向けた、怒りと憎悪の視線であって、いわば土門さんの被爆者に対する人間愛、人間の尊厳への「仏の眼差し」にほかならない。 写真集の後半に被爆の辛苦を共有する、小谷さん夫妻の写真が出てくる。愛児を誇らしげにだっ‥し、喜びを満面にした家族の表情からは、土門さんの地獄を生き抜いた二人へ向けた人間賛歌が伝わってくる。土門さんのその心は核廃絶、世界平和を願う祈りにも読める。 私は‥れまで『ヒロシマ』に限らず、土門さんの仕事を道標に、写真の道を歩いてきたようなと‥ろがある。私には被爆者の霊魂を視覚化した写真集、『ヒロシマ万象』 (新潮社)があるが、:の仕事は土門さんの『ヒロシマ』 に、触発されたと‥ろが大きい。 私に限らず土門さんの仕事が、見る側の心を引きつけて離さないのは、「鬼の土門」の一方で、「仏の土門」の心が心臓の鼓動のように、息づいているからである。 (えなり つねお 写真家)
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