東日本大震災10年へ 放射性雲、どう流れたか

東日本大震災10年へ 

▶︎放射性雲、どう流れたか

 東京電力福島第一原発事故で被害を広げたのが、放射性物質を含んだ空気の塊「プルーム(放射性雲)」だ。原発から出た後、いつ、どこを通ったのか。研究者らが地道に追い続け、詳しい様子が少しずつ「再現」されてきた。

 2011年3月、メルトダウン(炉心溶融)を起こした1~3号機の原子炉内からは、大量の放射性物質が何日にもわたり、断続的に大気中に放出された。この気体の塊が「プルーム」。もくもくと立ち昇る煙という意味だ。風で流され、雨にあうと多くの放射性物質を地面に落とす。大気中に出たセシウム137の総量は約1・5京ベクレル、その10~20%程度が陸域に沈着したと推定されている。

 プルームは、風向きで刻々と行き先が変わる。いつ、どこを通ったのか。空間放射線量、気象データ、地面に沈着した放射性物質の量などを組み合わせ、後から推定するしかない。

 当時の放射性物質の大気中の濃度がわかれば、より精緻(せいち)にプルームを再現できる。そこで、東京大や首都大学東京(現・東京都立大)、国立環境研究所などのチームが着目したのが、大気汚染の測定局で使われているテープ濾紙(ろし)だ。

 もともと、呼吸疾患につながるおそれのある大気中の浮遊粒子状物質(SPM)の濃度を調べるもの。事故当時は、セシウムなどの放射性物質も付いており、分析すれば1時間ごとの大気中濃度を明らかにできる。チームは数年かけて約100局の濾紙を分析し、3月12日からの約2週間で出たプルームを大小約20に分類した。

 測定局は全国に約1900地点ある。リモート・センシング技術センター客員研究員の鶴田治雄さんは「測定局は密にあり、どの時間帯に、どの地点で、どんな濃度で運ばれたかがわかってきた」と話す。東京大名誉教授の中島映至(てるゆき)さんは「大気汚染の測定網を有効利用できたのがポイント。地面に落ちずに空気中に浮かんでいた放射性物質の濃度がわかったのは画期的だ」と解説する。

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 大気中の放射性物質濃度がわかることで、吸い込んでしまった周辺住民の内部被曝を正しく推計することにもつながる。

 3月12日午後2時半ごろ、1号機で格納容器の圧力を下げるために放射性物質を含む蒸気を出す「ベント」に成功したとされ、午後3時36分には建屋で水素爆発が起きた。この時プルームが北や北西に流れたことはわかっていた。チームは原発の北西約3キロにある測定局の濾紙を調べ、濃度が最大になったのは水素爆発の前だったと突き止めた。ベントから間もない時間帯で、避難が終わっていない地域を通過した可能性がある。

 東大の森口祐一教授は「内部被曝の線量を推計するうえで、ヨウ素131を多く含んでいる可能性を考慮する必要がある」と指摘する。ベントに伴うプルームは、ほかのプルームよりヨウ素の割合が大きかったと考えられているからだ。ヨウ素131は半減期が8日と短く、当時の実測値が限られているが、初期の内部被曝への影響は小さくないとされる。

 濾紙の分析で、広範囲の汚染につながったほかのプルームの経路も裏付けられてきた。

 放出量が最も多かったとされる3月15日。午前中に出たプルームの一つは南下した後、東からの風で流れる向きを変えた。別のプルームは午後から夜にかけて原発の北西方向に運ばれ、飯舘村など原発から数十キロの帯状の汚染につながったとみられている。環境研フェローの大原利眞さんは「多くの実測データを加味したことで、経路推定は確実性が増した」と話す。

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 プルームで汚染された地域も、これまでに空間線量は大幅に下がってきた。

 日本原子力研究開発機構などは、原発の半径80キロ圏の線量を定期的に測ってきた。約6500の定点のほか、舗装道路などは車や歩きで、広域や原発周辺はヘリコプターを使う。国が長期目標とする年間の追加被曝線量は1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト)。2011年と19年を比べると、毎時0・2マイクロシーベルト以下の地域の割合は、17%から84%に広がった。

 線量の低下は、まず放射能が自然に減る影響が大きい。計算上は16年までの約5年間で当初の37%まで低下するが、実際に測ると、人の生活に関わる場所ではずっと速く下がっている。特に、舗装された道路の線量は、自然に減る線量の3分の1しかなかった。セシウムが雨などで流されるためだ。人の手が入る農地なども減りが速い。

 人の手が入らない公民館の庭のような「平坦(へいたん)地」でも、自然に減る線量の半分だった。セシウムが土の中に浸透し、放射線が遮られるためだ。一方で、森林は自然に減る線量とほぼ同程度に高止まりした。

 空間線量の減り方は、生活する人たちの被曝に関わる。原子力機構の斎藤公明(きみあき)さんは「福島は土地利用が異なる地域が混在している。人が活動する地域ごとに解析し、減少傾向を詳しく把握する必要がある」と話す。(川田俊男)