サイバニクスが拓く未来

■未来開拓を力を達する大切なキーワード


HAL腰タイプ介護支援用

 世界初のサイボーグ型ロボット「HAL」も「サイバニクス」の研究成果の一つです。上の写真はHAL医療用下肢タイプです。運動機能に障がいのある方が、HA」を使いながら脳神経系の機能改善・機能再生を促進していくという目的として開発されました。欧州では2013年8月に、世界初のロボット治療機器として認証を取得し、日本でも、2015年11月に医療機器として許認可を取得したところです。進行性の神経筋難病疾患を対象として、「治験」という公的に義務づけられている臨床評価を経て、医療機器として承認を受け、医療保険で治療処置を行うことになります。

上の映像は、介護を支援する人たちが使うHAL腰タイプ介護支援用です。腰に着けるだけで腰が支えられ、重いものを持ち上げられるものとなっています。

 ひじ、ひざの関節など、特定の部分だけに取り付けて使う単関節タイプもあります。このバージョンもさらに改良が進んで、今は缶詰くらいのサイズとなり、3つの大学病院にて試験を行っています。

 写真4は、HAL災害対策用です。みなさんご存じのように、2011年3月の東日本大震災で原子力発電所が事故によって、大変なことになりました。これは、放射線による被爆から身を守るため、重いプロテクションジャケットを着けて作業しなければならなかった作業員の方の安全を確保しながら、動きをサポートするHALです。

 写真は、マスター・スレーブ型インタラクティブHALという少し変わったHALです。2体のHALのうち、1体をお医者さんが身に着けて、そして、もう片方のHALを患者さんが着けます。HALを装着したお医者さんが身体を動かすと、もう一方のHALを着けた患者さんの身体が動かされるというものです。病気などで患者さんの身体の動きが悪いとその動きにくさが今度はお医者さんに伝わるという、歴史上初めて相手の身体状態を感じることができる革新技術です。障がいのある人側はロボットによって動かされていますが、その方の身体の動きが悪いとその部分がお医者さんに伝わります。つまり、動かない場所がわかるということでもあるのです。そういえば、昔、小学校の先生が「相手の立場に立って考えなさい」とよく言っていましたが、やつとこの時代になつて相手のことがわかる技術として仕上がりました。ここまでとても長い時間がかかりました。

 上写真は、脳の活動だけで何かを制御することができるヘッドマウント型のブレインインターフェース(BI)です。照明などの電気をON/OFFする、テレビのチャンネルを変える、ナースコールなどのように人を呼ぶ、コンピュータで文字の入力をする、そういう用途で利用可能なものです。

7 ブレインインターフェース(BI)

 これをつけると、赤い色に光るところは脳の活動が活発な部分\青い色に光るところは活発ではない部分ということがわかります。私の身近なところで利用するとしますと、授業でこれを使えば、学生さんの脳の状態が一目瞭然となるかもしれませんが、実際はこれを身体の末梢から信号を取得するタイプのサイバニックインターフェースとして仕上げ、寝たきり、あるいは若くても身体が動かなくなってしまう非常に難しい病気の方に使ってもらえる技術にしたいと思っています(上映像例・国際電気通信基礎技術研究所協力による)

▶︎神経難病分野での医療用HAL

 私は血液の研究もいろいろと行っています。先ほど述べたとおり血液は、時々、血栓と呼ばれる小さな塊になることがあり、これが脳の血管や心臓の血管に詰まって、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こし、脳神経系に障がいが出て身体が麻痺したり、心臓の組織が損傷して血液を体に送ることができなくなったりします。最悪の場合には死に至ります。そこで、血栓ができやすくなっているかどうかを、血液に触れないで捉える方法として「光」を用いることにしました。「光」がどういうふうに血液の中で散乱していくかということと、「光子(フォトン)」がどういうふうに挙動するかということを、もう一度新しく数理工学的に、物理学的に理論をつくり直すことによって、仕上げていきます。

 さらに、脳の活動を捉えることができる超高感度・高機能のセンサーを研究開発しています。世界初のセンサーです。現在、日常で用いることができるように、小型で簡便な脳活動モニターとして製品化を進めています。

 さて、ここでHALの事例をいくつかご紹介します。まずは、ポリオ*4−1の患者さんです。生後11ケ月でポリオのウイルスに感染して左側の脚が全く動かなくなってしまった状態です。子とものときからなので、以後50年間ずっとこの左の脚は動いていません。この方が、単脚用のHALを着けて動かなくなった脚を動かせるようになるなど、普通では想像できません

 最初はこの患者さんがHALを装着してみても、何も反応は見られませんでした。1日、2日、3日と経過していくうちに、時々、ピクっとHALが反応しはじめました。そして、ついに50年間、脚を動力、すことができなかった方がHALを着けてご自分の脚をご自身の意思で動かしはじめたのです。50年の時間を超えて、ご自身の意思で、脚がぶらぶら状態の人が脚を曲げたり伸ばしたりできるようになってきている・・・すごいことです。感動で涙がでてきました。この方も、研究室の学生も、その場にいた人は感動で涙ぐんでいました。

*4−1ニポリオ ポリオウイルスによって発症するウイルス感染症。感染者の約0・2%程度にだらんとした手や脚の麻痛が現れ、生涯に渡り運動障がいが残ることの多い病気。

 次は、脳卒中*4−2の事例です0脳卒中を2回も発症されて、お医者さんのカルテでは、もう歩行は厳しいと言われていた患者さんです。HALを使っていくうちに、HALをはずしても1ヶ月後には歩きはじめ、さらに続けてHALを使っていくと、2ケ月後にはHALなしで廊下をジョギンクできるようになりました。その後退院して、今では、ジャンプもしています。すごいですね。大切なことは、HALをはずしても動くことです。機能が改善して、これで退院できるようになります。このとき脳がどのように動いていたかということが重要で、病気が発症した早い段階できちんとHALを使うと、脳が最初の状態から変わってくることもわかりました。とにかく、驚くことが多く、感動の日々です。

 それから、生まれながらにして遺伝的な病気があったり、遺伝子の病変等があったりする患者さんの場合は、歩行が未熟な状態のままどんどん身体機能が低下して、生命の維持が難しくなることもあります。あるいは、出産時に問題が生じて、例えば、酸欠のような状態によって、脳性小児麻痺(CP*4−3)になってしまった場合には、脳神経系の細胞がダメージを受けて、身体が麻痺した状態になります。このような患者さんに対しては、現代医学でも機能改善ができません。運動機能が成熟できていない状態の小児の身体機能を改善できるのか。こういう状態をどうにかして改善することはできないのかと新しい研究開発にチャレンジしています。11歳の脳性小児麻痺の少年に適用した例もあります。HALを使っていくと、それまでなかなか動かなかった身体が次第に改善し、HALをはずしても、とうとう何とか自分で左石の脚を交互に動力、して歩きはじめているのです。

*4-2:脳卒中 大きくは、脳の血管が詰まる「脳梗塞」と脳の血管が破れて出血する「脳出血」や「くも膜下出血」がある。

*4-3:CP Cerebralpaの略。

 さらに小さな身長の少女の例も挙げましよう。そもそも小さなサイズのHALがないので、小型HALの研究開発を急ピッチで進めることになりました。私の研究室の学生さんは人間性に優れ研究者としても優秀です。頑張って短期間で小型HALを試作してくれました。非常に小さなバージョンです。このバージョンをつけた女の子は、「SMA2(青酸性筋萎縮症type2*4-4)」という「歩くことができない」という病気で、立つことが難しくて、1歩踏み出すと倒れてしまうんです。この子が、新開発の小型HALを2週間使ったところ、なんと、9歩、10歩と歩きはじめたのです。その場にいた神経難病が専門のお医者さんは、少し興奮気味に、「山海先生、これは遺伝子治療を超えたかもしれません!」とシャウトしていました。

 こうして機能が改善していくことと、脳機能はどう関係しているでしょうか。実は、こうして脚を動かして徐々に歩けるようになってくると、脳の状態も変わってくることがわがノました。fMRl*4-5(機能的磁気共鳴画像装置)という高価な装置で脳活動を調へていくと、身体が動かない状態では、脳は動かない身体を動かそうと頑張りすぎて、次第に脳はいろいろなところが活発化していきます。これは「過活動」といって、本来活動すへき箇所とは異なるところも活動しはじめてしまうという状態です。あまり良いことではありません。つまり、頑張りすぎは良くないということですね。

*4−4:SMA2 Spina Muscular Atrophy type2の略。

*4−5:fMRI  Functional Magneti Resonance  lmagingの略

 身体を思うように動かせなかったこのような状態にある患者さんでも、HALを使うと、脳の中の適切なところが興奮した時だけ、HALは脳から筋肉への指令信号をキャッチするので、意思に従って動きはじめ、脳神経系のつながり(シナプス結合)を強化・調整するための機能改善・機能再生ループが、人とHALの間で構成されます。こうして、どんどん脳や神経系の機能改善が進み、本来の適切な部分の脳活動と連動して脳神経系と身体系の機能が改善していくのです。これらの事例は、脳の中で何が起きているかを示す貴重なデータとなっているのです。実に興味深いですね○別の言い方をすれば、HALは、コネクトーム(脳の機能マップ)の再構築を促進する革新技術だとも言えるでしょう。

 今、進行性の神経筋難病という現代医学では治療方法が見つかっていない病気に対して、治験を行っていますが、この治験の結果、薬でも病気の進行を抑制することができなかった難病に、医療用HALが保険治療として適用できると期待しています。この治験が終われば、さらにほかの分野にも適用が広がるだろうと思っています。喜んでくれる人が待っていてくれる限り、私たちの挑戦は続くのです。