■円環の分類 A TAXONOMY OF CIRCLES
人間は分類する動物である。われわれは記載し、分類し、比較することによって現象を理解する。この慾望は自然科学の基盤であるばかりか、歴史・建築・文字・デザイン・芸術その他の文化的表現を理解する上で必須の手段でもある。図像の視覚構造を形式化しようという根強い努力のなかに分類という行為を垣間見ることができる。話はとても単純である。人間の言語がある決まった規則とメカニズムにしたがって並べられたブロックであるとしたら、図像も同じような論理にしたがうと考えられないだろうか?アメリカ人技師ウイラード・コープ・プリントンはこの衝動について自著『事実を示すためのグラフィック・メソッド』(1914年)で次のように説明している。
「英語の文法規則は複雑で数が多く、しかも規則と同じくらい例外もある。しかし、こんなに煩雑なのに、私たちは誰もがこれらの規則にしたがおうとする・・・そして、興味深いことだが、現在の音楽が楽譜という標準的な手法で書かれてどこの国でも演奏できるようになったのと同様に、グラフィック表現も国際的な言語となる可能性があるのだ」。
※ヴィジュアライゼーションのパイオニア、ウィラード・コープ・ブリントンが1939年に記した『Graphic Presentation』は、コンピューターが生まれる前の“データ視覚化ブーム”のきっかけともなった書籍である。やってくるであろう「データの時代」に備えるために、ブリントンは美しいインフォグラフィックをつくるためのテクニックを紹介している。
もちろん、このような遠大な目標を掲げたのはブリントンが最初ではない。中世盛期にまで遡れば、明らかに現代の情報可視化のルーツといえるきわめて強固な野心の発現である記憶術(ars memorativa)なる技法に行き着く。この記憶術とは、聖書の講釈のために利用された図像やダイアグラムであり、その効用は画期的だった。こうした記憶術の提唱者たちが作り上げた一連の原理は、秩序化・配置法・関連づけ・カテゴリー化など適切なレイアウトをどのように選ぶかに重点を置くもので、その多くは今日のグラフィックデザイナーや情報デザイナーにも受け継がれている。
ルネサンス期に始まった知識を可視化しようとする気道は、やがて図像を視覚文法として再び体系化すべく考究の深化を促した。ドイツの碩学アタナシウス・キルヒャーやゴットフリート・ライプニッツ、スぺインの学者ライムンドゥス・ルルスら傑出した思想家たちが、画一化した言語学に取って代わる、あるいはそれをさらに高めるような、純粋で普遍的な記号言語をこぞって作り上げようとした。ここ2世紀の間にも、パウル・クレーやヴァシリー・カンディンスキーなどの画家が図像の基本構造を脱構築しようとする一方で、チャールズ・サンダース・パース、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、カール・ユング、ルドルフ・アルンハイム、ハンス・ヴァラッハ、リチャード・グレゴリー、セミール・ゼキなどの記号論者や心理学者たちもこの領域に乗りだし、一定の成功を収めている。さらにマックス・ビル、ブルーノ・ムナーリ、マイケル・トワイマンなどのデザイナーたちも、独自の方法で視覚リテラシーの限界を探ってきた。なかでも、1930年代にアイソタイプ(International System of Typographic Picture Education)の発展に最も大きく貢献したオーストリアの社会学者オットー・ノイラートのおかげで、今では世界中の建物や空港の至るところに視覚表示が使われるようになった。
視覚言語の分析においてきわめて影響力のある成果として挙げられるのは、ドニス・A・ドンディスの有名な『形は語る:視覚言語の構造と分析(A Primer of Visual Literacy)』(1973年)である。ドンディスはバランスや対称性、対比など、視覚表現のさまざまな性質を小さな構成ブロック・・・点、線、色、形、方向、質感、大きさ、面積、動き・・・に分解し、それを「視覚力の骨格」と呼んだ。ドンディスによると、これらの構成要素には「あらゆる視覚情報の原材料が選ばれて組み合わされ」、デザインされるものの性質に応じて利用される一これが作品の最終目標である。
このような歴史的経緯を経て、現代の情報可視化の分野では、多くの研究者たちがグラフィックスの完全な文法を網羅する体系的な枠組みを構築しようとしてきた。フランスの地図学者ジャック・ベルクンは、著書『グラフィックスの記号学』(1967年)で、地図とグラフのための普遍的な枠組みの構築を目標に据えたが、これは今日でもこの分野の理論的基盤とされている。ロバート・L・ハリス(1996年)、エド・H・チ(2002年)、リーランド・ウィルキンソン(2005年)、ケイティ・ベルナー(2014年)もまた同じ方向を目指している。
長年にわたってこうした試みが積み上げられてきたにもかかわらず、視覚コミュニケーションの形式を包括的かつ統一的に体系化する方法は、少なくとも文字テクストほどにほ認知されていない。理由は単純だ。歴史学を専門とするデビッド・J・ステイリー教授が言うように、「書き言葉のシンタックスは直線的で一次元的である……」のに対し、「可視化のシンタックスはもっと制約がゆるく・・・…書き言葉のシンタックスよりもはるかに複雑なのだ」。書き言葉と可視化はどちらも情報をコード暗号化(encoding)して保存する手段だが、視覚的図像がもつ複雑な多次元性は、図像からのコード解除化(decoding)をはるかに困難にする。
視覚言語の包括的枠組みを構築することはすぐには無理であるとしても、対象を狭めて識別しやすいカテゴリーの原型を解明するという目標であればはるかに達成しやすいのではないだろうか。本書ではこの目標への第一歩として、昔から使われてきた最も普遍的な視覚的隠喩のひとつ・・・円環・・・の様態に焦点を当てる。
本書の例の大半は、情報可視化の分野から取られている。しかし、円環の包括的分類を目指すのであれば、考察対象となる範囲はある時代やある分野に限らず、もっと射程を広げる必要がある。歴史の深奥までのぞき込み、人間が成し遂げた革新を長いスぺクトラムで見直す姿勢が不可欠である。
※スぺクトラム・・・過去は繰り返し現在に再出現するからだ。私たちは高度な韻新ツールと新しいデータの山を手にしたにもかかわらず、歴史を通じて知識の伝達に用いられてきた視覚的隠喩に類似するときにはまったく同一のものをいまだに使っている。現代、たとえば2012年のプロジェクトが、15世紀の作品のすぐ隣に並べられているのはそのためだ。
注意深い読者にとっては驚くに当たらないだろうが、円環の普遍性はさまざまな分野にまたがっている。そこで、情報可視化分野からの数多くの例に加えて、芸術・生物学・建築・工学・天文学などの分野からもいろいろな例を取り上げた。一見するとまったく異質な分野と時代の事例が並んでいるのは、この本ならではの特徴であり、ひいては円環が融通無碍な適用対象をもつことの証しでもある。
円環を用いた試行錯誤の目くるめくばかりの多様性は、人間の発明の才を見事に示している。しかし、数々のダイアグラムや絵図を詳しく見てみると、大半の手法の背後にはごく少数のパラメーター群があることに気づく。
本書が提示する21のモデルは、それぞれの視覚的配置にもとづいて7つのファミリーに分類され、それぞれのファミリーは3つの原型から成る。最初の3つのファミリーには最も根源的な表現が含まれており、それらが円環体系の根幹にどれほど深く関わっているのかについて以下で強調しよう。
■ファミリー1 輪と螺旋 RINGS&SPIRAL
同心円のパターン。左から右に:(A)古代エジプトや初期の中国の筆記文字で使われた、太陽を表す天文的なシンボル:(B)イギリスやフランスなど多くの国の空軍が国籍を示すマークとして使っているラウンデルは、ロックバンドのザ・フーや小売業者ターゲットのロゴにも使われている;(C)ユタ州モアブのボタシュ・ロードにあるジャグ・ハンドル・アーチで発見された、紀元前2000年頃の岩面陰刻の模様;(D)スコットランド西部のアーガイル郡で見つかった、紀元前4000年頃の岩面陰刻のモチーフ;(E)アーチェリーの標的の典型的なデザインで、通常は(内側の輪から順に)黄色、赤、青、黒、白と色が塗られている。
序章で見たように、螺旋や同心円は人間が使った最古のモチーフであり、世界中の先史時代の岩面陰刻や岩壁画に見られる。(AとC)。螺旋は子どもが最初に描く形のひとつであると同時に、貝殻や植物の成長パターン、ハリケーン、銀河の巨大構造に見られる自然の原初的暗号でもある。同心円は、年輪から水紋に至るまで、多くの自然物バターンの特徴であるだけでなく、強い知覚訴求力を兼ね備えてもいる。螺旋と同心円はどちらも視覚刺激源として催眠術に広く使われてきた。これらの同心円や螺旋を動かすことによって催眠効果が高められるのは、これらの図形が少なくとも焦点をしぼり集中を促す作用があることの裏づけである。したがって、ダーツやアーチェリー、あるいは射撃などのスホーツで標的に同心円の模様が描かれているのは偶然ではない。(E)。類似のモチーフは、紋章や軍用品そして大衆文化・・・イギリスのロックバンドであるザ・フーから小売業者のターゲットのロゴに至るまで・・・でも広く用いられてきた。(B)。ラウンデル「円を基調としたシンボルやロゴ]は、イギリス、フランス、エルサルバドル、インド、トルコ、バーレーン、ガボン、ナイジェリアなどの国々の軍用機に付けられる重要な国章である。このファミリー1に含まれるその他の原型は、同心円のモデルを巧妙に現代風に変更したものである。それぞれの輪は、多くの場合、特定のデータ値に対応して長さが変わる。読み手側が個々の輪の長さの微妙な違いを読み取らなければならないため、このモデルには可読性の点で大きな問題がある。しかし、ここ10年で人気が高まり、携帯電話のデジタル・インタフェースから印刷されたチャートまで、さまざまな場面で使われている。
■事例作品