暑い。いまでこの暑さなのだから8月にはどうなるのだろうと空怖ろしくなる暑さだ。空怖ろしいといえば、この前、" 怖れを知らない男" アサカワ君と原発事故のことについて話していたとき、彼がこんなことを口にした。
「真知さん、東電が放射性物質を勝手に海に流したり、大気中に放出したりできたりするのは、なぜか知ってますか。それは法律的に放射性物質が汚染物質ではないからなんです」
「えっ、そうなの?」
「そうなんですよ。どこを見ても放射性物質が汚染物質だと規定している文書はないんです。だから、あれは合法なんです」
アサカワ君(浅川芳裕くん)
のことは、ここでも、これまでなんどか紹介している。食糧自給率のウソをテーマとして書いた彼の「日本は世界5位の農業大国」(講
談社プラスアルファ新書)はいまやベストセラーになって「全日本人が読むべき書」みたいな帯がつけられて、どこの本屋にも並んでいるから、ご存じの人もい
るだろう。今回の福島第1原発事故は、その日本の農業にも大打撃をあたえた。農産物や農地が放射性物質に汚染されて、野菜の出荷制限で農家はたいへんな被
害を被っている。なのに、放射性物質が汚染物質ではないとは、どういうことか。
その数日後、アサカワ君が副編集長をつとめる雑誌「農業経営者」7
月号(農業技術通信社)が送られてきた。中に彼が書いた「被曝放置農地の現実を直視せよ」という特集記事が載っていて、そこにくわしい話が載っていた。そ
れはにわかには信じられない話だったし、これまでおそらくだれもはっきりと指摘したことがないのではないか。さすがアサカワ君、だてにハマスに縄跳びを教
えていたわけではない。
放射性物質が法的には汚染物質ではない−−それは放射性物質というリスクをはらんだ原発を、日本の産業構造に位置づけるための戦略的なからくりだったのかもしれない。一方で、それは前のエントリーの田中三彦さんの話ともつながってくる内容のようにも思った。「農業経営者」は業界専門誌なので、一般の人はあまり手に取ることもないだろう。なので、彼の記事の内容をかいつまんで紹介しておきたい。
アサカワ君によると、「日本の法律では、放射性物質の環境放出は合法」だという。つまり「農地にいくら高濃度の放射能汚染物質が沈着しても、あなたは被害
者ではない。放射性物質は汚染物質ですらない。法律上、まったくクリーン物質なのだ。どれだけクリーン物質をまき散らしても合法行為だから加害者はいな
い」という。
常識的に考えれば、放射性物質が汚染物質ではない、なんてことはありえないとだれしも思うだろう。事実、日本には環境汚染をとりしまる法律として「大気汚
染防止法」「海洋汚染防止法」「土壌汚染防止法」「水質汚濁防止法」などがある。そこではたとえば、特定有害物質として鉛やヒ素、トリクロロエチレンと
いった物質が汚染物質として法的に規定されている。
しかし、環境汚染をもたらすおびただしい有害物質のリストの中に、放射性物質は含まれていない。工場がカドミウムや有機水銀を環境中に放出すれば、それは
法律に抵触し、工場が法的な加害者となる。しかし、今回のように原発事故で放射性物質で農地が汚染されたとしても、それは違法ではないのだ。だからこそ、
大量の汚染水を海洋に放出しても、東電はとがめを受けることがないのである。
だが、実際には農協が東電にたいして損害賠償請求を行っているではないか、といわれるかもしれない。しかし、それは汚染されたことへの損害ではなく、原子
力特別措置法によって被った損失にたいする請求なのだという。あくまで、放射性物質は環境にクリーンという法的位置づけになっているからである。
だが、こんな論理で納得する人がいるだろうか。アサカワ君は「原発事故で日本の農地が放射能汚染されている。なぜ取り締まらないのか」と環境省にたずねた
という。それに対する環境省の答えは「違法性はないものと認識しております。1000年に一度の想定外の震災ですから」というものだったという。これに対
して彼は、「真っ赤な嘘だ。放射性物質放出を想定しているからこそも昭和30年代の法律制定時、適用除外にできたのが真相である」と憤る。
チェルノブイリでは事故直後から汚染の状況を正確に把握するための措置がとられ、2ヵ月後には除染作業もはじめられた。一方、福島はというと事故直後から
安全だという宣伝ばかりが流され、除染どころか正確なデータすら公表されていない。それは日本政府にとって放射性物質は「汚染物質ではないから」だとアサ
カワ君は指摘する。
「マスコミでは頻繁に放射能汚染との言葉が踊るが、各省の発表文書を注意深く読んでも汚染の文字は一切ない。農水省による除染の取り組みは〈ふるさとへの
帰還への取り組み〉と命名され、あくまで今回超法規的に定められた避難等の区域内での対応にとどまっている」と彼は書く。
生きる糧である農地を放射性物質まみれにされ、世間からは汚染地域というレッテルを貼られながら、汚染はない、合法行為とうそぶく環境省や政府、東電に対
して、農家はどう思うだろうか。合法行為に対して、被害を訴えることの困難さが、今回の事故にはあるとアサカワ君は指摘する。
彼は書いている。「最後は国・東電の不法行為を立証するしかない。違法性はなくとも、『故意・過失によって他人の権利・利益などを侵害した者は、この侵害
行為によって生じた損害を賠償する責任を負う』と民法709条に規定がある。やっかいなのは、この過失責任主義だ。原告が被告の故意・過失を立証しなけれ
ばならない。被告たる国・東電は原告となる農家に対し、事故当日から一歩リードしている。さんざんくり返された〈想定外〉である。この言葉についてさんざ
ん論評されたが、その本質をついたものはなかった。唯一の目的は行政の〈過失責任〉を逃れるためだ」
これは前のエントリーで紹介した田中三彦さんの指摘とも通じる。東電と政府が自分たちの過失をみとめたのは、津波という「想定外」の災害に対応できなかっ
たという点においてである。原発は耐震性については責任を負っているが、津波の被害は想定していなかったという立場である。だからこそ、想定外の津波に
よって今回の事故が起きたという形で決着させることを意図して、行政の「過失責任」を逃れようとしたのである。
アサカワ君の記事は、さらに「放射能汚染で日本農業はどうなる」という点についても切り込んでいき、日本の暫定規制値がチェルノブイリの10倍以上といっ
た、やはりにわかには信じがたい責任逃れの政策があることなどを指摘している。もっと読んでみたいという方は、ぜひ「農業経営者」7月号(1500円)を
買ってください。本屋に売っているのかな。会社(農業技術評論社
03-3360-2697)に問い合わせてみてください。あと、アサカワ君の新刊「日本の農業が必ず復活する45の理由」(文藝春秋)も6月末に出るそう
なので、そっちもよろしく。
(安斎)結果として私が懸念していたほどには食品の汚染が出ていないっていうことに、ちょっと安どした面はあるんですけども、しかしやっぱり、もっと綿密
にやらないと、せっかく基準値を決めても、すり抜けて市場に提供されていくおそれがあるわけです。現にそれが起こっていたということで、ここは改善しな
きゃいけませんね。
放射能の分布にはコンピューターで予測できるような、そういう情報と、それから実際に土を測って、この辺は汚染が高いらしいというようないわゆる、ホッ
トスポットといわれるようなそういう情報があるので、それを踏まえて、それに応じた合理的なサンプリングのしかた、そういうことが求められるでしょうね。
そのためにはもっと綿密にやると。一つの市を検体で代表させるというのはあまりにも無理がありますね。
●国が果たすべき役割は?
(安斎)結局、委ねたときにそれぞれの自治体の判断で、検査の方法とか、検査の位置づけとかあるいはデータの解釈とかに、まちまちな揺れがあると、それ自
身がやっぱり、不信感のもとにもなるので、やはり最低限、こういうことは守ってほしい、こういうことを踏まえて検査体制を組んでほしいっていうのを、最小
の、ミニマムリクワイヤメントという、それを共有するような機会を、国が積極的に作るべきだったと思いますね。
もう少し専門家も活用してもらって、専門家でずいぶんこの問題が起こってから、独自の測定をしたりして、情報も持ってる面もあるんですよね。それから
さっき言ったように、土の汚染についても、どういう分布をしてるかということについての情報もあるので、そういうことを積極的に提供して、自治体レベルで
やるときもそんなに検査の質に違いが起こらないような、そういうことが必要だったし、それはできたと思いますね。
とにかくここ2、3年、重点的にできるだけのことをやるということが特に求められる時期なので、それを心がけてほしいですね。そのためには僕が福島の土
を測っただけでも、その土につかまったセシウムが大量の水をかけても水の中に出てこないとか、かなり土にこびりついているというような情報も含めて、いく
つかの有用な検査体制を組むときに、有効な情報があるんですね。そういうことをやっぱりきちっと踏まえながら、ここ2、3年、重点的にやってほしいと思い
ますね。
●基準値以下の食品検査 大事なのは"事前"の合意形成
(安斎)国とか自治体任せにしないで、自分たちで測定したり、データを公表したり、その姿勢はすばらしいと思うんですね、大いに評価できると思うんです
ね。ただそこで数値として出てきたものをどう解釈するかということについて、事前に生産者と生協とそれから組合の間で、解釈に揺れが起こらないように、合
意形成をしっかりとやっておくべきだということも教訓の一つだと思いますね。公表されてから解釈に揺れが生じると、そういう体制そのものに対する不信感が
広がりますからね、そういうことがないように、きちっと合意の下でこういう場合にはこうするっていうことが決まってたほうがいいですね。
生協の場合も、ただ数値を発表するだけじゃなくて、何もしなくていいレベルから、ちょっと要注意、観察を必要とする、要観察レベルとかね、要注意レベル
とか、出荷停止レベルとか、その解除するレベルとかいうことをガイドラインをあらかじめ決めておくってことが、大変大事ですね。そして消費者のほうも、数
値一つ一つにこだわりすぎないことが大事で、われわれ、放射能以外にもいろんなリスクに日頃相対しているんだけれども、そういうこととの関連でも、自然界
の放射能も含めて、そういうことのリスクを、大まかにでも把握できて、判断できるような、そういう知識を持つことは大事ですね。
●食品への不安にどう向き合うべきか?
(安斎)やっぱり過度に恐れず、実態を軽視せずに、理性的に怖がるということをこれから心がけていかなければならない。なかなかややこしい時代に生きてるってことを自覚することも大事だと思いますね。
だから不安っていうのは、心理学の学問的な成果によれば、事の重大さ掛けるあいまいさで決まるっていうんですね。今度の場合は放射能だから、命に関わる
というふうに思ってるから、事の重大さは認識してるわけですね。あいまいさがそれに加わると、ますます不安になるので、データを把握して、汚染の実態をき
ちっと調べるっていうのは、あいまいさを減らすための一つの重要な方法なんですね。あとは、事の重大性についても、過度に怖がらずって私、言ったんですけ
ども、それはやっぱり、それによって受けるリスクがどんな程度かっていうことを、ほかのリスクとも兼ね合わせて考えられるだけのリテラシーをつけるってこ
とですね。