3.エネルギーの造形
3.エネルギーの造形


 踊りは生を表現する人間の根本的な営みである。1920年からの11年間をバウハウスで過ごしたクレーにとって、身体表現の領域は意外にも身近な出来事であった。シュレンマーやシュライヤーらの舞台工房の活動はもとより、ヨハネス・イッテン(1888−1967)とその周辺、いわゆるイッテン・シューレにおける実践的かつ理論的な身体リズムの探求や、ドレスデンの蒐集家イーダ・ピーネルト(1870−1965)を介した表現主義舞踊家マルガレーテ・パルーカ(通称パルッカ、1902−93)との親しい交流など、具体的な接点はきわめて多い。
 さまざまな色をした半透明の面を重ね合わせて、目に見えない空気中のエネルギーそのものを表現した作品である。グローマンはこの作品を含むいくつかの水彩画は1929年の秋に描かれたとする。そして、繊細な色を与えられたスクリーン状のフォルムが相互に浸透し合い、漠然と広がりながら層をなして重なっているという特色において、他の作品群からは独立した小さなまとまりをなすと指摘している。もっとも、エネルギーの表現というテーマは他の多くの作品にも共通するものであろう。むしろここでは、不定形の輪郭をあらわす描線にも注目してみたい。それは力強く意志的にフォルムを刻みつけていく線いうよりは、オートマテイツクな手の動きを伝える享に見える。意志の力を抑えることによって自己を自然へとより広く開き、世界の奥深いところと交感する。そしてそれを線描に託することから、こうたフォルムが生まれてきたのであろうか。同じような線表現が数多くの諷刺的な作品に共通し認められることも、興味深い。(S.N.)
 黒と白の濃淡による明度の異なる灰色の面と、渦巻くような線のみからなるシンプルな画面である。「ぼくの仕事は、目下のところ完結される性質の絵よりもむしろいろんな新しい地色の試みだ。それによってぼくはふたたび透明な色を全体に塗る方法にもどってゆく」。1932年3月の妻リリーあての手紙で語られたこうした制作の方向性は、水彩の透明感を生かしたこの作品でもよく示されている。また、グローマンはこの時期のクレー作品について「多くのシンボルを結びあわせるのではなく、すべてを含んだひとつのシンボルを用いるようになった」と指摘し、特に本作にきわめてよく似た作品《果実》などを例にあげて、螺旋を描いてのびていくやわらかな線を「臍の緒」と呼んでいる。確かに渦巻きという力動感をはらんだ形、黒と白=闇と光という旧約聖書の始まりを思い起こさせる色彩関係からは、生命誕生や宇宙創造のエネルギーというテーマを読み取ることができよう。しかしながら画面にたたえられているのは、夜にそっと開く花を思い起こさせるような、ひそやかさや叙情性である。スケールの大きなテーマを持ちながら、それを大上段に振りかざすことなく、微風にそよぐような神秘のヴェールにくるんで見せてくれるところに、やはりクレー絵画の尽きることのない魅力を感じずにはいられない。(S.N.)
 花々が風車のように回転している。丸や方形など異なる形をしているが、いずれにも中心があり、その中心からの放射状の生長を示唆し、無限に回転する運動感とシンメトリックな構造に共通した特徴がある。この想像上の植物を、クレーは「ダイナモ放射状植物(Dynamoradiolaren)」と名づけた。
 回転するエネルギーを、風車などシンプルなフォルムや文字、記号の組み合わせによって描いた作品である。一陣の風が吹いて空気の渦が巻き起こるさまを図示し、背景に風車を配すことにより、回転のイメージを呼び起こす。球体にうちこまれた楔形、矢印といった記号的モティーフもまた、回転を示すもの。矢印が指すのは、三日月形あるいはS字状曲線が回る方向なのだろうか。これらが画面に対し垂直方向に回るのか、風車同様に画面と並行に回るのかは判別しがたく、いずれの見方も許容される自由さがある。
 二本の樹木が奪える山岳のような大地を赤い太陽が照らしている。稜線風の直線はほぼ正方形をした画面の中央から四周へと放射状に伸び、黒の矢印は、その放射を時計まわりの回転運動へと転化させるように右へと牽引している。生長する樹木の生命性、太陽の赤い色彩と熱のエネルギー、矢印の運動方向性、回転する大地、さらに、石膏下地に特有の物質的なマチエールが、画面を底知れぬエネルギーで満たしている。
 花は少し前に深い眠りから覚めたところだ。ゆらゆらと揺れながら開花し、静かに呼吸をしている。1923年から、クレーは方形の色面を反復するコンポジションを数多く制作する。画面の特徴から「方形画」あるいは「魔方陣」と呼ばれるが、この《花ひらく木をめぐる抽象》では、大きさの異なる個々の色面が少しずつ歪みを帯び、それによって差異が生じ、緩やかな彼のようなリズムを感じさせる。
 オリエントのモザイクを想わせる細かな色面の敷きつめられたこの絵は、静かな光に満ちて呼吸している。整然と並んでいるかに見える色面は、画面に配されたジグザグ線、円、半円、矢印、垂直線、そして今しがた地上に顔を出したばかりの若芽のような記号的フォルムに引き寄せられ、砂鉄のように集まり、揺らいで動いている。生命的なエネルギーを湛えたコンポジションである。






(F.G.)