蔡作品解説

■蔡作品解説

1.三丈塔

素材:小名浜神白海岸において発掘、解体された木造廃船(北洋船)の木板

寸法‥高さ990cm

 塔は、貴重なものや大切なものを保存する役割を担っている。また港にとって塔は、船の出入りを案内する目印ともなる。海岸から発掘され、解体された北洋船の木板は、美術館の中に収められた大切な龍骨を守る塔に変身する。堵はまた大地に建てられ、宇宙に向かう。そして人々は、塔に登り自分の町を空からの視点でみる。

 ヘンリー・ムーア像の周辺に建てられた塔は、いまだ東洋、西洋という枠組に縛られた美術の世界に向けて、その矛盾を示す存在となり、またそこから脱却する可能性を示唆するものとなる。

2.菊茶(写真)

素材:小白菊、土(菊畑の土)、木、炭 海が一望のもとに望めるいわき市四倉のアトリエの前庭に数十坪の菊畑を作り、自然のままに菊花を育て、それをお茶として人々にふるまう。

 いわき市四倉は、菊の産地でありその地にアトリエを構えたことにより、菊茶を作ることは、その土地と風土により生み出されたものとしての必然性をもつ。菊茶の薬効は、目と精神の安定に良いとされている。人々は作品を見る前に、まず菊茶を飲むことで、体内に作品としての菊茶を取り込み、また自身も作品の一部と化す。

3.水晶の階段(写真) 素材:水晶の原石1トン

4.  廻光一龍骨(写真図版)

素材:北洋船、塩(9トン)、ラップ、発泡スチロール、魚 寸法:高さ500cm、幅550cm、長さ1350c皿、重量9トン

 50年以上前に造られた木造の北洋船が、20年程前から小名浜神白海岸の砂浜に打ち捨てられたままになっていた。この北洋船に出会い、海(太平洋)の偉大な力とそれにかかわる人間の知恵の結晶として、再び芸術作品として蘇らせたのが廻光・・・龍骨である。北洋船の引き上げ、解体作業は市内企業のボランティアにより行われ、また美術館における組み立ては船大工と宮大工の協力によるものである。また背景となる海(太平洋)は、発泡スチロールの箱に詰められた塩9トンにより作られたものである。その塩の海には、この地域の代表的な魚さんま、いわし、さば)などが群れをなして泳いでいる姿がみえる。

 木材(けやき)の力強い曲線から成り立つ船の構造・・・龍骨は、無駄なものを一切省いた本当の船の姿を示したものである。塩もまた海が純化された結晶であり、海の本質ともいうべき存在である。いわきの海水で作られた塩の海に横たわる龍骨ほ太平洋そのものであり、そこには自然とその自然と調和する形を生み出した人々の知恵が見え隠れしている。いまこそ私達に必要なものは、そうした先人の知恵であり、そうした過去を読み取り、現在につなげ、未来を見詰める新しい思想が求められている。 また廻光とは四倉のアトリエから望むことができる朝焼けの光(逆光)を意味し、そしてそれほ中国において、過去の記憶を蘇らせる光をも意味する。

5.真空状態(写真図版)

素材:太平洋の魚、保冷庫、ドライアイス、伝馬船(三隻)、ブイ、扇風機、電熱器

1)いわき市江名漁港にあった伝馬船を美術館に運びこみ、ひとつはガスバーナーで表面を焼き杉の状態に黒くこがし、船の内側にFRPを張り付け生簀(いけす・水面の一部を網,タケ,籠などで仕切り,その中で魚を飼っておく装置)として生きているいわきの魚(あいなめ、カレイ)を放つ。これは生を象徴する船である。

2)もうひとつの伝馬船では、表面のFRPをはがし、船体の木目がきれいにでるまで磨き、さらに船全体に貝殻をつぶした炭酸カルシウムをまぶしたこれは、中国では虫を殺す消毒の意味をもつ行為である。そしてさらに船全体に燻製をかけ、さらに燻製した魚を吊り下げる。この船は死を象徴する船である。

3)最後に孫兵衛と名前がつけられている伝馬船は、この船を使っていた人間の日常を忍ばせる様々な道具類が収められている。この船はそれを所有していた人が、明日にでも釣りにでかけられるような状態を長く保っていた。それは、おそらくこの船が、廃棄されたものでないことを意味している。主人の使う日を待っていたこの船では、そのまま時間と空間が止まっていたといってもよい。そしてこの船の水槽に保冷庫を入れ、生きている魚を冷凍状態にしてみせること・・・それは冷凍状態で一種の冬眠に陥った魚にとって時間と空間が無に帰すことを意味しているこの船は生と死の中間ともいうべき無を象徴する。

 鉄のブイにドライアイスを利用し、海霧の状態をみせる海霧の世界では、時間と空間とが混沌とし、すべてのものが時空を失した真空状態に陥る。そうした真空状態において、我々が依存し拠り処とする生命とは、時空とは、次元とは、また芸術とは一体なんなのだろうか。

6.映像 A:過去 B:いわき

 ビデオにより蔡のこれまでの活動の様子(A‥過去)といわきにおけるこれまでの作業の記録(B:いわき)を紹介する。

7.日々(写真図版) 

素材:メモ、デッサン、資料

 この展覧会を企画し、それを実現するまでの過程を作家、美術館、さらに地平線プロジェクト実行会の提供するメモ、デッサン、資料を展示する。なお、展示に使用する竹はいわきの丸干し(魚の干物)を作る際に用いる道具である。

8.ProjectforExtrate汀eStrials1994(写真図版)

素材:和紙、火薬、水墨 寸法:400×900cm

 蔡の1989年から1994年いわきまでのプロジェクト(10回)をすべて紹介し、5年間の彼の活動をドローイングとしてまとめあげた作品であり、これまで火薬を使用して作られてきたr ローイングのなかで最大のものとなる。

9.こどものための作品(写真図版85−86)

素材:懐中電灯、段ボール、椅子、ガラス

 子供の身長に合わせ、この展覧会のイメージをごく簡単な映像により解介する。それはガラスに煤(すす)をぬりそれをひっかくことにより一種のドローイングを描き、それを懐中電灯の光で映写するという方法をとる。これは蔡が子供のころによくこころみた方法でもある。

 蔡が発表する地平線プロジェクトは規模が壮大であるが、それは地球は円く、その輪郭をみてみたいという子供らしい発想が発端となっている。しかし子供の発想こそは、事物の本質を一瞬のうちに照らし出してしまうものであることを忘れてはならないだろう。段ボールで作られた船と木造の廃船はスケールこそ違うものの蔡にとって等価値の存在である。木造の廃船は、人間と海とが作り上げた歴史の遺産であり、段ボールの船は、海への喜びを素直に表現する子供の視点から作り上げられた未来への贈り物へとつながる。

10.Peaceful Earta(平静的地球)(写真)

素材:和紙、電気、衛星写真、椅子

 環太平洋をテーマとした作品群を企画展示室において見た後、エレベーターを利用する観客が、エレベーター内部が和紙に覆われ一種の異次元空間に変容している状態に気がつき、さらに宇宙からみた夜の地球を撮影した衛星写真の存在を通して、私達が地球という惑星に生きていることを認識するとともに、最終的にそこから世界の現実、地球の未来を考えていただくことを目的とする。なお写真は、2階から1階に下降する重力の変化により約2秒ほど消えるようにセットされた白熱電球を取り付けたボックスに装着されている。

 《人間が作り出す明かりのためにこの1000年間に、地球の膨大な資源が使われてきた。2秒間だけ、地球を休ませ人間が地球に夜を返す。人間が地球に宇宙を返す。地球は宇宙のほとんどの惑星と同じように静になる。この国際的な共同作業により地球はひとつになり、そして地球は時空を越え千年前、万年前、原初の時と同じように過去と連結する。1999年12月30日P.M24時59秒〜2000年1月1日0時1秒の間に、地球の光を2秒間消す。宇宙からみると地球は真っ暗になる。≫・・・蔡國強「平静的地球」へのメッセージ

 ユネスコから葉に対して展覧会の依頼があり、それに対する葉の提案したプロジェクトが「Peaceful Earth(平静的地球)」である。この提案のもととなる発想は、地平線プロジェクトが実施される時に、近辺の住民に午後6時30分から導火線が光を発する2分間の問、消灯することを呼びかけたことにある。この提案自体は、実行会のメンバーの提案によるものであるが、それを葉は地球規模のプロジェクトに昇華させてしまった。いわきという地域から未来と宇宙へ向けてひとつのメッセージが生まれたといってもよいだろう。