ピーテル・ブリューゲル

■時代映すバベルの塔 建築技術や世相、塔の姿に投影

 「バベルの塔」といえば、未完成の巨大な建物が思い浮かぶ。身の程知らずで無謀な計画の例えとしても使われる。画家たちを魅了し、繰り返し描かれてきたこの建造物は、時代によってその姿を変えている。

            

 ノアの洪水の物語に続いて、旧約聖書にはこう書かれている。

 世界中が同じ言葉を話していたころ、東から来てログイン前の続きシンアル(メソポタミア南部)の平野に住み着いた人々が、れんがとアスファルトで天まで届く塔を建て始めた。神は言った。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ」

 神は人々の言葉を混乱(バラル)させ、人々を全地に散らしたので彼らは建設をやめた。そのためこの町は「バベル」と呼ばれた(創世記11章)。一般的には思い上がった人間を神が戒め、罰を与える話だと解釈されている。

 歴史上はどうなのか。「バベル」はヘブライ語でメソポタミアの古代都市バビロンのこと。同地で築かれた方形の聖塔「ジッグラト」が、旧約聖書の「バベルの塔」の発想のもとになったとするのが定説だ。

 バベルの塔の形は描かれた時代ごとに移り変わる。物語上、建設途中の姿で描かれるため、画家の時代の建築技術を見ることができて興味深い。

 11世紀に作られたイタリア・サレルノ大聖堂の浮き彫りでは、柱にしか見えない素朴な塔だった。だが、15世紀の「ベッドフォードの時祷書(じとうしょ)」(下図)では、塔はジッグラトのような階層をなしている。作業には、石を持ち上げる滑車が使われているのがわかる。

 

 16世紀の「グリマーニの聖務日課書」(下図左)では、塔は7層に達し、らせん状の通路に取り巻かれている。美術史家の高橋達史・青山学院大教授は、河口と海に面する点が画期的という。船で資材を運ぶことができ、大規模な建築には効率的だっただろう。

 アントニスゾーンの版画(下図)で、塔は円形になる。形のヒントはローマのコロセウムにあると考えられるという。天からの風を受けて崩壊する場面で、神の罰を受ける人々を悲劇的に描いている。

 バベルの塔の絵で最も有名なのが、ネーデルラントの画家ピーテル・ブリューゲル1世(1526/30~69)による2枚の油彩画(下図左右)だ。ブリューゲル自身がローマで見たコロセウムの形に基づいているとされ、クレーンを使って資材を持ち上げている。

 建設が着々と進み、崩壊の兆しがないのは「人間の愚かさより、成し遂げ得ることの偉大さを表現するため」と高橋教授はみる。宗教学者の秦剛平(はたごうへい)・多摩美術大名誉教授は、16世紀初めからのルターによる宗教改革を背景にみる。「塔は肥大したカトリック世界の象徴ではないか。塔が未完成なのは、プロテスタントが出現し、カトリックだけの世界を完成することはすでに不可能だということを示しているのかもしれない」

 現代のクリエーターもバベルの塔に様々なイメージを託す。横山光輝原作のアニメ「バビル2世」(下図左1973年)では、塔は宇宙から来た超能力者が造ったコンピューター制御の基地に。画家・野又穫(みのる)の作品(下図右)では、塔は孤立した文明の象徴となっている。

 人知を結集した壮大な試みに、こめられる希望と悲劇。未来にはどう描かれるのだろうか。

■巨大なものへの畏怖、描写 画家・野又穫さん

 ブリューゲルの「バベルの塔」には演劇的なカタルシスがある。人間の強欲を象徴的に描いた物語のなかで、世界は造られながら崩壊していく。現実には起きてほしくない壮大な悲劇を描いた作品と映る。

 だが細部の描き込みを見れば、楽しみながら夢中になって描いたのは間違いない。自然の岩山を建物に置き換えたとも思える。私たちが富士山や東京タワーに魅力を感じるように、自然と人工、聖と俗の対比、巨大なものへの畏怖(いふ)として描いたのではないか。

 私の「都市の肖像―Babel 2005」は、15年ほど前に都心で建設中の高層ビルから着想したものだ。完成した建物はそれ自体が一つの国家のようで、周りを排除して格差を生み出しているように感じられた。その違和感を形にしたかった。

 今の世の中でも「一つの民、一つの言葉」という動きがあり、これも非常にバベル的な出来事だと感じている。

■16世紀の重機、正確に再現

 建設中の塔に目を凝らすと、工事の様子が詳しく描かれている。「バベルの塔」は紀元前の物語だが、ブリューゲルは絵の舞台を自分が生きた16世紀ネーデルラントに移し替えた。特に重機の描写は正確。随所に登場する資材を引き上げるクレーンは、当時使われた実際の機械だ。両側に取り付けられた巨大な車輪の中に人が入り、ハムスターの回し車のように、人が中を歩くことによって、人力で資材をつったロープを巻き取る。

 塔の上部にはレンガでアーチを造る様子も。足場を先に組み、その上にれんがを載せ、最後に足場を解体してアーチを完成させる当時の建築技術だ。ブリューゲルは実際の建築現場で働く人々をよく観察していたのだろう。機械や技術への興味もあったのかもしれない。

■1400人描き込む超絶技巧

 塔の周囲には建設に携わる人々などが、ゴマ粒ほどの大きさで無数に描かれている。一説によるとその数約1400人。彼らが立つ足場の一本一本、レンガのひとつひとつまで肉眼で見ることができる。

 展覧会の学術監修を務める青山学院大の高橋達史教授は「もともと細密描写が得意なブリューゲルだが、この『バベルの塔』は他の作品と比べても細かさが桁違い。どこまで小さく、細かく描けるか、限界に挑戦したのではないか」と語る。

 この超絶技巧こそが、絵画全体の壮大な構図自体を支えているという。「見る人の目の前に巨塔が迫る大胆な構図は、アップに堪えうる細かな描写ができてはじめて実現しているのです」

■得意な船、美しく見える角度で

 画面右下の港には、大きな帆船や大勢のこぎ手で進むガレー船が見える。「バベルの塔」の背景は、ブリューゲルが暮らした港町アントワープをモデルにしているとの説もある。現在のベルギーとオランダにまたがり、海に面した都市の多いネーデルラントでは、船舶にまつわる産業が盛んで、勇壮な船の姿を描いた絵画は、裕福な商人や船主に人気があった。ブリューゲルもさまざまな船を描写した版画を手掛けており、船は得意なモチーフだった。「バベルの塔」の船は、小さいながらも帆や道具が見えるほど克明。船が美しく見える角度として好まれたという、真正面や真後ろから見た姿もバランス良くちりばめている。

■教会、洗濯物…すでに住み着いた人も

 下から4層目、塔の中央部分には、赤い天蓋(てんがい)やのぼりのようなものを携えた人々が行列をなしている。緩やかな坂の通路を上る一行が向かう先には、ガラスのはまった特別な窓や、鐘、柱のくぼみに置かれた彫像などが見える。教会のようだ。なにかの宗教行事の場面らしい。

 塔の下層や中層には、人々がすでに住み着いている。最下層では通路の上で魚らしきものが売られている場面、2番目の層では通路のへりに白い洗濯物のようなものが干されている場面も。建設作業員以外の人々の日常生活を描き込むことで、その舞台となる塔が既に住居となるほど巨大であり、建設計画が気の遠くなるような時間がかかる大プロジェクトであることを際立たせている。

■難しい「天まで届く」イメージ

 ブリューゲル以前にも、多くの画家がこの旧約聖書の有名な逸話に挑戦した。しかし高層ビルが存在せず、巨大建造物も少なかった時代に「天まで届く塔」をイメージすることは簡単ではなかった。例えばブリューゲルより200年ほど前に描かれた作品では、塔は2階建て程度。建設が進んでも、とても空まで届くようには見えない。

 はるか水平線まで広がるパノラマを背景に、黒雲を貫く巨塔を画面いっぱいに配置したブリューゲルの構図が、優れた想像力によって生み出されたのが分かる。細部の精密な描写だけでなく、大胆な構想によって、傑作「バベルの塔」は生まれた。

■描いたのはこの人

 <ピーテル・ブリューゲル1世(1526または30年ごろ~69年)> ベルギー北部の農村に生まれたと言われるが、詳しい生年や生地はわかっていない。アントワープで画家となるために修業。はるか遠くを見渡す壮大な風景を表現した版画の図案で、頭角を現した。奇妙な怪物たちが登場する聖書の地獄絵図や、寓話の世界の図案でも名声を得る。晩年は絵画制作に注力。農村や市井の人々の暮らしを生き生きと描いて「農民画家」ともあだ名された。

 「バベルの塔」の物語は好んで描いた題材の一つ。今回来日する作品の他に、ウィーン美術史美術館所蔵の油彩画と、現在は失われてしまっている小品の3点を制作したと言われている。

 <見る> 「バベルの塔」(1568年ごろ)のみ、4月18日~7月2日、東京・上野の東京都美術館「ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル『バベルの塔』展」(朝日新聞社など主催)で見られる。7月18日~10月15日、大阪・中之島の国立国際美術館に巡回。

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