国芳と猫

 日本美術ブームという言葉をよく耳にする。とはいえ、伊藤若沖の人気が突出しているようだ。私自身の体験談で恐縮だが、学生の頃、若沖の作品は少し気味悪くて、あまりに鮮やかで有りがたみがないようにも感じていた。それが今では傾倒しているのだから、自らの感じ方の変化に驚かされる。若沖の作品にすっと入り込めた方々には信じがたいかもしれないが、「時代の感性」というものの不思議さと恐ろしさを、身をもって思い知った気がしている。

 近年の国芳の人気には、目を見張るものがある。国芳は若沖と同様に、決して「知られざる画家」だったわけではない。その国芳の人気が今抜きんでたということは、つまり現代に響く何かをもっているのだろう。そこで、「21世紀の国芳」でも、そんな興味からいくつかのポイントについて考えているが、とりわけ国芳その人の感性や造形力という点で注目すべきは、猫、そして、ファンタスティックでスペクタクルな歴史や物語を描いた作品だろう。

▶️猫という動物の深み

(1)猫の魅力と国芳の猫

 大きくみれば、猫という動物には二つの魅力があるだろう。一つは、姿や毛並みの美しさ、ぬいぐるみのような愛くるしさといった、比較的多くの人が感じやすい魅力である。猫はよく眠る動物だが、その寝姿も人の心を穏やかにしてくれる。「暖かな日なたに猫の打ねぶり」という西山宗因の発句からは、江戸時代の人たちが、猫のそんなところを愛していたことがうかがえる。

 もう一つの魅力が、ややこしさである。変な仕草や姿態、プライドの高さを感じさせる孤高の振る舞いを見せたかと思えば、時折へマなことをしたり、紙袋に頭を突っ込んだりして窮地に陥る。そして、江戸時代の人たちも猫のそうした面まで味わっていたことを教えてくれるのが、国芳の描く猫なのである。