フリオ・ゴンサレス(5章~6章)

■第5章:終わりなき探求

 1930年54歳代半ば以降のゴンサレスの造形は、第3章で見た二つの造形言語一面材によるボリュームの創出と、線形の配置によるいわゆる「空間の中のドローイング」のさらなる探求、そして両者の統合という道をたどる。

 「面材によるボリュームの創出」への志向は《エジプト風のトルソ》(下図左)《足》(下図右)のように初期の鋼板叩き出しのマスクを彷彿とさせる具象的な作品群を生み出し、その探求の成果は不朽の名作《モンセラ》(上図左)において結実する。

 これらの作品の形態は空間を取り囲む鉄の面の形状によって規定されているが、それとは逆に、実体的な塊としての空間の形態が鉄の面の形状を規定しているとも捉えられる。これらはまさに、素材としての物質と空間の不可分な結合により生み出された作品であると言えるだろう。また「空間の中のドローイング」への志向は、まるで溶接により空間に鉄のドローイングが引かれる現場を目の当たりにしているかのような即興的な印象を与える、躍動感に満ちたユニークな作品《雛菊を持つダンサー》(下図左)を生み出した。一方で「面材によるボリュームの創出」を志向する作品でありながら、先述の作品群とは明らかに異なる表情を持つ《座る女I》(下図右)も同時期に制作されている。まるで建築資材を思わせるかのような構造を持つこの作品のボリュームは、鉄の板を用いて空間を仕切り分節することにより生み出される。

 しかし、このボリュームは感覚的に捉えられるものというよりは、概念的な操作による一種の約束事として我々に了解されるものであると言った方がより実際に近い。つまり、ゴンサレスはここで新たに「ボリュームの記号化」を試みようとしていると考えることができるかもしれない。いずれにせよ「面材によるボリュームの創出」と「空間の中のドローイング」というゴンサレスの二つの主要な造形言語は、この後の二つの代表作《鏡の前の女》(下図中)、そして《ダフネ≫(下図右)において見事に統合されることになる。

 ここでゴンサレスの作品の主題について触れてみよう。これまで見てきた作品からも分かる通り、ゴンサレスの主題は静物、マスク、頭部、女性など、すべて伝統的であると言って良いものばかりである。これはキュビスムの作家たちと同様、あくまでも造形上の問題に集中するために物語性や情緒性が発生する要素をできる限り抑制しようとした結果に違いない。しかし、1936年60歳以降に制作された作品には、時代に対するゴンサレスの内面的な感情が色濃く反映されることになる。

 1936年60歳はゴンサレスの故郷カタルーニヤが属するスペインにおいて、約3年間にわたり国民同士の壮絶な戦闘が繰り広げられたスペイン内戦が勃発した年だ。また、その終結を見るや否や時代は第二次世界大戦に突入する。かつてゴンサレスは彼の素材である鉄について次のように記した。「幾世紀の昔、鉄の時代は、そのなかのいくつかはとても美しい武器を生み出しながら始まった。今日、それは鉄道の建設を可能にしている。鉄が死をもたらす存在であること、そして過剰な機械科学の単なる手段であることをやめる時が来た。ついに、芸術家の平和な手によって叩かれ鍛えられるための扉がこの物質に開かれるのだ」。しかし、鉄の可能性への希望に満ちたゴンサレスの言葉を裏切るかのように時代の状況は暗雲に覆われ、この物質は想像をはるかに超える大量の殺戮兵器を生み出すことに使用されることになる。このやるせない事態に対するゴンサレスの抗議、哀しみ、恐れの感情は「モンセラ」を主題とする一連の作品や二体の《サボテン人間》(下図)において横溢(おういつ・あふれるほど盛んなこと。)するだろう。

 しかしその一方で、ゴンサレスは造形上の探求の歩みを決して止めることはなかった。

 《ダフネ》や二体の《サボテン人間》においてはシュルレアリスムとの親和性を示す植物化した人体がテーマとなり、さらに後者においてはユニット化されたパーツの統合によって作品を構成するという新たな試みもなされている。また、一見古典的スタイルへの退行に見える未完の「モンセラ」には、対象の身振りによって導入される動感と静的なモニュメンタリティとを両立させようとするゴンサレスの新たな試みを認めることができる。

 1929年53歳末にギャルリ・ド・フランスとの3年契約を結んだゴンサレスは、パリにおいて彫刻家としての足場を次第に確立し、1930年54歳代半ばにはニューヨーク近代美術館その他で開催された重要な展覧会にピカソ、ジャコメッティ、カルダーらとともに作品が出品されるなど国際的な地歩も築き上げた。そして1937年には二点の傑作《モンセラ》と《鏡の前の女≫を、前者はパリ万国博覧会のスペイン館で、後者はジュ・ド・ポームで開催された「国際独立派芸術の起源と発展」展においてほぼ同時期に発表するに至る。この間わずか10年弱。50代の半ばに彫刻家としてデビューしたゴンサレスは、一気にその造形を開花させ時代を駆け抜けた。その過程で鉄という朽ちやすい)素材により生み出された作品の数々は、彼に続く彫刻家たちにとってのかけがえのない道標となることによって永遠の存在となる。

 その最期の時まで制作を手放さなかったゴンサレスは、「愛の自然法則」に従って物質と空間とが不可分に結びつも)た作品を誕生させ、我々に残した。そしてその造形の対象はいつも、神によってその「肉体と精神」が融合されたと言われる存在、「人間」であった。(野中明)

■第6章:金工職人としての仕事(略)