絵のレントゲン写真分析について
■絵のレントゲン写真分析について
ルドビュ・ムッチ(ミラノ大学数授)
絵画の検査にレントゲン線をつかうことは、1895年にレントゲンがこの光線を発見した直後にはじまっている。絵画の物理的な状態をレントゲゾ線による写真撮影の方法で測定するということは、美術商にとっても絵画の修復にあたるものにとっても、大変関ノじ、のあることだった。他の方法では知ることのできない絵画のひとつの姿を、レントゲン線はみせてくれたのである。基底材(絵がそこに措かれているカンバスとか板とか)のいたみ方、絵のはがれ具合、絵具の層、それが何時ごろ改作されたとか、ヒビ割れの性質とか、描きなおし−をどが、レントゲン線による写真で知ることができるようにをった。
大きな美術館では、この方法の重要性を認め、レントゲン写真撮影装置を含む、絵画検査のための技術的装置を備えつけた。
同じ画家の作品を、たくさんレントゲン線で写真撮影することによって、その絵がどの作者に属するものであるか−を正しく判定することができるだろうという予測がたてられた。1938年に、バラーがこの意見を出し、絵画レントゲン写真文庫の実現を思いつき、1944年、エルレ・マンチャはその著書「美術品の科学的検査」の中で、バラーの意見をくり返えし、絵画の国立レントゲン写真文庫の設立を希望した。
第2次大戦後は、フランス美術館研究所の管理委員ウール夫人は、同一の作品の絵をレントゲン写真によって研究することで、実証的な美術批評が可能になることを強調した。
最近、雑誌「レントゲンブリーフ」に、レンブラントの13枚の自画像のレントゲン写真分析に関する記事が発表された。美術批評としての、絵画のレントゲン写真分析の領域において、これは画期的なことではあるが、研究資料は集められはじめたばかりにすぎない。わたしたちの場合、研究は、チユーザレ・ダ・セストの作品についてだけ、深く追求されている。それはこの画家の作品の大部分について、すでに検査が終っているからである。
レントゲン写真分析は、従来絵画の保存と修復の手段として、その価値を評価されてきた。ところが、絵が描きなおされている場合、下に塗りかくされてしまった絵が偶然見つけ出される手がかりを、レントゲン写真分析が与えてくれることになったのである。
1963、64年の研究で、わたしたちはつぎのようなことを述べることができるようになった。
レントゲン写真分析によって、画家の描き方の特徴がハッキリ浮び出てくる。筆跡の特徴があらわれる。′それは、その画家のいろいろな作品の中で、程度の差こそあるが、くり返えされている。それは、同じ地方の他の画家、また同時代か後世の、模倣者の特徴とは違った特徴である。
レントゲン写真分析の記録ほ、その画家の筆触、いろいろと配合した各種顔料の度合いに深い関係があり、多くの作品の比較検査に適している。レントゲン写真の記録は、筆のいきおい、1筆ごとの絵具の量、特定の効果をうるための、特別の工夫など、肉眼ではとうていとらえることのできないものを、わたしたちに示してくれるのである。
上に述べたような特徴は、多くは上の絵によって塗りかくされてしまった、下の絵の方がより率直にわたしたちに語りかけてくれる。日には上に塗られた絵しかみえないが、レントゲン写真によって、うすく塗られた上の絵の下に、厚く塗られた下の絵がかくされていることが明らかになる。この下の絵がレントゲン写真分析によって追求される絵なのである。
明るい分部、白い部分も、レントゲン写真分析の上で、重要な手がかりを提供する。この明るい部分は、その後で上に塗られた暗い色調の色でおおわれている。レントゲン写真分析で浮びあがるのは、最初に塗られた、明るい部分である。
白は絵画の中で、比較的多く使われる色である。鉛、石膏、石灰、亜鉛などが、その材料となるが、画家はそれぞれ、希望する色調を出すために、いろいろな材料を、いろいろな割合いで混合し、それを濃くしたり、うすめたりして、あるいは明るい色を、あるいは中間色を出している。
色によってレントゲン線の吸収の度合いが違う。その色に用いられる物質の違いによって、レントゲン線につよく感じたり、少なく感じたりする。白は大きな吸収力を持っ色である。白を他の色と混ぜ合わせる場合、どんなナイフを使って、どのように混ぜ合わせるか、レントゲン写真分析は、それぞれの画家の特徴、類似点を示してくれる。
レントゲン写真分析とそれによる諸作品の比較検査は、こんごますます重要性をますであろう。レントゲン写真分析の記金剥よ、ロンドンのナショナルギャラリー、パリのルーブル博物館、ワシントンのナショナルギャラリーなどにあるが、それらの数は限られている。というのは、それらの研究室で、絵の手入れや修復が行われる機会に、レントゲン写真撮影がなされているだけだからである。レントゲン写真撮影がなされるためには、その絵が研究所に持ってこられかナ叫どならないが、これは容易なことではない。それで、その美術館に保存されているか、展示のためにそこに集められた作品だけに限られてしまうのである。
レントゲン写真分析の範囲をひろげることを可能にした、わたしたちの方法は、その絵が保存されているところで、レントゲン写真撮影を行うということであり、その点で革命的なのである。わたしたちは運搬可能なレントゲン写真撮影装置を採用した。
この方法で、もっとも重要なことは、絵の各部分について、あらかじめレントゲン線の吸収率を示す放射線量測定器を使ったことである。走った標準露出から出発し、レントゲン写真撮影ごとの露出時間を出し、均一で正確なレントゲン写真撮影をすることが出来た。
撮影ごとに現像することなく、ひとつの博物館から他の博物館に移りながら、大小さまざまの300枚もの絵のレントゲン写真撮影を1日でやりとげたのである。
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