「不都合な真実」

■安倍首相が推しまくるアビガン

▶︎「不都合な真実」

Ben Dooley

ヒトの病気に対する効果を示す研究は少数 TbeNewYorkTimes2020/5/9 

 新型コロナウイルスの「救世主」「切り札」と言われるアビガンだが、懸念される点も少なくない 新型コロナウイルスの治療法探しに躍起になっているトランプ大統領は、抗マラリア薬が有力な治療薬候補になるとぶち上げた。

 その一方で、同氏の国際的な盟友の1人が「ある切り札」を世界に売り込んでいた。その「切り札」とは、新型コロナとの戦いでの決定打になる可能性があるとされる、淡黄色の錠剤だ。希望の光とされるこの抗ウイルス薬は「アビガン」の名で知られ、日本の安倍晋三首相が声高に推奨している。

 安倍首相は記者会見や、トランプ大統領およびG7(主要7カ国)首脳との電話会談などで日本製のこの薬を売り込んできた。安倍氏はアビガンの備蓄を3倍に増やすために約1億3000万ドルの予算を確保し、世界数十カ国に対しアビガンの無償提供を申し出てもいる。

▶︎安倍首相がごまかす重要事実 

 しかし安倍氏は、ある重要な事実をごまかしている。アビガンが実際に新型コロナウイルス感染症(COVID−19)に対して効果を発揮するという確たる証拠はないという事実だ。

 アビガンは、動物実験でこそエボラ出血熱など致死性の高い病気を治療する可能性を示したが、ヒトの病気に対する効果を示す研究はごく少数にとどまる。アビガンは一般名をファビピラビルというが、この薬には先天異常という危険な副作用があり、実はこれまでにも特別な規制の対象になってきた。安倍氏は5月4日の記者会見で、その副作用は1950〜60年代にかけて何千もの奇形児を生み出した「サリドマイドと同じ」だと述べた。

 Ebola virus in blood – Scanning Electron Microscopy stylized image

 にもかかわらず、安倍氏は新型コロナウイルスに対するアビガンの使用が5月中に承認されるよう呼びかけている。トランプ氏が抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを推奨したように、安倍首相がアビガンを宣伝することで、慎重に行われるべき医薬品の承認プロセスが国家のリーダーによる異例の介入によってねじ曲げられるのではないか、との懸念が強まっている。

 日本でアビガンは、安倍氏の後押しもあって、1000以上の医療機関で採用されている。また日本の外務省によれば、約80カ国が導入を希望しているという。

 「誰もが薬を待ち望んでいる。今すぐに必要だ。だが効果のある薬は、調査を行わなければ特定できない」と、臨床試験の設計を専門とするペンシルバニア大学のスーザン・エレンバーグ教授は語る。

 世界中でコロナウイルスに対する治療法を求める声が高まる中、さまざまな薬の試験が行われている。アビガンの臨床試験を開始したか、計画中の国はいくつもあり、その中にはアメリカも含まれる。

▶︎判断を誤れば大惨事に

 正しい治療法を後押しすれば、政治指導者は多くの命を救うことができる。そればかりか、自らの政治的影響力を増大させ、国際的な威信を高め、民間企業の利益に弾みをつけることも可能だ。しかし、間違った薬を宣伝すれば、大惨事となりかねない。

 アメリカ食品医薬品局(FDA)は最近、ヒドロキシクロロキンと関連薬のクロロキン心臓の働きに危険な影響を及ぼす可能性があると警告した。極端な例としては、アリゾナ州の男性がクロロキンと同じ有効成分を持つ水槽用添加剤を摂取して死亡した例がある。

 しかし医療専門家の間で懸念が強まっているからといって、アビガンの勢いがそがれているわけではない。この薬は日本で大きな影響力を持っている大企業の1つ、富士フイルムホールディングスの支援を受けており、その子会社である富山化学工業によって開発された。中国政府も新型コロナウイルスに対するアビガンの安全性と有効性を確かめたとしている(編集部注:各種報道によると、新型コロナウイルスに対しアビガンの有効性を確かめたとした中国のある論文は4月上旬に取り下げられている)。

 日本のテレビでは、医師たちがアビガンを世界の救世主と呼び、アビガンを服用した有名人たちも、その効果を絶賛している。

 しかし、りんくう総合医療センター(大阪府)の感染症センター長で、2016年に政府委員会で新型インフルエンザに対する最終手段としてアビガンを検討した倭(やまと)正也氏によれば、その証拠はまったく不確かだ。「この薬が効かないと言っているわけではないが、効くという証拠はまだない」と倭氏は語る。

 富士フイルムの広報担当者は、COVID−19に対する「アビガンの有効性について確たる証拠を得るために」同社は日本とアメリカで臨床試験を進めていると話した。

 アビガンはほかのほとんどの抗ウイルス薬とは作用が異なり、ウイルスが細胞内に侵入するのを止めるのではなく、ウイルスの繁殖を阻害する。

 そこにアビガンの潜在的な価値がある。動物実験では、特に早期の段階で投与した場合に、エボラ出血熱のような特定のウイルスの増殖を抑制することができるとされている。

 しかし深刻な問題も抱えている。動物実験で先天異常(胎児に奇形)が出たことで、日本はこの薬の使用と製造に異例ともいえる厳しい規制を課した。新型コロナウイルスが発生する以前、アビガンは臨床試験やエボラ出血熱への対処に限りヒトに投与されていた。それでも倭氏によれば、この薬がヒトの病気の治療に効果的であるという決定的な証拠は得られなかった。一般的なインフルエンザに対する効果さえ確かではないという。

 けいゆう病院(横浜市)で感染症を専門とする菅谷憲夫医師は、もしアビガンが新型コロナウイルスに有効だとしたら、病気の初期段階で役立つ可能性が高いと話す。

 2016年に政府の特別委員会で菅谷氏は、この薬は評価が済んでおらず、備蓄するべきではないと訴えていた。しかし今では見方を軟化させ、広範囲の検査と組み合わせれば予防薬として役立っ可能性があると述べている。

▶︎疑われる書士フイルムとの「お友達」関係

 だが、このように備蓄に反対する声があったにもかかわらず、当時の関係者はアビガンを200万人分購入することを決定した。現在、新型コロナウイルスの患者に投与されているのは、この備蓄分だ。政府のデータによると、日本ではこれまでに1100の医療機関が約2200人の新型コロナウイルス患者にアビガンを投与しており、1000人以上の患者がこの薬を待っているという。

 これら機関の多くは、無作為抽出による二重盲検やプラセボの使用といつた厳密な対照実験を行っていない。アビガンを投与している医療機関は、先天異常が問題になる可能性が低い高齢者では、リスクに対し潜在的なメリットが特に大きくなると主張している。

 新型コロナウイルス治療薬は現在、富士フイルムなどによって正式な臨床試験が進められている段階だが、安倍氏は認可に前のめりだ。同氏はアビガンの使用のさらなる拡大を求め、病院には希望する患者全員に処方するよう促し、患者にはアビガンの名前を出して自ら処方を願い出るよう呼びかけている。

 安倍氏は4日、承認プロセスはこれまでとは「異なる形」になる可能性が高いと述べた。開発者が実施する従来の臨床試験に依拠するのではなく、薬は有効だという判断を専門家が下せば承認が出るというのである。

 安倍氏はなぜここまで強くアビガンを推すのだろうか。その理由は定かではないが、日本の一部メディアは安倍氏と富士フイルム古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)との親密な関係に触れている。首相の動静記録によると、2人は頻繁にゴルフや食事を共にしており、最後に会ったのは1月17日だった。

 2月29日の記者会見で安倍氏は、日本では3つの治療法が試されているとしながらも、具体的な名前を出したのはアビガンだけだった。その翌週、菅義偉官房長官は記者団に対し、安倍氏と富士フイルム会長との関係は、首相のアビガンに対する見解とは「まったく関係がない」と述べた。

 政府関係者は「(アビガンは)日本製の薬だから、できればそれを使おう」と考えているのではないかと、感染症の専門家である倭氏は話す。富士フイルムの広報担当者は「首相や政権から優遇されたことは一度もない」とコメントした。

▶︎「極めて特殊な状況」

 3月、アビガンが軽度から中程度のCOVID−19患者の回復を早めたことを示す論文を中国の2つの研究チームがオンラインで発表したことで、アビガンにはさらなる追い風が吹いた。

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にファビピラビルが有効である」という、中国科技部(日本の文部科学省に相当)の生物中心の見解の根拠となった臨床試験のうち、1本の結果が明らかになった。中国深センの中国The Third People’s Hospital of ShenzhenのQ Cai氏らの研究チームが、2020年3月18日、Engineering誌のオンライン版に校正前論文(Journal Pre-proofs)を発表した(2020年4月9日時点で同論文は一時取り下げ中)。

 新型コロナウイルスの感染が広まつた事実を初動で隠蔽したとして批判にさらされていた中国政府は、この研究結果を中国のウイルス対策の成功例として宣伝し始めた。が、論文は基本的な対照実験が行われていないとして、科学者から即座にこき下ろされる査読を受けていなかった両論文は修正され、結論は一段と不確かになつた。

 にもかかわらず、中国は新型コロナウイルスに対するアビガンの使用をすぐさま承認した。日本国外でアビガンの使用が認められたのは、これが初めてだ。

 とはいえ、アビガンは日本でも2014年に条件付きで使用が許可されたにすぎない。医療監視団体は、これを「極めて特殊な状況」と呼んでいる。

 規制当局の評価では、アビガンは季節性インフルエンザに対し「有効性が示されていない」ため、インフルエンザへの使用は承認できないとされた。ただし、既存の抗ウイルス剤が有効でないと判明した「危機的」状況においてのみ、新型または再興型インフルエンザに対する使用を認めている。富士フイルムの広報担当者は、承認プロセスは「しっかりしており、厳格だった」と述べた。

 一方、製薬業界を監視する非営利の民間組織「薬害オンブズパースン会議」は5月初旬公表の報告書で、この承認手続きを「あまりに異常」と表現している。

「アビガンに関する意見書(新型コロナウイルス感染症に関して)」を提出

 2020年5月1日付けで薬害オンブズパースン会議は厚生労働省に対し、「アビガンに関する意見書(新型コロナウイルス感染症に関して)」を提出しました。

 アビガンは、2014年3月に承認された抗インフルエンザウイルス薬ですが、承認薬といっても、有効性と安全性が確認されて承認された医薬品ではありません。

 強い催奇形性が認められる一方、タミフルとの比較で非劣性が示せなかったばかりか、プラセボと比較した堅固な有効性の証明にも失敗しました。普通であれば承認などありえないところでしたが、備蓄用の医薬品として、一般に流通させないことを前提にして、異例の手続で承認された医薬品です。

 それが、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬として、科学的根拠の乏しい過剰な期待を集めており、当会議は、この現状に強い危惧をいだいています。

 そこで、新型コロナウイルス感染症に対するアビガンの臨床試験以外の使用(「観察研究」として行われている適応外使用)や承認申請された場合の対応について、慎重に行うことを求める意見書を提出しました。

詳細は資料欄からPDFをダウンロードして、意見書をお読みください。

アビガンに関する意見書(新型コロナウイルス感染症に関して) (282 KB) 

 同会議の水口(みなぐち)真寿美事務局長はこう語る。「インフルエンザ治療薬として(アビガンが)備蓄されたこと自体、信じられないさらに信じられないのは、このような状況下で(政府が)科学的根拠すらなく、人々に使用を呼びかけていることだ

(執筆:Ben Dooley記者)

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