「終活」支援で官民連携、注目集める横須賀方式

■「終活」支援で官民連携、注目集める横須賀方式

 身寄りがなく生活にゆとりのない高齢者の「終活」を、官民の連携によって支援している自治体がある。横須賀市は2015年7月、高齢者の死後の葬儀・納骨方法などの「終活」計画を生前に作成する「エンディングプラン・サポート事業」を開始した。この取り組みは全国の自治体から注目を集め、多くの問い合わせが相次いでいる。例えば、2016年7月には、同じ神奈川県の大和市も同様の事業を始めた。

 横須賀市の「エンディングプラン・サポート事業」は、希望する高齢者から死後の葬儀、納骨の希望を事前に市がヒアリング。その後、希望者は市内の協力葬儀社との間で、生前契約(死後事務委任契約)を結び、死後の葬儀などを任せるというものだ。希望者は葬儀社に対して、葬儀・納骨代の20万6000円を契約時に支払う。この額は、生活保護受給者の火葬費用と同じ水準に設定している。

▶︎20件が成約、2件のサポートが完了

 「エンディングプラン・サポート事業」を受けられるのは、原則として65歳以上で、身寄りがなく、月収およそ16万円以下、預貯金が200万円以下で、土地家屋を所有していない高齢者だ。さらに希望すれば、「リビングウィル」についても計画に盛り込むことができる。リビングウィルとは、延命治療や緩和治療に対する本人の意思・考えのことだ。生前にあらかじめ治療方針を決めておけば、緊急時の治療に役立つ。

 横須賀市の2014年における高齢化率は約30%。人口約41万人のうち、高齢者は約12万人余りで、2015年にはひとり暮らしの高齢者が1万人を超えた。今後も、ひとり暮らしは増加の一途をたどると予測されており、全体の世帯に対するひとり暮らし世帯の割合は、2015年の28.5%から2035年には32.1%になる(横須賀市都市政策研究所「横須賀市の世帯数の将来推計(2014年5月推計)。

 横須賀市は、亡くなった人の身元が不明の場合、身寄りがいない場合、あるいは身元が分かっていながら引き取り手がいない場合、通常、市の費用で直葬(お通夜と葬儀をせずに火葬すること)し、遺骨を市の無縁納骨堂(浦賀納骨堂)に一時的に安置する。ただ、「政教分離」の原則のもとで供養はできない。納骨堂が遺骨でいっぱいになると、遺骨の引越し作業を進める。市職員が骨壷から遺骨を取り出し、名前、番号を台帳と突き合わせてから、遺骨を袋詰めにして業者に引き渡し、別の合葬墓に埋葬する。骨壷は、市職員が割り砕き、産業廃棄物として処理される。

 エンディングプラン・サポート事業は、こうした哀しくやるせない作業を担当した職員の声などに端を発している。「骨壷から遺骨を取り出し、袋に入れる。骨壷をかち割る――。こんなせつない作業をしながら、なにかできることはないだろうか、と考え始めるようになりました」。横須賀市福祉部生活福祉課の北見万幸課長は話す。

浦賀無縁納骨堂から遺骨をほかで合祀するための作業(写真:横須賀市)

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 サポート事業を開始して、約1年が経った。2016年8月末日時点で、市内からの問い合わせは120件。このうち20件が成約した。契約者が死亡してサポートが完了したのは2件だ。この2件を公費で火葬したと仮定すると、約40万円かかっていたことになる。

行政コスト削減を見越し、学習⽀援事業を立ち上げ

 2014年度に無縁のまま埋葬したのは60人だったが、2015年度は34人に減った。これは事業の成果というわけではない。ただ、今後、サポート事業の契約者が増えれば、件数も行政コストも確実に減る。横須賀市では、今後契約者が増え、葬祭費用が減少すると予想し、祖父母世代から孫世代へのプレゼントとして、2016年4月から「学習支援事業」を立ち上げた。塾に行きたくてもいけない中学生が対象だ。

▶︎横須賀市の「エンディングプラン・サポート事業」の流れ


1)「終活」課題についての相談

市の窓口に相談に来た人が事業対象者となるかどうかを、担当者が話を聴きながら確認する。条件を満たす場合は、協力葬儀社9社(2016年8月末日時点)の情報を伝え、「終活」を任せる葬儀社を本人が選択する

相談者が条件に合わない場合(資産が限度額を上回っているケースなど)には、市は相談内容に応じて、弁護士会や司法書士会などの適切な専門家につなげる

2)協力葬儀社との相談および生前契約(死後事務委任契約)

市の担当者の同席のもと、葬儀社に葬儀・納骨について相談して、生前契約(死後事務委任契約)を交わす。葬儀社には、葬儀・納骨代として20万6000円を限度にあらかじめ支払う。契約書は、市と葬儀社の両方が保管する

※サポート事業を登録する際の確認事項は多岐にわたる。現状の生活状況、傷病・かかりつけ医師、希望葬儀社、希望納骨方法、死亡届出人(予定)、知人・家族、家計相談・訪問希望、リビングウィルの考え方などだ。

3)リビングウィルの申し込み

延命治療に関して、余命宣告の実施、延命治療への基本的考え、具体的な処置、緩和医療、臓器提

4)登録カードの発行

携帯用の小カード、自宅玄関に貼り付け用の大カードを発行し、登録者に渡す。このカードには、以下が記載されている

氏名、生年月日、住所、事業登録番号

延命治療の希望の有無

緩和治療の希望の有無

葬儀社名、かかりつけ医、緊急連絡先

横須賀市 福祉部 生活福祉課 自立支援係の電話番号

5)支援計画のスタート

支援計画に基づき、市が各関係者に連絡し、スムーズに支援計画が進むようにする

緊急の場合、医療機関や救急隊、民生委員らは、登録カードを確認し、市や葬儀社に連絡する

病院などで登録者が亡くなった時、病院は、登録カードに記載の市や葬儀社に連絡し、生前に希望していた葬儀が進められる

最後に、市が支援計画通りに実行されたかを確認する

■横須賀市、大和市とも低予算で事業化

 2016年7月に同様の事業を始めた大和市では、ある市民の問いかけがきっかけとなった。2015年9月に行われた、市長と市民との対話イベントの場で、ある市民が、横須賀市の取り組みがテレビで取り上げられたことに言及し、大和市でも同じようなことができないかと発言したのだ。市長は賛同し、担当部署に事業を検討するように指示を出す。その後、担当者は、横須賀市に視察に行き、終活サポート事業に乗り出すことになった。

 大和市の「葬儀生前契約支援事業」も、身寄りがいない単身者や高齢の夫婦のみの世帯などで、葬儀を行う人がおらず、生活にゆとりのない人を対象にしている。条件も横須賀方式をほぼ踏襲したものだ。健康保険料等を差し引いた月収額がおおむね16万円以下(単身者の場合)、本人預貯金が原則100万円以下(単身者の場合)で、所有する不動産がなく、葬儀生前契約に関する意思が明瞭である人を対象にしている。

大和市「葬儀生前契約支援事業」の概要(資料:2016年8月29日発行「やまとニュース」より抜粋)

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 横須賀方式との違いもある。対象者が葬儀社に支払う金額は横須賀市と同額の20万6000円を限度としているが、大和市では対象者の希望があれば、これを超える金額の契約を結ぶことも可能としている。また、リビングウィルについては、支援内容に盛り込んでいない。「医療現場で必ずしもリビングウィルとおりに治療できないケースも多く、今回は葬儀の不安を解消することを第一目的としていることもあって、制度に盛り込みませんでした」(大和市福祉事務所生活援護課給付担当の玉木由子係長)。

 横須賀市と大和市の「終活」支援サポートは、行政と民間企業とが連携した画期的な事業だが、仕組みはいたってシンプルで、行政としては低予算で実施可能だ。横須賀市の初年度の予算は2万4000円。パンフレットを部署で作成し、そのコピー代などしかかかっていない。2年目の2016年度は10万円で、パンフレットを5000枚に増刷したことや、印刷費、登録カードのラミネーターフィルム代、紙代などが同額要因となった程度だ。

 大和市の場合は、事業としての予算は確保していない。相談者への事業説明にかかる費用は部署内の庶務費から捻出し、広報としてのニュースに掲載する場合には広報活動の経費として処理している。ちなみに2016年8月末日時点で、横須賀市の協力葬儀社の登録数は9社、大和市は15社となっている。

大和市の登録カード(大)(資料:大和市)[画像のクリックで拡大表示]

■「終活」支援サポート:官・民それぞれのメリット

 「終活」支援サポートは、「高齢者(登録者)」「地域住民」「自治体」「葬儀社」それぞれにメリットがある。横須賀市、大和市での取り組みをもとにまとめた。

■登録者の主なメリット

ひとり暮しで身寄りがなく、経済的なゆとりがなくても、自分自身の葬儀の意思を実現できる可能性が広がる

自分の死後のことについて、安心が得られる

最後まで、自分の尊厳を守ることができる

■地域住民の主なメリット

近隣の高齢者が亡くなった後の心配がなくなる

■自治体の主なメリット

孤立死、孤独死を減らすことができる

地域からの苦情が減る

本人の意思を反映しながら、自治体の葬祭費の支出が減る

仕組みがシンプルで、経費を抑えて事業を続けることができる

■葬儀社の主なメリット

市役所と登録者の情報を共有することで、病院からの連絡が入りやすくなり、生前契約通りに葬祭を実施できる

社会貢献事業と位置付けられるので、企業のイメージアップにもつながる。自治体と提携していることで、企業の信頼度があがる可能性もある

 横須賀市と大和市の取り組みは、自治体が住民の「死」について、今以上に一歩踏み出して関わりを持ち、問題解決に乗り出したケースだ。今後、どの自治体においても、孤立死、孤独死が増えていくだろう。また、家族がいても、様々な事情で遺体を引き取らないケースもある。「終活」支援サポートは、人が最期まで尊厳を持って生きることを実現するための一つの解となっている。