ひとつはフィリピンのマナンサラの母子像(上図左)やヌードを典型とする「透明キュビスム」と呼ばれる様式である。画面は同一平面上のファセット(宝石などの切子面。 ② 物事の局面)として分節化されると同時に、半透明のモノクロームの色面として多層化されているのだが、より正確にいえば、そのファセットは平面分割によってではなく、幾つかの層のエッジの重なりとして生じているのであって、人体自体を解体、再編するものではないのだ。結果としてスタティック(静的)な構成ではなく、ある種の律動感を学んだ空間が出現しているのである。同様のことは林風眠(リン・フォンミェン)の〈京劇〉のシリーズ(上図右)にもいえるのであって、女優の衣装の描写のヴェールのような半透明の層は、空間の重層化が優美な動きの感覚に、つまり時間的な要素の導入(未来派的なダイナミズムとはまた違った意味でだが)に寄与しているように思われる。