国産初の手術ロボット

■国産初の手術ロボット、がん手術で実用化

 多くの人が一生に一度は受ける外科手術。手術ロボット市場は、これまで米国のインテュイティヴ・サージカルの「ダヴィンチ」がほぼ独占していたが、国内企業の(株)メディカロイドが参入。国産初の手術支援ロボット「hinotori(TM)サージカルロボットシステム」の実用化に成功した。手術ロボット市場は今後、拡大が見込まれている。

▶︎腹腔鏡手術から生まれたロボット手術

 胃がんや泌尿器がんなどの外科手術といえば、手塚治虫氏の漫画『ブラック・ジャック』のように、ひと昔前はお腹を切って開いた状態でがんを切り取る開腹手術のみであった。しかし、1990年頃から、お腹の4~5カ所に小さな穴を開けて、そのなかにカメラ(内視鏡)や手術器具を入れて行う腹腔鏡(内視鏡)手術が行われるようになった。今では胃がん手術の約30%、泌尿器がん手術の約60%、大腸がん手術の約95%を占める。

 開腹手術は今も主流ではあるが、傷口が大きくなるため、回復に時間がかかり、退院するまでの日数が長い。一方、腹腔鏡手術は傷口が小さいため、痛みが少なくて回復が早いと言われている。近年、手術後の退院が早くなったのは、この腹腔鏡手術が普及したことも理由の1つだ。ロボット手術は、腹腔鏡手術が基になって生まれた。

▶︎手術ロボットは人が操作

 手術ロボットというと、ロボットが自動で手術してくれるというイメージを抱きがちであるが、ロボットを実際に操作して手術するのは医師だ。がんの腹腔鏡手術では、先端にピンセットなどが付いた長い棒状の医療器具(鉗子)や電気メスをお腹に開けた穴から入れて、人の手で器具を操作してがんを切り取る。メディカロイドが開発した手術ロボット「hinotori」には4本の腕があり、その先端には鉗子やカメラが付いている。お腹に開けた穴からそれらを入れて、医師が操作台の3Dモニタの立体画像を見ながら手でハンドルを動かすと、人の手や指の動きに合わせてロボットの腕や鉗子が動く。足元のペダルを踏むことで、お腹のなかを観察する内視鏡のカメラを前後左右に動かす動作や、別のアーム動作に切り替えることができる。電気メスのオン・オフもペダルで行う。

 「hinotori」を開発したメディカロイドは、産業用ロボット技術を持つ川崎重工業(株)と医療用検査装置をつくるシスメックス(株)の共同出資により、2013年に設立された。

12月14日に神戸大学付属病院の泌尿器科で、「hinotori」による初の手術が行われた。

▶︎日本の手術室に合わせて小型化・軽量化

 手術ロボットは米国の「ダヴィンチ」が先行しており、世界で5,000台以上、国内で約350台が導入されている。メディカロイド副社長・田中博文氏は、「世界中のドクターから課題や要望を集め、『hinotori』の開発に生かした」という。

 たとえば、日本の病院は手術室が狭いため、ロボットの小型化や軽量化を行った。ロボットの腕の先端に付けて、がんの患部などを挟む鉗子や切り取る電気メスも、医師に使用感などの意見を聞きながら開発を進めた。

 また、1969年から産業用の国産ロボット開発を行ってきた川崎重工の技術を生かし、ロボットの腕同士がぶつからず、人間の腕のようにしなやかに細かい動きができるように、使いやすさを追求したという。


■泌尿器がんのロボット手術、今後は胃がんなどに拡大

(株)メディカロイド副社長 田中 博文 氏
(株)メディカロイド副社長 田中 博文 氏

 「hinotori」のロボット手術は、前立腺がんや腎臓がんなどの泌尿器科のみで厚生労働省の承認を受けているが、2021年にはその範囲を胃がんなどの消化器や子宮がんなどの婦人科、22年以降は肺がんなどの呼吸器にも拡大する予定だ。

 メディカロイド副社長・田中博文氏は「国内でのロボット手術の内訳は、泌尿器がんが6~7割を占めるが、今後は腹腔鏡手術が用いられやすい胃がん、食道がん、大腸がんなどの消化器分野にロボット手術が拡大すると見込まれる」と話す。

10年後は手術ロボットが標準に?

 「ダヴィンチ」の初期導入コストは約2~3億円であり、衛生上の問題から使い捨ての器具が多いため、ランニングコストは年間1,000万円以上と言われている。そのため、ロボット手術は主に大学病院や民間の大病院で行われている。約3億円の初期コストを5年で減価償却すると考えると、年間約100~150例の手術利用が想定される。

 田中氏は「メディカロイドは、ランニングコストを含めて病院経営を圧迫しないよう、適正な価格で『hinotori』を販売し、病院の規模を問わず導入しやすいように、購入に限らず施設に合った導入プランを提案していく。今の手術ロボット市場は、『hinotori』や『ダヴィンチ』などの腹腔鏡、胸腔鏡の手術が中心であるが、脳外科専用や眼科専用の手術支援ロボットも開発されている。厚労省は健康保険が適用できるロボット手術の範囲をさらに広げることを検討しており、今後は数多くのメーカーが参入し、10年後にはロボット手術が広く普及しているだろう」と語る。

もうロボットなしの手術には戻れない?

ロボット鉗子の手術のイメージロボット鉗子の手術のイメージ

 田中氏は「手術ロボットを使う医師から、『ロボット手術をいったん導入すると、マニュアルで行う腹腔鏡手術にはもう戻れない』という声を聞く」と話す。ロボット手術の3D画像はカメラを臓器に近接することで拡大できて、細かい部分までよく見える。さらに、ロボット手術は腹腔鏡手術と同じようにお腹に穴を開けて行う手術であり、視野が狭くて奥が深いが、手術ロボットの鉗子には人の手首のように関節が付いているため、骨盤の奥の狭いところでも思い通りの操作ができる。

 また「hinotori」は、スケーリングと呼ばれる手元のハンドルで3cm動かすと、ロボットの腕に付いた鉗子がお腹のなかで1cm動くなど細かい操作ができる。カメラのように手ブレ補正があるため、手の震えが伝わりにくい。一方、ロボット手術も人の操作が必要なため、腹腔鏡手術のように「手術の腕」の良し悪しに影響を受ける。

 人体は精密にできており、がんをどこまで細かく切り取るかなどの手術時のわずかな違いが、体への負担の大小、いかに不自由なく生活を送れるか(QOL)、合併症の有無などに影響を与えることがある。手術後の人生で、普段通りの生活を送れるかということは、大きな問題となりやすい。

 そのため、田中氏は「『ほぼすべての腹腔鏡手術は、将来的にロボット手術になるだろう』という医師の声もある。一方、開腹手術は重篤な場合など難しい手術で用いられ、これからも人間の手による手術が残るだろう」と話している。