新型出生前検査(NIPT)の問題点

■ビジネス化する「新型出生前検査」、無認定施設が急増している深刻な事情

▶︎市場原理と医の倫理を考える

 「新型出生前検査」に関する報道が続いている。そこで、新型出生前検査がなぜ注目されるのか、それをめぐって何が生じているのかを考えたい。

 出生前検査・診断とは、胎児の染色体や遺伝子を検査し、病気やそれに伴う障碍を診断することを指す。

 検査でわかる胎児の病気の多くは、誰にでも生じる可能性がある。この検査でわかる病気はいくつかあるが、精度が高いのは、13番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、21番染色体トリソミー(ダウン症)だ。

 とくにダウン症は妊婦の年齢が高くなるにつれて発生頻度が上がることが知られ、出産年齢が高い人の関心を集めている。

 ただし、30歳でおよそ0.1%の確率が、35歳でおよそ0.3%になり、40歳では1%を超えるという数値の意味を理解し、何かを決断するのは簡単ではない。他にも男性の年齢と発生頻度が関係する病気もある。

 出生前検査にはいくつかの種類があるけれども、検査によって病気がわかっても、ほとんどの場合は治療できない検査は治療のためではなく、妊娠を継続するか中断するかを判断するために行われるのである。

▶︎出生前検査の種類と特徴

 日本では超音波検査が広く普及している。魚群探知機の技術が進んでいるために、産婦人科超音波技術の質が高いという説もある。一般の妊婦健診で使われている超音波検査は胎児の成長と妊娠週数などを確認するだけだが、胎児の特定の病気や障碍がわかることもある。

 しかし、超音波検査を出生前検査にいれるかどうかについては意見が分かれるので、ここでは超音波以外の出生前検査を取り上げる。

 出生前検査のなかでは半世紀前から使われてきた羊水検査が一番知られている。この検査精度は高いが、子宮に針を刺すために、0.3パーセントから0.5パーセントに流産の危険性があるとされ、検査費用も高い。

 流産の危険性がない出生前検査は2種類ある。

 一方は、妊娠した女性の血液成分を調べる母体血清マーカー検査と総称される検査である。トリプルマーカーとかクアトロテストとも呼ばれる。精度は低いが、採血だけで済み、費用は他に比べるとあまり高くない。

 もう一方が、精度も費用も高い新型出生前検査である。超音波検査を除けば、日本で出生前検査を受けている人の割合は、年間の総出産数(総妊娠数の統計がないため総出産数で計算する)の1割未満に過ぎない。

 徐々に増える傾向はあるが、ヨーロッパや北米のいくつかの国が妊婦の半数以上が受け(イギリス、アメリカなど)、妊婦の80パーセント以上が受ける国(デンマーク、フランスなど)もあることと比較すると、かなり低い。

▶︎認定を受けずに新型出生前検査を実施する理由

 2013年4月から日本産科婦人科学会の指針に従い、日本医学会(注:医学系の学術団体が加盟する組織)が認定した医療機関に限り、新型出生前検査を実施できるルールを設けた。認定された医療機関は、現在では全国におよそ100あり、産婦人科と小児科、さらには遺伝診療科をもつ大学病院や地域の中核病院などが多い。

 ところが2016年ごろから、日本医学会が認定していない医療機関が、日本産科婦人科学会の指針を守らないでこの検査を実施しはじめた

 現在把握されているだけでも、認定されていない医療機関が全国に50以ある。その多くはクリニックであり、産婦人科や小児科、遺伝診療科ではない。とくに、出生前検査を専門とはしない美容外科系が多いと報道されている。

 認定外の医療機関による検査件数は徐々に増えているが、その実態がわからない。日本産科婦人科学会の指針に則って、日本医学会の認定を受けた施設で実施された検査の件数や結果は把握されている。

 認定外の医療機関からは、検査件数や結果以外にも、結果後に出産に至ったのか、死産したのか、妊娠中絶されたのかも報告されない。これは検査技術の質の管理や検査を受けた人の心身の健康状態のサポートを考えれば大きな問題でもある。

▶︎医療の市場原理と倫理

 ではなぜ、日本産科婦人科学会の指針を守らず、日本医学会の認定をうけずにこの検査を実施する医療機関が現われるのか。

 第1に、産科婦人科学会の指針の条件が厳しいために、医学会の認定基準を満たすのが難しいという理由がある。

 たとえば、産婦人科医と小児科医がいて、そのいずれかが臨床遺伝の専門医であるという条件を満たすのは、規模がかなり大きな病院に限られる。

 また、臨床遺伝専門医か認定遺伝カウンセラーなどの資格を有する人が遺伝カウンセリングを提供する体制をとれるところも多くない。

           ▷ 第2に、学会の指針は法律ではなく破っても何の罰則もない。新型出生前検査に関する指針は、日本産科婦人科学会が策定したが、日本医師会、日本医学会、日本産科婦人科医会、そして日本人類遺伝学会、の5団体が議論に加わり、関係者はこの指針を遵守するようにという内容の共同声明を出した。

 しかし、日本産科婦人科学会と関係ない診療科では、学会指針を破っても学会から除籍されるようなペナルティもないのである。たとえ学会から除籍されたとしても医師免許が剥奪されるようなことはない。

 第3に、それが経済的な利益に結び付くためである。それには条件が揃う必要がある。

 一つめは、この検査が妊婦からの採血だけで済み、あとは検査会社に委託できることだ。

 二つめは、この検査が新しく、自由診療のために、検査費用が高いことである。検査費用として女性から支払われるのは、20万円前後といわれている。そのために、採血をした医療機関が得る利益が比較的高いし、仲介業者の利益も大きい。2020年7月23日の朝日新聞デジタルの記事は、仲介業者が「1採血あたり3万円」と医療機関を勧誘していることを報じた

 そして三つめ。指針では、専門家による遺伝カウンセリングの提供が定められているが、遺伝カウンセリングを提供しなければ、その人材を揃える必要がない。

 これまでのデータからは検査結果で何らかの病気や障碍が見つかるのは1~2パーセントである。98パーセント以上の人には、胎児の病気や障碍はありませんでしたという結果を伝えれば済む。