2022年ロシアのウクライナ侵攻

■2022年ロシアのウクライナ侵攻

 ウクライナ侵攻は、ロシア連邦が2022年2月24日に開始したウクライナへの軍事侵攻[20][21]。ウクライナ支持国からはロシアによるウクライナ侵略(ロシアによるウクライナしんりゃく、英語: Russian aggression against Ukraine、ロシアからは特別軍事作戦(ロシア語: специальная военная операция)とも呼称される。

■ 概 要

 2021年初頭以降、ロシアは長期にわたりベラルーシ側を含むウクライナ国境周辺への軍事力の増強を行っていた。同年12月3日、ワシントン・ポスト紙が、米情報機関からの報告書の内容として「ロシアが2022年早々にも最大17万5000人を動員したウクライナ侵攻を計画している」とスクープ。12月17日にロシアは、ウクライナが北大西洋条約機構に加盟しないことや、NATOに対し軍備の後退・縮小などを要求する条約草案を発表した。

 2022年2月18日、アメリカ合衆国大統領ジョー・バイデンはついに、ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンがウクライナ侵攻を決断したと確信していると述べた。

 2月21日、ロシアは「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」への国家独立承認と友好協力相互支援協定への署名をし、ウクライナ東部のドンバスへロシア軍を派遣。各国メディアはウクライナへの侵攻の可能性を連日報道した。

 同年2月24日、プーチン大統領がウクライナへの軍事作戦を行うと述べた演説が各メディアに対して公表された後、ウクライナの首都キエフの近くを含むウクライナ各地で砲撃や空襲が開始された。

 ロシアは国連憲章51条の集団的自衛権を主張した。これを受けてウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーは同日、戒厳令を布いて18歳から60歳の男性を出国禁止にする「総動員令」に署名し、戦争状態に入った。

 現実空間の侵攻、サイバー戦争、情報戦、国際機関や国家レベルでの経済制裁に加え、民間企業や団体による事業撤退や停止という「経済制裁」が組み合わさった今までにない規模で行われているハイブリッド戦争となっている。

 サイバー及び情報戦でも諜報活動は国家レベルに限らずオープンソース・インテリジェンス(オシント)を駆使した民間会社や、SNS、オンラインアプリ、ハッカー技術などを駆使した世界各国の一般市民によるリモート草の根「参戦」が加わり、「第一次情報大戦」の様相を示している。

 ロシアは各地で民間人に対する無差別攻撃を続け、2月27日には核兵器を使う可能性を示唆した。4月初め、キエフ近郊のブチャやボロディアンカなどでロシア軍が撤退前に集団虐殺を行っていたことが発覚。こうした行いを国際社会は強く非難し、各国の経済制裁も拡大している。

 同年3月、国際刑事裁判所は、加盟国のうち39か国の要請を受け、ウクライナ侵攻におけるロシアの戦争犯罪の捜査に着手した。2013~14年の市民運動「ユーロマイダン」での親ロシア政権によるデモ弾圧、2014年のクリミア侵攻なども捜査対象となる。

 ロシア市民による抗議運動は2月24日の侵攻直後から国内全土で始まるが、当局はこれを厳しく弾圧。3月13日の時点で累計で約14,900人が逮捕された。また、外部からの情報を遮断するため、プーチン政権はメディアの検閲を強めるとともに、3月4日、「虚偽の情報を広げた場合に刑事罰を科す」とする法律を発効させた。ウクライナへの侵攻はあくまで「特別軍事作戦」とされ、この法律により「戦争」「攻撃」「侵攻」と表現することは違法とされた。

 侵攻後、ウクライナ国外に逃れた難民の数は、2022年3月30日現在、約401万人に達した。

▶︎背景と前兆

 侵攻までの経緯については「ウクライナ紛争 (2014年-)」を、侵攻直前までの政治的緊張の高まりについては「ロシア・ウクライナ危機 (2021年-2022年)」を参照

 NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長とウクライナのオリハ・ステファニシナ欧州大西洋統合担当副首相は共同記者会見し、ロシアのウクライナへの侵攻の見通しについて語った(2022年1月10日)。

 2021年10月26日、ウクライナ東部の紛争地域ドネツィク州グラニトノエにて、ウクライナ政府軍は親露派武装勢力に向けてトルコから調達したドローンのバイラクタル TB2による攻撃を初めて実戦で行った。ウクライナ国防省の主張によると、親露派側からの砲撃で政府側に死傷者が2人発生したことに応戦したものである。ドローン攻撃により親露派は死傷者こそ出なかったが、122ミリ榴弾砲1門が破壊された。

 

 2020年7月に強化されたドンバス戦争の停戦協定により、ドローンを含む航空戦力の使用は禁止されているため、ロシアは停戦協定違反としてウクライナを即日非難し、協定に関わったドイツも翌日にウクライナを非難した。ウクライナ大統領ゼレンスキーは欧米諸国から忠告を受ける中、意に介さず「領土と主権を守っている」という声明を発表した。ドローン攻撃は、ロシア大統領プーチンの行動に口実を与えることになった。すなわち、ロシア軍が親露派を守りウクライナのNATO加盟を阻止するための行動である。

 同年12月9日、プーチン大統領は、ロシア国外のロシア語話者に対する差別について「大量虐殺だ」と述べ、ウクライナを非難した。

 同年12月21日、プーチン大統領はアメリカ合衆国とNATOに対し、「ロシアの安全保障」という名目で、ウクライナをNATOに参加させないことに関する法的拘束力のある約束を交わすことを要求した。また、ロシア政府は、「ウクライナ政府はミンスク合意を履行していない」として非難した。それに対し、アメリカ側は「ウクライナにはウクライナの主権がある」「ウクライナがNATOに加盟するかしないかはウクライナ政府が選ぶことであり、それについてロシアが口出しするのは間違っている」と指摘した。

▶︎ロシアによる侵攻計画の否定

 国境付近へのロシア軍の増強にもかかわらず、ロシア当局は、ウクライナ侵攻計画を繰り返し否定した。

 2021年11月12日、ドミトリー・ペスコフ報道官は「ロシアは誰も脅迫しない」と述べ、12月12日には「ウクライナ危機」を称する報道は、ロシアを悪魔化し、潜在的な侵略者とみなしていると非難した。

 2022年1月19日、ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官は、「ロシアはウクライナに対して攻撃的行動を意図しておらず、いかなる攻撃的行動も起こさない。ウクライナが何といおうと、攻撃や侵攻や侵略を行うことはない」と述べた。

 1月22日、イギリス政府が諜報機関からロシアがウクライナに親ロシア政府を設置する計画を持っているという報告を受けたと発表すると、ロシアは「イギリスはナンセンスを広め、挑発するのを止めよ」と非難した。

 バイデン大統領がプーチン大統領と会談すると、ユーリ・ウシャコフ外交顧問はウクライナ侵略というロシア脅威論はヒステリーだと述べた

 2月16日以降緊迫が報道されると、セルゲイ・ラブロフ外相は「ヨーロッパでの戦争が今度の水曜日に起こるなんてことはない」と噂を否定した。

 2月20日、アナトリー・アントノフ(ロシア語版)駐米ロシア大使は、ロシア軍は「誰も脅迫しない。侵略はありえない。そのような計画はない」と述べた。

 こうしたロシアの否定に対して、米英側は、ウクライナ国境近くでのロシア軍の動向の衛星写真やロシアの侵略計画、侵攻後の殺害または拘留される主要なウクライナ人のリストが存在することなどの情報を公開した。

▶︎2022年1月 – 2月14日

 2022年1月に入ると、ウクライナ各地の公共施設に対する匿名電話やメールによる爆破予告が多発した。稀に爆発物や不審物などが発見されることはあっても、大多数は虚偽通報であった。

 1月14日、ウクライナ保安庁は一連の爆破予告虚偽通報はロシアによるハイブリッド攻撃の一端であると発表した

▶︎2022年2月15日 – 23日

 ゼレンスキー大統領とポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領(2月23日、キエフ)

 2022年2月15日、プーチンはマスコミに「ドンバスで起こっていることはまさに大量虐殺である」と語った。

 

 しかし、国際連合人権高等弁務官事務所(OHCHR)、ウクライナへのOSCE特別監視ミッション(英語版)、欧州評議会を含むいくつかの国際機関は、ロシアの主張を裏付ける証拠を発見することはできなかった。後に大量虐殺の主張は、ロシアによる偽情報として欧州委員会によって却下された

 ウクライナの米国大使館は、ロシア側による「大量虐殺」との主張「非難すべき虚偽の情報」と指摘し、米国務省のスポークスマン、ネッド・プライスは、ロシアがウクライナ侵略をするための口実としてそのような主張を行っていると述べた。
2月18日、「ドンバスでのロシア人の虐殺」は事実ではないと指摘した米国当局者の質問に関して、アナトリー・アントノフ駐米ロシア大使は大使館のFacebookページに次のような声明を投稿した。


ここでは、米国の二重基準だけでなく、かなり原始的で粗野な皮肉を見ることができます。米国の主な地政学的目標は、ロシアを可能な限り東に押し戻すことです。そのためにはロシア語を話す人々を現在の居住地から追い出す政策が必要です。 したがって我々は、アメリカ人がウクライナでのロシア人の強制的な同化の試みを無視するだけでなく、政治的および軍事的支援を強く容認することを望んでいます。
同日、バイデン大統領はプーチン大統領がウクライナ侵攻を決断したと確信していると述べた[35]。
ドンバスでの戦闘は2022年2月17日に大幅に激化した。2022年の最初の6週間の1日あたりの攻撃数は2から5であったが[102]、ウクライナ軍は2月17日に60回の攻撃を報告した。 ロシアの国営メディアはまた、同じ日に分離主義者の地位に対する20回以上の砲撃を報じた。たとえば、ウクライナ政府は、ロシアの分離主義者がスタニツィア・ルハンスカ(ウクライナ語版)で大砲を使って幼稚園を砲撃し、3人の民間人を負傷させたと報告した。 ルガンスク人民共和国は、その軍隊が迫撃砲、グレネードランチャー、および機関銃の発砲でウクライナ政府によって攻撃されたと述べた[103][104]。
翌日、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国は、それぞれの首都からの民間人の強制避難を命じたが、完全な避難は完了するのに数か月かかることが指摘された[105][106][107][108]。ウクライナのメディアは、ウクライナ軍を挑発する試みとして、ドンバスでロシア主導の過激派による砲撃が急増したと報じた[109][110]。
2月21日、ロシア連邦保安庁(FSB。ロシアの諜報機関)は「ウクライナの砲撃により、ロストフ州のロシアとウクライナの国境から150m離れたFSB国境施設が破壊された」と発表した[111]。これとは別に南部軍管区の報道機関は「ロシア軍がその日の朝、ウクライナから2台の歩兵戦闘車で国境を突破した5人の妨害工作員を、ロストフ州ミティアキンスカヤ村の近くで殺害した」と発表した[112]。ウクライナは両方の事件に関与したことを否定し、それらを偽旗作戦と断定して批判した[113][114]。さらに、ドネツクの北30kmにあるザイツェベの村で、2人のウクライナ兵と1人の民間人が砲撃により殺害されたと報告された[115]。
調査ウェブサイトのベリングキャットを含む複数の調査報道機関は、ドンバスで主張された攻撃、爆発、および避難の多くがロシアによるものだという証拠を発表した[116][117][118]。
2月21日、ルガンスク人民共和国のルガンスク火力発電所は未知の勢力から砲撃を受けた[119]。ウクライナのニュースは、火力発電所の閉鎖を余儀なくされた、と述べた[120]。
ファイル:Обращение Президента Российской Федерации 2022-02-21.webm
2022年2月21日のプーチンによるロシア国民への演説
2月21日、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の同意を受けて、プーチン大統領はロシア軍(戦車等を含む)をドンバスに派遣するよう命じた。ロシア側はこの行動を「平和維持ミッション」と呼んでいる[121][122]。その日未明、いくつかの独立したメディアがロシア軍がドンバスに侵入していることを確認した[123][124][125][126]。
2月22日、アメリカのバイデン大統領は、プーチンがウクライナ東部への派兵の意向を表明したことを受け、「これはロシアのウクライナ侵攻の始まりだ」と述べ、ロシアに対する制裁を発表した[127]。NATO事務総長イェンス・ストルテンベルグとカナダの首相ジャスティン・トルドーは「さらなる侵略」が起こったと述べた。ウクライナの外相ドミトロ・クレーバは、「侵略に大きいも小さいも無い。侵略は侵略だ。」と強く批判した。一方、欧州連合外交政策責任者ジョセップ・ボレルは「本格的な侵略ではない」と述べ、「ロシア軍がウクライナの地に到着しただけだ」と述べた[128]。
同日、ロシア連邦院は全会一致でプーチンにロシア国外での軍事力の使用を許可した。ウクライナ側では、ゼレンスキー大統領が予備軍の徴兵を命じたが、動員は停滞していると報道された[129]。
2月23日、ウクライナは、ドンバスの占領地を除く全国で非常事態を宣言すると発表した[130]。同日、駐ウクライナロシア大使は大使館から避難し、掲げられたロシア国旗を降ろした[131]。また2月23日中に、ウクライナ議会と政府のWebサイトは、銀行のWebサイトとともに、DDoS攻撃に見舞われた[132]。
侵攻開始[編集]

ウクライナ侵攻
侵攻開始後の経過については「2022年ロシアのウクライナ侵攻のタイムライン」を参照
軍事衝突の一覧については「2022年ロシアのウクライナ侵攻における軍事衝突の一覧」を参照
2022年2月24日午前5時頃(ウクライナ時間)、プーチンはウクライナ東部で「軍事作戦」を開始すると発表[注 27][134][135]。プーチンは国民向けのテレビ演説の中で、軍事作戦の目的を「ウクライナ政府によって8年間、虐げられてきた人々を保護するため」と述べた[40]。また、ウクライナの領土を占領する計画はないとし、ウクライナ国民の民族自決の権利を支持すると述べた[41][136]。
この発表から数分以内に、キエフ、ハリコフ、オデッサ、ドンバスで爆発が報告された[137]。これらの爆発の結果、東ウクライナの空域で民間航空の飛行は制限され、地域は欧州連合航空安全機関によって全体が活発な紛争地帯と見なされた[138]。
戦闘序列[編集]
詳細は「2022年ロシアのウクライナ侵攻における戦闘序列」を参照
被害状況[編集]
ウクライナ[編集]

ミサイルが撃ち込まれたキエフの住宅ビル(2月26日)
2月24日
トルコが所有する貨物船がオデッサ沖でロシアからのミサイルにより被害を受けた。翌25日には、黒海に面したユズニー港の南でモルドバ船籍の貨物船「ミレニアル・スピリット(英語版)」がロシア軍の発砲を受けたとウクライナ軍参謀本部が発表。同船の乗組員は全員ロシア人であり、うち2人は深刻な状態だとした。また同日、黒海上でパナマ船籍で日本の日鮮海運が所有する貨物船「ナムラ・クイーン(英語版)」が、ユズニー港の停泊地でロケット弾の攻撃を受けたと発表した。これにより、乗組員1人が負傷した[139][140]。
黒海沿岸の港湾都市オデッサ周辺では、ミサイル攻撃によって市民など少なくとも18人が死亡した[141]。
2月25日
首都キエフで、住宅地に航空機が墜落した[142]。
ロシア国防省からの情報として、キエフ周辺の飛行場占領の際にウクライナ特殊部隊200人以上を殺害したと報道した[143]。
ハリコフ州では外れたミサイルがマンションに落下し、男児1人が死亡した[144]。これを含めた、この軍事侵攻で亡くなった子どもの数は2月28日現在14人である[145]。
ロシア国防省からの情報として、キエフ周辺の飛行場占領の際にウクライナ特殊部隊200人以上を殺害したと報道した[146]。
2月26日
午後5時時点で、OHCHRはウクライナで64人の死者を含めて少なくとも民間人240人の負傷者が出ていると報告し、国際連合人道問題調整事務所(OCHA)は実際の人数はこれよりもさらに多い可能性を指摘している[147]。また国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、16万人以上が国内避難民となり、11万6千人以上が近隣諸国への避難を余儀なくされているとした[147]。
首都キエフにミサイル2発が撃ち込まれ、キエフ市政府は、1発は住宅用ビルに、もう1発はジュリャーヌィ空港近くに着弾したと発表した[148]。
2月27日
ウクライナ政府は27日までに民間人210人以上が死亡し、1,100人以上が負傷したと伝えている[149]。
ウクライナ政府は公式Twitterで、同国のアントノフ航空(ウクライナ語版)が運航する世界最大の航空機、アントノフAn-225「ムリヤ」が、ロシア軍によって破壊されたと投稿した[150][151]。
3月1日、キエフではテレビ塔が砲撃され、5人の死者が確認された。近くにあるバビ・ヤールホロコースト慰霊地も破壊された[152]。テレビ塔への攻撃は表現の自由と情報を広め受け取る権利を保護する目的で報道基盤への攻撃を回避する国連安全保障理事会決議 2222(2015)に反することや[注 28]、慰霊地という文化遺産の破壊から、国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ) は遺憾の意を後日表明した[154]。ハリコフでは、地方行政官が地方庁舎がミサイル攻撃を受けた瞬間を撮影した動画を配信した[155]。
3月2日、ロシア国防省は、今回の軍事作戦によるロシア軍の死者数を初めて公表し、498人が死亡、負傷者は1597人とした。またウクライナ側の死者は2870人以上、負傷者は約3700人としている[156]。
3月4日午前2時(ウクライナ時間)、ウクライナ南東部にある欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所がロシア軍の攻撃を受け、火災が発生していると、地元のエネルゴダールの市長がフェイスブックに投稿した。ドミトロ・クレーバ外相も砲撃による原発の火災をTwitterで明らかにした[157][158]。国際原子力機関(IAEA)は、主要設備に影響はないとウクライナ当局から報告を受けたことを明らかにした[159]。

妊婦・赤ん坊・医療従事者がいるにもかかわらずロシア軍が攻撃したマリウポリの病院(3月10日撮影)
3月9日
ウクライナ当局は、ロシア軍がマリウポリの産科・小児科病院を爆撃したと発表した。約10日間にわたりロシア側の包囲攻撃が続き、マリウポリのオルロフ副市長は、市民1170人が死亡したと明らかにした[160]。ゼレンスキー大統領は「人々や子どもたちが残骸の下敷きになっている。残虐行為だ。世界はいつまでテロを無視する共犯者でいるのか」と声明を出した[161]。
詳細は「マリウポリの病院への爆撃(英語版)」を参照
これに対し、ロシア国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官は10日の記者会見で、「ロシア国防省は昨日(9日)、市内の民間人を安全に避難させるための『静寂体制』を宣言した。マリウポリ近郊でロシア航空隊は地上目標には一切攻撃を加えていない」「キエフの民族主義政権の代表の発言と病院の写真を分析すると、『空爆』と言われるものは全て、西側の聴衆に反ロシアの扇動を維持するために演出された挑発であることは疑いようもない」「マリウポリ第3病院付近で演出された爆発は、欧米の一般大衆を欺くためのもので、専門家[何の?]であればこんなものには騙されない」と述べた[162]。また、ラブロフ外相も10日の会見で「病院はすでに過激派に占拠され、その拠点になっていた」などと主張した。加えて、在英ロシア大使館は10日、「産科は長らく閉鎖されており、ウクライナ軍や、ネオナチなどの過激派に使われていた」「女性は、妊婦を演じた役者だ」「写真も、著名なプロパガンダ写真家に撮影された」などと根拠を示さずに投稿。妊婦の写真に「フェイク」のスタンプを押した画像も併せて投稿した。Twitterは同日中にこれらの投稿を削除。英BBCによると同社は削除理由を「暴力事件の否定に当たる」と説明したという。ウクライナのキスリツァ国連大使も11日の安全保障理事会で、ロシアの主張を退けた。妊婦と赤ちゃんの写真をタブレットで議場に見せた上で、「女性は昨夜元気な女の子を出産した。名前はベロニカです」と述べ、実在する妊婦だったと示した[163]。
ロシア軍により占拠されているチェルノブイリ原子力発電所の電源がロシアの軍事行動により切断されたことをウクルエネルゴ(ウクライナ語版)社とエネルゴアトム(ウクライナ語版)社とが公表した[164][165]。これを受け、ウクライナの原子力規制監督当局は「チェルノブイリ原発には緊急用のディーゼル発電機が準備されており、48時間はバックアップが可能だ」と声明を発表。一方で、原発周囲での戦闘で電力ケーブルの補修作業が難航しているほか、停電の影響は他の町にも影響し、原発職員との電話による通信も途絶えている事を伝えた[166]。ウクライナ当局から説明を受けたIAEAのラファエル・グロッシ事務局長は「使用済み燃料貯蔵施設に関しては、プール内に十分な量の冷却水があり、電力の供給がなくても使用済み燃料からの効果的な熱除去を維持できる。ディーゼル発電機とバッテリーによる非常用の予備電源もある」との具体的理由とともに「安全性に重大な影響を与えないとみている」とコメントした[165][167]。一方で、8日にチェルノブイリ、9日にザポリージャ原子力発電所の監視システムからのデータ送信が停止したことに触れ、グロッシ事務局長は2つの原発の状況を把握できない事に対し懸念を表明した[168][169]。
3月10日、ロシア軍は、ハリコフにある核物質を扱う「物理技術研究所」を再び攻撃。ウクライナのメディアは、建物の表面が損傷し、付近の宿舎で火災が起きたと報じた[170]。
3月11日、ロシア軍は、ハリコフ州イジューム近郊の精神病院を攻撃。同州のシネグボフ知事は戦争犯罪に当たると非難した[171]。ウクライナ政府はロシア軍が掌握したとする南部の都市メリトポリで同市のイワン・フェドロフ市長がロシア軍に拉致されたと訴え、「戦時に民間人を人質に取ることを禁じたジュネーブ条約などで、戦争犯罪に分類されるものだ」と非難する声明した[172]。ウクライナ政府が公開した監視カメラの映像では、男性が腕を捕まれて軍服を着た集団に連れ去られるような様子が確認出来き、ゼレンスキー大統領は、「明らかに侵略者の弱さの表れだ」と述べ、軍事侵攻を進めるロシア側が、新たな手法でウクライナ側に圧力を強めようとしていると非難した[172]。
3月14日、攻撃は西部に及び、リブネのテレビ塔がミサイルで攻撃され9人が死亡した[173]。
3月16日、ロシア軍は、数百人の民間人が避難していたマリウポリのドラマ劇場を空爆した(Mariupol theatre airstrike)[174]。AP通信によると、米国の宇宙企業マクサー・テクノロジーズが14日に撮影した衛星写真では、この劇場の建物の前後の敷地に、白い文字で大きく「子どもたち」とロシア語で記されていたという[175]。
3月16日、北部のチェルニヒウで、パンを買うために並んでいた市民10人がロシア兵による銃撃で殺害されたとして、地元のテレビ局が映像とともに報じた。キエフにあるアメリカ大使館もこれをTwitterに投稿し、「この残虐な犯罪の責任をとらせるために、あらゆる選択肢を検討する」としている[176]。これに対し、ロシア国防省の報道官は「ウクライナ治安当局のでっち上げ」と反論。「現在もこれまでも、チェルニヒウにロシア兵はいない。全部隊が市外にいて道路を封鎖しており、攻撃的な行為を行ってはいない」と述べた。さらに、米大使館は「未確認の偽情報」を発表したと付け加えた[177]。
3月17日、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ロシア軍がクラスター爆弾を南部のムィコラーイウで3月7日、3月11日、3月17日に「繰り返し使った」と発表した[178]。同団体は「露軍はクラスター爆弾の使用を中止し、明白な無差別攻撃をやめるべきだ」と訴えた[178]。
3月18日、ポーランド国境に近い西部の都市・リヴィウが初めてロシア軍の攻撃を受けた[179][180]。リヴィウ市内にある空港の飛行機修理工場周辺に複数のミサイルが撃ち込まれ、建物が破壊された[179][180]。
3月19日、マリウポリ市の当局によると、住民400人が避難している芸術学校がロシア軍に爆撃された[181]。
3月26日、ハリコフ近郊のホロコースト記念碑「Drobytsky Yar」のメノーラーの彫刻がロシア軍の砲撃により破壊された[182][183]。
4月3日
ロシア軍が撤退後のブチャで数百人規模の非戦闘員の遺体が見つかった[184][185][186]。
詳細は「ブチャの虐殺」を参照
ブチャの解放後、3月23日から行方不明になっていたキーウの地域リーグでは有名な選手である、FCクドリフカのFWオレクサンドル・スケンコの遺体が、両親の遺体とともに発見されたとウクライナのメディア『sportarena』が伝えた。3人全員が殺害される前にロシア兵に拷問を受けたという。スケンコは両親とともに、戦火で困っている人々に薬と食料を届けていたが、その途中で、ロシア軍に捕えられたと見られている[187]。
4月8日、東部ドネツィク州・クラマトルスクの駅舎が短距離弾道ミサイル「イスカンデル」2発の攻撃を受けたと報じられた。地元市長やウクライナ鉄道によると攻撃当時は約4000人の避難民が駅舎内外におり、50人が死亡し(うち子供5人)、約60人が病院で治療を受けたと報告がされた[188][189][190]。
民間人殺害[編集]
この侵攻では、ロシア軍により多くの民間人が殺害された可能性が高い。ロシア軍が一時占拠したキーウ近郊のブチャでは多数の民間人とみられる遺体が見つかり、ボロディアンカなど他の地域でも同様の被害がでていることが明るみに出た。タス通信によると、ブチャでの民間人殺害について、プーチン大統領は4月6日、ハンガリーのビクトル・オルバン首相との電話会談でこれを否定し「ウクライナ政府による粗野で冷淡な挑発行為」と述べ、ロシア軍の関与を否定した。マリウポリの市議会は4月6日、ロシア軍が戦争犯罪を隠蔽するため「移動式火葬場」を稼働させ、殺害した遺体を焼却しているとSNSで明らかにした[191][192]。
ウクライナののベネディクトワ検事総長は、ボロディアンカは「最悪の人的被害」が起きたと発言した。ブチャでの国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の調査ではロシア軍による公開処刑が行われた。広場に40人ほどの住民が集められ、ロシア軍は5人の男性を跪かせ、うち1人を後頭部から銃撃。その際、司令官は「これは穢れだ。我々は穢れを清めに来た」と発言したという。残る4人もその後殺害された。ウクライナ国防省は、虐殺など戦争犯罪に加担したとする1600人以上のロシア軍兵士の個人情報を公開した[193]。
難民[編集]
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウクライナ国外に逃れた難民の数は3月30日時点で、約401万人に達した[74]。
一方で戦況を避けるために居住地以外の国内の場に避難した人の数は3月17日の時点で648万人に達していた[194]。
3月20日には国内外の避難民を合わせると1000万人、つまりウクライナの人口約4200万人の約4分の1の人が、居住地を追われた[194]。
国外の避難先は4月2日時点で、ポーランドの旗 ポーランドで243万人、ルーマニアで64万人、モルドバの旗 モルドバ で39万人、 ハンガリーで39万人、ロシアの旗 ロシアで35万人、スロバキアの旗 スロバキアで30万人、ベラルーシの旗 ベラルーシ1万人などとなっている [195]。
4月1日には国連難民高等弁務官事務所のサポートのもと、モルドバ政府と欧州連合諸国が協力しモルドバに避難してきたウクライナ難民の希望者が欧州各国へ移動できる無料航空便の提供を始めた。第一便はドイツ行きで、次にオーストリア行きが続いた[196][注 29]。
人身売買・性的暴行[編集]
ロシア軍の侵攻により国外に逃れたウクライナ難民410万人の大半は女性や子どもが占め、混乱に乗じた人身売買や、ロシア兵による性的搾取、性的暴行などの被害に遭うケースが度々報告され、国連などにより警戒が呼びかけられた[197]。性的被害者には10歳未満の未成年者も含まれる。以下はその事例。
3月4日、ウクライナのドミトロ・クレーバ外相は同国に侵攻したロシア軍兵士が女性に対し性的暴行をはたらいていると非難。ロシアによる侵略行為を罰する特別法廷の設置の支持を表明した[198]。
3月9日、ドイツ連邦警察はベルリン中央駅に到着する難民たちに対し、女性や子供などの弱者を人身売買の標的にしようとする人間が混ざっている可能性があるとして、宿泊費用を提供すると申し出があった場合、ただちに警察に通報するようTwitterで注意を呼びかけた[199]。
3月14日、ウクライナ国境警備隊は、西部チェルニウツィーの検問所で、ルーマニア側に赤ちゃんを連れ出そうとした中国人の男2人を拘束したと発表した[200][201]。男たちは必要書類を所持せず、赤ちゃんの出自も答えられなかったといい、戦争の混乱に乗じた連れ去りの疑いがもたれている[200]。
4月2日、ロシア軍が拠点としていたキーウ近郊のイルピンにて、性的暴行や拷問を受けた10歳未満の子ども2人が死亡しているのが確認される[202]。
4月5日、イギリスのボリス・ジョンソン首相はロシア国民に向けて発信したメッセージの中で、「民間人が虐殺されたり、女性が子どもの前でレイプされている」と訴えた[203]。
フェイクニュース・デマ動画拡散[編集]
侵攻以後は、TwitterなどのSNSで、アメリカの戦闘機F-16をロシア戦闘機とする動画や、2020年の軍事パレードの練習風景の映像、ロシアのパラシュート部隊の映像は2016年制作の映像であったり、2011年のリビア国軍の戦闘機がベンガジで反政府組織に撃墜された際の映像、発電所への落雷を空爆の映像と称したり、中国語話者が2020年ベイルート港爆発事故の映像を「プーチン大王がウクライナを攻撃」と説明して投稿したりしており、これらは全てフェイクニュースやデマであることがBBCの精査で分かった[204]。
日本でも一部メディアが海外記事元の真偽不明な記事を取り上げた事例も発生している。中日スポーツは、2月25日付でイギリスのタブロイド紙であるデイリー・メールが情報元とした「チェルノブイリ原発、再び放射能汚染の危機か ロシア軍が反応炉と核廃棄物の貯蔵施設を破壊、放射能レベル上昇の報道も」なる記事[205]を、また、3月11日にロシアの政府系メディアであるスプートニクを情報元とした「米国がウクライナで「日本の731部隊似」の研究 露通信社報じる」なる記事をそれぞれ自社サイトおよびヤフーニュースに配信したが、デイリー・メールはセンセーショナルな記事内容で知られ信憑性が低く、スプートニクはロシアの政府系メディアであることからプロパガンダの要素が強いと識者から指摘されており、ジャーナリストの藤代裕之は「取材による新たな情報がないまま掲載した『こたつ記事』だ」としてメディア・リテラシーの面で批判している。なお、ヤフー及び中日スポーツはスプートニク発の記事は削除している[206]。
ジャーナリストの犠牲[編集]
3月1日、ウクライナのテレビ局LIVEの撮影技師であるエウヘン・サクンは、キエフのテレビ塔をロシア軍が砲撃した際5人の犠牲者が出ており、その内の一人だった[207][208]。サクンはロシアのウクライナへの侵攻のニュースを担当しており、遺体は携帯していた記者証によって確認された[207][209]。
3月13日、ウクライナ内務省によると、「ピーボディ賞」受賞歴がある米ジャーナリストでドキュメンタリー映画監督のブレント・ルノーが、爆撃が激化していたキエフの郊外のイルピンで避難する難民を取材中に射殺された[210]。過去には米紙ニューヨーク・タイムズに寄稿していたことから、同紙の記者ではないかと情報が錯綜したが、同紙は取材を依頼しておらず、死亡時に携帯していた取材証はやはり過去に寄稿していた英紙タイムズのものだったが、同紙も今回は取材を依頼していなかった[210]。その後米雑誌タイムが同社の映像作成部門であるタイム・スタジオズの企画で取材を行っていたことを表明した[211]。同行していた赤十字国際委員会の「人道ビザドール賞」受賞歴があるフォトジャーナリストのホアン・アレドンド[212]も銃撃を受けたが生き延び、検問所を通過したところで車中で銃撃にあった事を証言した[210]。
3月15日、FOXニュースは、ウクライナで取材中だった同社のカメラマン、ピエール・ザクシェフスキ(英語版)とウクライナ人の女性記者オレクサンドラ・クブシノワが死亡したと伝えた[213][214]。14日にキエフ郊外のホレンカで車に乗っていたところ銃撃を受けたという。一緒にいた同社のジャーナリスト、ベンジャミン・ホールも負傷した。米国の非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」によれば、ウクライナ人のビクトル・ドゥダルとも取材中に死亡したという[208][215]。
3月23日、ロシアの調査報道サイト「インサイダー」は、同サイトのオクサナ・バウリナが、キエフの地区を取材中にロケット弾の攻撃を受け、死亡したと伝えた。バウリナは以前、アレクセイ・ナワリヌイが運営する「反汚職闘争基金」で働いていたことがあり、ロシアを離れていた[216][217]。
文化財[編集]
2月28日、キエフから約80キロ北方にあるイヴァンキフ博物館では民族画家マリア・プリマチェンコの絵画約25点が侵攻に伴う攻撃によって焼失したとウクライナ外務省が発表した[218]。
3月3日、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)はウクライナ政府との協力の下、「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」に基づき文化財の破壊と流失を防ぐべく国内の文化遺産への特殊標章(別名ブルーシールド)の付与作業を調整していることを発表した[154]。
3月8日にはユネスコは文化遺産の破壊を人工衛星によって監視していることを発表した[219]。3月3日に発表していた文化遺産への特殊標章(ブルーシールド)の付与作業を世界遺産に登録されているリヴィフ歴史地区から始めるとした[219]。
3月25日、個人運営のレトロコンピュータ博物館「Club 8-Bit」は、多少の書類と現金だけの所持品を持ってマリウポリを脱出した運営者が、爆撃にさらされた地区に所在していた博物館は恐らく戦火を逃れることは出来なかっただろうと報告した[220]。同館には「Apple IIc」「Atari 400」「コモドール64」など、120台以上のレトロコンピュータが所蔵されており、所蔵品は一切持ち出すことは出来なかった[220][221]。
4月2日、ユネスコは3月30日の時点で 29の信仰の場所、16の歴史的建造物、4博物館、そして4記念物の合計53の文化遺産が侵攻開始以後に破壊されたことを確認したと発表した[222]。またユネスコは、ロシアもウクライナも「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」に署名しており、特殊標章(ブルーシールド)を付与された文化遺産の武力紛争下での破壊への関与が判明すれば、破壊者は戦争犯罪も含む責任を追及されるとも述べた[222]。

■ウクライナ国内での戦況

▶︎ 航 空 戦

 侵攻後、1人のウクライナ空軍パイロットが複数のロシア軍機を撃墜したとする話がソーシャルメディア上に投稿され、「キエフの幽霊」という呼び名が付けられた[223]。侵攻開始からの30時間で、ロシア軍のSu-35戦闘機2機、Su-25攻撃機2機、Su-27戦闘機とMiG-29戦闘機各1機を撃墜したとされている[224][225][226]。ウクライナ国防省は「キエフの幽霊」はロシア軍侵攻後にウクライナ軍へ復帰した数十人の予備役パイロットの1人である可能性が高いと主張した[227]。

▶︎地上戦

 ウクライナ軍は初期の攻撃によりC4Iシステムが破壊されたとみられるが、ドローンと対戦車ミサイルを効果的に利用する戦法でロシア軍の車両を撃破している[228]。
ウクライナ軍はアメリカ軍のインテリジェンス支援によりロシア軍の動向を事前に察知できるようになり、車列を待ち伏せて攻撃することが可能となった[228]。

▶︎ 戦 死

「2022年ロシアによるウクライナ侵攻で死亡したロシア軍将官の一覧」も参照
2月26日、チェチェン共和国軍少将でロシア国家親衛隊の第141自動車化連隊の指揮を執っていたマゴメド・トゥシャエフが戦死[229]。
2月27日、ロシア国家親衛隊独立作戦任務師団(ジェルジンスキー師団)第604特殊任務センター特殊任務支隊ヴィーチャズィ “Vityaz” 所属の7人が戦死[230]。
3月3日、ウクライナのバイアスロン選手ユージン・マリシェフがハリコフでの戦闘で死亡した[231]。
3月4日、ウクライナの狙撃手によってロシア第7空輸師団長兼第41連合軍副司令官のアンドレイ・スホベツキー少将が射殺されたという報道がイギリスのインデペンデントからされた。ロシア日刊紙プラウダでは、ウクライナ内の特殊作戦中に死亡したと伝え、プーチン大統領の演説では「将軍の死亡は確認した」と話している[232]。
3月8日、ウクライナ国防省はロシア第41軍(ロシア語版)第1副司令官のヴィタリー・ゲラシモフ少将が3月7日にハリコフ付近で殺害されたと発表した[233]。一方、米国は今回の発表について確認が取れていないとしている[234]。
3月12日、ロシア陸軍東部軍管区第29軍指揮官のアンドレイ・コレスニコフ少将が交戦中に死亡したと複数の西側当局者が明らかにした[235]。
3月17日、ロシア軍の将官オレグ・ミチャーエフ少将が3月15日にアゾフ大隊によって死亡したとウクライナ内務省顧問が明らかにした[236]。
同日、西部コストロマを拠点とする空挺部隊の連隊指揮官のセルゲイ・スハレフ大佐が戦死したと、ロシア国営テレビが発表した[237]。
3月18日、ロシア軍南部軍管区第8連合軍の司令官であるアンドレイ・モルドヴィチェフ中将を殺害したとウクライナ軍参謀本部は報告した[238]。
3月20日、ロシア海軍黒海艦隊副司令官(軍事政治活動担当)のアンドレイ・パリー大佐が戦死したとタス通信などが報じた[239]。
3月23日、黒海艦隊第810親衛独立海軍歩兵旅団長のアレクセイ・シャロフ大佐が戦死したとForPostが報じた[240]。
3月25日、第49諸兵科連合軍司令官のヤコフ・レザンツェフ中将がウクライナ南部地域で戦死したとウクライナ軍が発表した[241]。
3月30日、第200独立自動車化狙撃旅団長のデニス・クリロ大佐が戦死したとウクライナ軍参謀本部は発表した[242]。
4月1日、第83独立警備隊空挺突撃旅団の副司令官であるヴィタリー・スラブツォフ中佐がハリコフでの戦闘中に戦死したとウクライナ側の将校が明らかにした[243]。
情報戦[編集]
ウクライナ側は国際世論を味方につけるため、ゼレンスキー大統領の声明、市民の被害、ドローン映像をソーシャルメディアで拡散させるなど、情報発信に力を入れている[244]。
3月7日、ウクライナ側はロシアとの第1回停戦協議に参加したウクライナの情報機関の男性職員1名をロシアの二重スパイと主張し反逆罪の容疑で身柄を拘束されそうになったところ、逃走を試みたために射殺されたことが報道された[245]。ロシア側もウクライナのスパイだと主張し、情報戦となった[246]。
3月11日、ウクライナ国営通信は、ロシア軍の爆撃機がベラルーシ領内の複数の集落を空爆したと報じた。ウクライナ軍や内務省は、ロシアが同盟国のベラルーシに派兵を迫るため、ウクライナによる攻撃と見せかける偽装工作を行ったと指摘したが、ベラルーシ国防省はこれを否定。米国防総省高官はベラルーシ軍の動向に関し、「ウクライナ領内に入ったとの情報はない」と説明し、ロシア軍がベラルーシの集落を爆撃したとの情報については、「確認できない」と述べた[247]。
3月29日、『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、停戦交渉で両国の仲介役になっていたロシアの富豪ロマン・アブラモヴィッチとウクライナの交渉人2名が、3月3日に毒物攻撃を受けた疑いがあると報じた[248]。ロシアの強硬派が起こしたとまで記事にしたが、匿名のアメリカ政府関係者は「環境によるもの」と毒物を否定し、ウクライナ大統領府のイホル・ゾウクワに至っては、同国代表団のメンバーの体調は「良好」で、毒にまつわるはなしは「うそ」だと話した[249]。
中国製ドローン[編集]

戦場ではウクライナ軍、ロシア軍ともに中国製民生用ドローンが多数使用された。(参考写真:DJI Phantom 4)
戦場では、中国製、特にDJIの民間のドローンが多数投入された。ウクライナ軍はドローン監視センターを作り、ロシア軍の動きを偵察した。ウクライナ政府は軍だけではなく、ドローンを持っている一般市民にも偵察任務に加わるよう呼びかけ、多くの市民が参加した[250]。ドローンに搭載された熱探知カメラが夜間のロシア兵や戦車を監視した。ウクライナ政府によれば、市民の持つドローンの大半は世界の民生用市場の約70%を占める中国のDJI製であるとし、国外からも支援の一環として大量の同社製品が送られたという。しかし、ウクライナ政府は、DJIのドローンを同時にロシア軍も使用しているとし、副首相がTwitterで「DJIはロシア軍による殺人のパートナーになりたいのか」と書き込んだほか、DJIに対し書簡を送りロシアへの協力をやめるよう要請した[251]。アメリカの一部報道によればロシア政府は中国政府に対し武装ドローンの提供を求めていると報じられた[252]。
徴兵[編集]
2月24日、ゼレンスキー大統領は「総動員令」を発動。18~60歳のウクライナ国民男性は、出国禁止とともに徴兵されることになった[50]。
総動員令発動後、一般市民に軍への招集令状が届いているが、国外脱出を図る男性の拘束も相次いでおり、国との関わり方を巡ってウクライナ国内で分断も起きている[253]。家族と一緒に生き抜くことを選択する男性は、合法あるいは違法な手段を使って国境を越える[254]。ただし、国外へ出る人の経由地となっているリビウなどの西部では、キエフや東部からの避難者を「非国民」だと敵視する住民も一部におり、避難者の居場所を徴兵事務所に通報するケースもあるという。また、国境警備隊が、女装したり、荷物に身を潜めたりして国境を越えようとして拘束された男性の事例を、見せしめのようにホームページに掲載したというケースもあった[253]。
3月17日、ウクライナの国境警備当局が、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降、32万人以上のウクライナ市民が戦闘を支援するためウクライナに帰国したと発表した[255]。また、すでに3万人を超える女性も戦争に参加しているとされる[256]。
ロシア国内での状況[編集]
世論調査[編集]
侵攻開始後の2月25日から27日にかけて実施されたロシアの世論基金(FOM)による調査では、プーチン政権支持率は71%にのぼった[257]。侵攻前の2月20日には64%であり、前年の2021年の7月から8月にかけては57%ほどだった[257]。また、ドネツク、ルガンスク人民共和国の国家承認については支持が69%であった[257]。
情報統制とそれに対する対応[編集]
2月25日 – ロシア国内でのFacebookへのアクセスが制限された[258]。
2月26日 – 通信規制当局は、国内メディアに対し、ウクライナ危機に関する報道で「攻撃、侵略、宣戦布告」と表現した記事を削除するよう求めた[259]。
3月1日
AKKetが取得したロシア政府が発行したと見られる文書によると、国外からの制裁など外部の脅威が多いとして、ロシア政府は外国製のソフトウェアの自動更新を無効にし、情報システムのユーザーのパスワードを変更し、外国のドメイン名.com、.org、.netなどにあるすべてのウェブサイトを.ru、.su、.рфなどのロシア国内のドメインに移管すると促した。また、インターネットから切り離し、国内ネットワークサービスのRunetへの切り替えも示唆した[260]。
ロシア連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(Roskomnadzor)[261]は、ロシア語版ウィキペディア「Вторжение России на Украину (2022)」においての、「ウクライナ民間人に多数の死傷者が出た」という記載が「違法に拡散された情報」であるとして検察当局がウィキペディアサイトの停止を警告した[262][263][264]。
YouTubeは、ロシア政府系メディアの「RT」「スプートニク」の公式チャンネルをヨーロッパで視聴できない措置を取ったと明らかにした[265]。
3月2日
ロシアの経済紙「RBK」は「国民は政権に規制されていない情報を得るため『VPNアプリ』を積極的にダウンロードしている」と報じた[266]。
ロシアの情報統制を受け、BBCはのティム・デイビー会長は「ロシアの人々に真実を伝え続ける」と述べ、ウクライナとロシア国内で一日4時間、2つの短波放送を開設したと発表した[267]。
3月3日
ウィキメディア財団は、ロシア政府の記事削除要求に対し、「ウィキペディアはこの危機における信頼できる重要な情報源である。私たちはウィキペディアのメンバーへの検閲や脅迫に対して後退しない。私たちは、世界に自由な知識を提供する使命を持つ」との声明を出した。ウィキメディア財団ロシア支部は、通信監督庁にウィキペディアは常時複数の編集者によって情報が更新され、かつガイドラインもあるなどの説明をした[264]。
3月4日
ロシア下院議会は「ロシア軍の活動について意図的に誤った情報を拡散するなどした個人や団体に罰則を科す」とする法律の改正案を全会一致で採択した。ロシア人だけでなく外国人も対象で、最大で15年の懲役や禁錮など自由はく奪の重い刑罰を科す可能性がある。同日、上院での採択、プーチンの署名を経て改正法は発効した[71][268]。
ロシアの通信規制当局は、BBCのロシア語放送、米国営放送「ボイス・オブ・アメリカ」、米政府系放送局「ラジオ・リバティー」、ドイツ公共放送「ドイチェ・ヴェレ」、ロシア語の独立系ニュースサイト「メドゥーザ」などへのインターネット上のアクセスを遮断したと発表した[269][270]。さらにFacebookとTwitterへのロシア国内でのアクセスを遮断すると発表した[271]。
上記の措置がとられたため、BBC、ブルームバーグ通信、CNN、カナダのCBCなどはロシア国内での取材活動を一時停止すると発表。BBCのティム・デイビー会長は「スタッフの安全は最重要であり、仕事をしただけで刑事訴追を受けるリスクにさらす気はない」と述べた。ドミトリー・ムラトフが編集長を務めるロシアの独立系新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」は、ウクライナでの軍事行動に関する記事を削除する方針を示した[271][272]。日本の朝日新聞もロシア国内からの報道を一時見合わせることを発表した[271]。
3月6日 – TikTokは、前述の法改正を受け、ロシアのユーザー向けの生配信と新コンテンツの提供を停止すると発表した[273]。
3月8日
BBCはロシアからの報道を再開したことを発表した。同局は「新法の影響とロシア国内から報じる緊急の必要性を慎重に検討した結果、再開を決定した」とのコメントを発表している。その一方でニューヨーク・タイムズはロシア国内に駐在しているスタッフを国外に一時撤退することを発表した[274]。
日本放送協会(NHK)は同局が放送している国際放送「NHKワールド JAPAN」の英語チャンネルが同日(現地時間同月7日夜)からロシア国内において、視聴が出来なくなっていることを発表した[275][276]。
Twitter社は、TwitterのサイトをTor(The Onion Router)ネットワーク経由で閲覧できるようにした。これにより、ユーザーは匿名でTwitterを利用できるようになる[277]。
3月9日
日本の外務省は「最悪の場合、身柄の拘束や罰金を課す可能性も排除できない」として、報道各社に対し、ロシア国内での報道活動は慎重に行うように注意喚起を行った[278]。
ディスカバリーはロシア国内での番組配信を停止したことを発表した[279]。
3月10日
メッセンジャーアプリ「Telegram」に開設されたチャンネル「Мракоборец」において、ロシア語版ウィキペディア「Вторжение России на Украину (2022)」の編集を行っていたミンスク在住のマルク・ベルンシュテインの個人情報が晒される[280][281]。
3月11日
ロシアの検察当局は、FacebookやInstagramを運営するメタを「過激派組織」と認定し、ロシア国内での活動を禁止するよう裁判所に訴えた[282]。
YouTubeは、ロシア国営メディアと関連するチャンネルをブロックし、世界中で見られなくなるよう措置を講じた。これらのチャンネルはヨーロッパですでに見られなくなっていたが、全世界に広げた[283]。
ベラルーシ内務省の組織犯罪・腐敗対策総局は、前述のマルク・ベルンシュテインの身柄を拘束した[284]。
3月14日 – ロシアの通信情報技術監督庁は、国内のInstagramへの接続を遮断した[285][286]。
3月16日 – 国内のハイテク起業家らは、Instagramの国内遮断の措置を受け、ロシア独自の写真共有アプリ「ロスグラム」を立ち上げると発表した。サービス開始は3月28日とされる[287]。
3月21日
モスクワの裁判所は、FacebookやInstagramを運営するメタを「過激派組織」と認定し、ロシア国内での活動を禁止する決定をした[288]。
午前0時9分(モスクワ時間)、日刊紙コムソモリスカヤ・プラウダのウェブサイトは、ロシア国防省からの情報として、ウクライナでの「特別作戦」で軍要員9,861人が死亡、1万6,153人が負傷したと報じた。当該記事はソーシャルメディアで注目を集め始め、同日午後9時56分、死者数への言及は全面的に削除された。同紙はこの後、サイト管理者のアクセスがハッキングされたとする声明を発表。事実に反する偽情報が挿入されたが、ただちに削除したと述べた[289]。
3月23日 – ロシアの通信当局は検察当局からの要請により、信頼できない情報にアクセスさせているとして、Googleのニュース検索サービス「Google ニュース」を遮断したと明らかにした[290]。
3月28日
ロシアの通信・情報技術・マスコミ分野監督庁は、ウクライナのゼレンスキー大統領にインタビューした国内メディアに対し、インタビューの記事を掲載しないよう求めた。検察当局も調査開始を発表したが、一部のメディアは取材内容を公表した[291]。
ロシアの独立系メディア「ノーヴァヤ・ガゼータ」は、ロシアの通信規制当局から2度の警告を受けたとして、ロシア軍のウクライナ侵攻が終わるまで活動を停止すると発表した。1年間に文書で2度の警告を受けると、当局が裁判所に登録廃止を申請することが可能になる[292]。
3月29日 – ロシアのメディア検閲機関ロスコムナゾル(ロシア語版)は、YouTubeに対してウクライナの極右勢力やアゾフ大隊などのビデオを隠匿しているとして、それらの「違法」ビデオを削除しないと罰金を科すと警告を発した[293]。
3月31日 – ロスコムナゾルは、ウィキペディアに対し、ロシア政府の見解と異なるウクライナ侵攻に関する情報をロシア人に提供しているとし、「誤った情報」を削除しなければ、最高400万ルーブル(約580万円)の罰金を科すと警告をした[294]。
4月5日 – ツイッター社は、ロシア政府のアカウントをおすすめとして、ユーザーのタイムラインなどで表示しない方針を発表した。同社は、これらの投稿について、新規則の適用範囲に含まれるが遡及的には適用されないとした[295]。
ロシア国内での反戦運動[編集]
詳細は「2022年ロシアのウクライナ侵攻に対するロシアでの反戦・抗議運動」を参照
政府寄りの著名人の反応[編集]
ロシアのフィギュアスケート元選手で金メダリストで、以前からプーチンを支持する発言を繰り返しているエフゲニー・プルシェンコは3月1日、自身のInstagramで、ロシアとベラルーシの選手がフィギュアスケート世界選手権から参加を除外されたことについて「スポーツと政治を混同してはならないし、アスリートが今のように罰せられ、パフォーマンスや競技をする権利を奪われるようなことがあってはならない。これは差別であり、アスリートの権利を直接かつ著しく侵害するものだ」と決定を批判し、さらに「私は私たちの大統領を信じています」という投稿を行ったが、プーチンを擁護しているとしてネット上で批判が続出した[296]。3月6日、プルシェンコはInstagramを更新し「ロシア人であることを誇りに思っている。ジェノサイドをやめろ。ファシズムをやめろ」とロシアに対する批判に反発する投稿を行い、さらに国際世論からの批判が続出している[297][298]が、プルシェンコはウクライナ批判などをしているInstagramアカウントの複数投稿に「いいね」を押すなどプーチン政権を擁護する姿勢をとり続けている[299]。また、プルシェンコの妻でタレントのヤナ・ルドコフスカヤも自身のInstagramで夫の主張を擁護する投稿を行っている[300]。
ロシアの2022年北京オリンピッククロスカントリースキー三冠のアレクサンドル・ボルシュノフ(ロシア語版)は、3月7日に自身のInstagramに旧ソビエト連邦時代の代表ユニフォームとみられるものを着用してスキーをする写真を投稿し「CCCP(旧ソ連の略称)1980」とのメッセージを添付した。この投稿に対し、ノルウェースキー連盟のエリック・ロステ会長やスポンサーなどが非難するなど批判が続いていたが、同月9日までに投稿は削除された。その後、ボルシュノフは3月18日にモスクワのルジニキ・スタジアムで行われたロシアのクリミア半島併合記念コンサート「クリミアの春」にも参加するなど、プーチン支持の姿勢を続いていたことから、ドイツのグローブメーカーのKINETIXXはボルシュノフの行動を批判したうえで、ボルシュノフやロシア選手と絶縁する方針を明言した[301][302]。
ロシアのイワン・クリアク(ロシア語版)は、3月5日、カタールのドーハで行われた体操の種目別ワールドカップ(英語版)に出場した大会での国旗の使用が禁止されているため、ロシアで勝利を意味しロシア軍の戦車にも描かれている「Z」の文字を白いテープでつくり、胸のエンブレムを隠したユニフォームを着用して競技に臨んだ。
これに対し、国際体操連盟はクリアクの懲戒手続きを開始するよう体操倫理財団に求めると発表した[303][304]。この動きに対しクリアクは「『勝利のために』『平和のために』を意味している。私は誰かの不幸を願ったわけではなく、自分の立場を示しただけ。アスリートとして常に勝利のために戦い、平和のために立ち上がる」と釈明し、「もし、もう一度チャンスがあり、『Z』印をつけるかどうかを選ばなければならないとしたら、全く同じことをするだろう」と発言した[305]。
クリアク以外にもロシアのアスリートによる「Z」マークの着用の動きが続いており、3月18日にモスクワのルジニキ・スタジアムで行われたロシアのクリミア半島併合記念コンサート「クリミアの春」に、2022年北京オリンピックスキージャンプ団体戦銀メダリストのイリーナ・アブバクモワとエフゲニー・クリモフ(ロシア語版)が胸元に「Z」の文字があるジャケットを着用し出席。同様に北京オリンピックアイスダンス銀メダリストのヴィクトリヤ・シニツィナとニキータ・カツァラポフや2021年東京オリンピック競泳背泳ぎ二冠のエフゲニー・リロフなども「Z」マークの入った衣服を着用して出席した。この動きに対し、他国のメディアやアスリート、企業などからの強い反発が出ており、リロフはスポンサーシップを締結していたイギリスの水着メーカーSPEEDOとの契約を即刻破棄されている[306][307][308]。
ロシアのピアニストであるボリス・ベレゾフスキーは3月10日、同国政権寄りのメディアであるチャンネル1のトーク番組に出演し、「素朴な質問がある。彼ら(ウクライナ)に情けをかけ、慎重に物事を進めているのは分かる。だが、彼らを気にかけるのはやめて(キエフを)包囲し、電力を遮断したらどうだろうか」と発言した。また「西側メディアが報じていることは真っ赤な嘘だ」「我々はこの戦争に勝ち、この国で何かいいもの、素晴らしいものを築かなければならない。最後には真実が人々に届くと確信している。1年後には真実が勝つ」などとプーチン政権によるウクライナ侵攻を擁護する発言を行った。
この発言に対し、ドイツ出身のピアニスト・指揮者のラルス・フォークト(ドイツ語版)は自身のTwitterで「私の元友人、ボリス・Bがこのような発言をしたとは信じられない。だが、私は彼の口からその言葉を聞いた。私たちの友情は正式に終わった」と絶縁を表明する投稿を行うなど、音楽関係者を中心に反発が広がっている[309]。
ロシア正教のキリル総主教は、世界教会協議会総幹事代理のイオアン・サウカからの書簡に対する返書の中で、対立の起源は西側諸国とロシアの関係にあるとした上で、「あからさまにロシアを敵とみなす勢力がその国境に近づいてきた」「NATO加盟国は、これらの兵器がいつか自分たちに対して使われるかもしれないというロシアの懸念を無視して、軍備を増強してきた」「ウクライナ人やウクライナに住むロシア人を精神的にロシアの敵に作り変えようとした」と西側諸国の指導者らを非難。また、今回の経済制裁について、「ロシアの政治・軍事の指導者だけでなく、とりわけロシア国民を苦しめようとする意図が露骨に表れている」との認識を示し、「主の力によって、一刻も早く正義に基づく恒久的な平和が確立されるよう」「世界教会協議会が政治的偏見や一方的な見方から自由であり続け、公平な対話のためのプラットフォームであり続けることができるよう」求めた[310]。
ロシアのチェスグランドマスターのセルゲイ・カヤキンは、プーチンとウクライナ侵攻を支持する発言をSNSで繰り返したため、国際チェス連盟は3月21日の懲戒委員会で、カヤキンを「倫理規定に違反し、チェス競技の評判を落とした」として6か月の資格停止を満場一致で決定した。カヤキンは同日、自身のTelegramで連盟の決定は恥ずべきものだと批判し、ロシアのチェス連盟は決定に対し異議を申し立てている[311]。
経済[編集]
3月14日、ロシア政府は、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン旧ソ連4か国への穀物と砂糖の輸出を一時的に制限すると発表した。輸出制限は穀物が6月30日まで、砂糖は8月31日まで。国内の食料自給に万全を期すのが狙いとされる[312][313]。
4月6日、ロシア財務省は4月4日に支払期限を迎えたドル建て国債の償還と利払い計6億4920万ドル(当時レート日本円約805億円)を、自国通貨ルーブルで行ったと発表した[314]。30日間の猶予期間が設けられているものの、デフォルトに陥る懸念が一段と高まった[314]。
戦費[編集]
侵攻後1か月が経過した3月下旬には、戦費が巨費に上るとする指摘が相次いだ。ロシア政府はウクライナ侵攻の戦費を公表していないが、イギリスの調査研究機関などが3月上旬、ロシアの戦費が「最初の4日間は1日あたり70億ドル(約8610億円)で、5日目以降は200億-250億ドル(約2兆4600億-3兆750億円)に上ると試算(ロシア政府の歳入は年間で25兆ルーブル(約31兆2500億円)程度)。ロシアの調査報道専門メディアである「インサイダー」は、ロシア軍が3月26日に発射した52発のミサイルの総額は推計3億4000万ドル(約418億円)にも上り、ロシア軍が3月6日にウクライナ中部の空港に高価な長距離精密誘導弾8発を撃ち込んだことに、プーチン大統領が激怒したと伝えた。侵攻が長期化するにつれ、米欧などによる経済制裁で国家財政が苦境に立たされ、兵器の補給にも制裁の影響がでるなど戦費がプーチン政権の重荷になり始めていると伝えられた[315]。
不明兵士の捜索[編集]
兵士とその家族の権利を守ることを目的に組織された団体「ロシア兵士の母の委員会連合」には侵攻の開始以降、音信不通となった兵士の家族らからの問い合わせが殺到している。代表のスヴェトラーナ・ゴルブによれば、今回の作戦について家族らにはほぼ何も知らされていないという。また、ウクライナで戦いたくないという兵士の声を伝える家族らからの電話も多くかかってきている。例として、ロシア南部ダゲスタンのある母親は最前線にいる息子が上官に「自分は戦闘に加わりたくない」と告げたと語っていた。しかし、上官は選択の余地はないと言ったという。「これはあってはならないことだ」とゴルブは言う。団体は独自のデータベースを用いて兵士の所在を突き止め、当局に安否情報の開示を要求している。他には、死亡した兵士の遺体を自分たちの手によって回収することを検討している。国防省が返還を渋っているのだとゴルブが思い至ったためである[316]。
ウクライナ内務省が設置したホットライン「生きてウクライナから戻る」にも2月24日以降、3月9日時点で6000件以上の電話が来ている。このホットラインは人道と戦争を止めるためのプロパガンダの両方の側面から、ロシア兵の安否情報の提供をしている。一連の録音からは、多くのロシア兵が自分の予定や派遣理由を知らない様子がうかがえ、またプーチン大統領が戦争に関する情報を統制していることがますます明らかになっている[317]。
徴兵の強制的な投入[編集]
徴兵が前線へ送られることはないとされているが、すでにその多数は手当り次第にウクライナの最前線に投入され犠牲となっている。また、職業軍人である志願兵も、時に暴力を伴う圧力により強制的に入隊契約書に署名させられた者が多い。そもそも軍は誰が志願兵か徴兵か気にも留めていない。憲法には良心的兵役拒否の項目があるが、無視されている[318]。
自軍被害実態の隠蔽[編集]
3月18日、キエフ在住でクリミア選出の元ウクライナ国会議員のレファット・チェバロフの証言として、クリミア併合がロシアの合法的偽装により強引に行われたことや、クリミアの若い男性がロシア軍に集められ戦場へ送り込まれ、クリミアから主力の侵攻が行われていること、また、本来土葬のロシアで、クリミアがロシア兵士の火葬場として使われていることなどが暴露された。クリミアには数年前に近代的な大きな火葬場が建設され、24時間体制で死んだ兵士の遺体が集められ火葬が行われており、これは反戦運動を恐れたロシアが遺体のままロシアへ持ち帰らせないための措置だと伝えられた[319]。
3月20日付の英紙サンデー・テレグラフ(英語版)は、ロシア軍が被害の実態を秘匿するため、ウクライナで戦死した自国兵の遺体を極秘裏にベラルーシに移送している可能性があると報じた。これに先立ち、米政府系放送局「ラジオ自由欧州・ラジオ自由」は、ベラルーシ南東部に夜間、次々と到着するロシア軍車両だとする映像を公開。公開された映像の車両の窓は中が見えないよう白いカーテンで覆われ、側面に赤十字が記されていた[320]。
ゼレンスキー大統領は、3月27日発行の英エコノミスト誌のインタビューの中で、プーチン大統領は自国の兵士たちの遺体を放置していると非難。ウクライナ軍の複数の兵士によれば、一部の戦場ではロシア兵の遺体の腐敗臭がひどく、息もできないほどであるという[321]。
今回の「特別軍事作戦」で死亡した兵士の家族には一時金として500万ルーブル、保険金、補償金として742万ルーブル、計1242万ルーブルが支払われることになっている。しかし実際には多くの兵士は「行方不明」として処理されている[322]。