盗難の仏像、遠い返還

■韓国の寺、数百年前「倭寇が略奪」

 仏像は「倭寇に略奪された」と主張する韓国の浮石寺の境内。仏像の写真とともに、引き渡しを求めるメッセージが掲げられていた=5月27日、瑞山市、東岡徹撮影

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 長崎県対馬市の観音寺から盗まれた仏像が韓国で見つかって、約3年半がたった。寺も日本政府も盗まれたものは当然、すぐに返されると思っていたが、韓国で保管されたままだ。4月には、この仏像を「倭寇(わこう)に略奪された」と訴える韓国の浮石寺(プソクサ)が、引き渡しを求めて提訴。返還問題の行方はいっそう見通ログイン前の続きせなくなっている。

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 浮石寺は韓国中西部の忠清南道(チュンチョンナムド)瑞山(ソサン)市の山の中腹にある。木々の合間から黄海が見える。浮石寺は観音寺から盗まれた「観世音菩薩坐像(ぼさつざぞう)」の「本当の所有者」を主張している。「観世音菩薩様は帰ってこなければなりません」。境内にはこんな垂れ幕がかかっていた。

 「仏像は倭寇に略奪された。所有者の浮石寺に返すべきだ」。円牛(ウォンウ)住職(47)はこう繰り返した。浮石寺が「所有者」と主張するのは、仏像の中から「結縁文」が見つかり、1330年に浮石寺で造られたと記されていたからだ。

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 倭寇は13~16世紀に朝鮮や中国の沿岸を襲った海賊で、「倭」は日本を指す。しかし、数百年前の「略奪」を証明できるのか。

 円牛住職によると、瑞山地方は1352~1381年に5回にわたり、倭寇の略奪があったという記録がある。これが仏像の略奪を示す「間接的な証拠」で、対馬は倭寇の根拠地だったとも指摘する。

 さらに、仏像の一部が破損している点を挙げ、「破損しているものを他の人にあげるだろうか。破損していること自体が、略奪された直接的な証拠だ」と強調した。とはいえ、「破損」は略奪された「直接的な証拠」にはならないのではないかとただすと、「それは浮石寺に略奪を証明しろと言っているに等しい」。むしろ、「観音寺が占有するようになった経緯を証明しなければならない」と繰り返した。

 また、仏像が日韓の問題になっていることについては「文化財は、元にあった場所にあるからこそ価値がある。日本は熟慮しなければならない」と話した。

■長崎・対馬の寺、困惑

 観音寺の前住職の田中節孝氏(69)は、浮石寺の主張について「時空を超えている」と困惑する。田中氏によると、観音寺は対馬市にある西山(せいざん)寺の「末寺」にあたる。その西山寺は朝鮮との交流を目的に1512年に創建され、かつては韓国の釜山にも東向(とうこう)寺という末寺があった。交流を深める中で多くの仏像や文物がもたらされ、その一つが観音寺の仏像だという。

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 仏像は約500年にわたり本尊としてまつられ、長崎県の文化財にも指定されている。田中氏は「そもそも、略奪したものを大切におまつりするだろうか」と訴える。ただ、どういう経緯で観音寺にもたらされたのかを示す具体的な文献などは残っていないという。

 日本政府は「盗まれたものは返すべきだ」と求め続けているが、韓国政府も対応に苦慮している。複数の韓国政府関係者は「盗まれたものは返さなければならない」と話し、国際社会の視線を気にする関係者もいる。韓国政府は2014年に専門家らを交えて仏像が日本に渡った経緯を調べたが、「倭寇による略奪の蓋然(がいぜん)性は高い」としたものの、断定はしなかった。

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 韓国政府には「倭寇」という歴史が重くのしかかる。日本側に簡単に引き渡したと映れば、韓国の世論が敏感に反応しかねず、慎重にならざるを得ないのが実情だ。

■韓国政府も苦慮

 いま、争いの舞台は韓国の大田(テジョン)地裁に移っている。仏像は韓国文化財庁が保管しているが、浮石寺が今年4月、韓国政府を相手取って、引き渡しを求める訴訟を起こした。被告になった韓国政府はさらに難しい立場に立たされた。すでに答弁書を出しているが、内容は公表されていない。韓国外交省の報道官は対応を問われ「外交省が立場を明らかにするのは適切ではない」と答えた。訴訟は7日に準備期日が入っている。(瑞山=東岡徹)

◆キーワード

<対馬からの仏像盗難をめぐる経緯>

 2012年10月ごろ、長崎県対馬市の海神神社から国の重要文化財の「銅造如来立像」、観音寺から長崎県指定有形文化財の「観世音菩薩坐像」が盗まれた。13年1月、韓国政府から日本政府に対し、窃盗団を摘発して2体を押収したとの連絡があったが、同2月に大田地裁が浮石寺側の申請に基づき、「観世音菩薩坐像」の移転を禁じる仮処分を決定した。

「銅造如来立像」については、韓国内で所有権の主張がなかったことなどから15年7月に日本側に返還された。