すけすけ

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 透明とすけすけは違います。コーリン・ロウ(1922−1999)はきわめて知的な方法を用いて、透明性を実の透明性と虚の透明性とに分解しました。

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 ガラスのような透ける素材を使って獲得できるのが実の透明性ですが、必ずしも透ける素材を用いなくても、レイヤー状の空間構成さえ認識させることができれば、その空間に透明性を与えることができるとロウは指摘しそれを虚の透明性と呼びました。イタリア・マニエリスムの建築家、パラカオ(1508−1580)の石の住宅の平面図を使いながら、彼は虚の透明性とは何かを説明し、その虚の透明性がコルビュジェのコンクリートの住宅でも達成されているとして、透明性が素材に依存しないと主張したのです。

 僕はロウのさらに先をいって、透明感というのは、床という水平基準面の有無にかかわる概念だと考えるようになりました。

 もとになっているのはアフォーダンス理論です。生物は水平面を用いて物の遠近をはかっているというのがアフォーダンス理論の大発見です。すなわち、生物は水平基準面をひとたび発見すると、基準面のどこに物体が置かれているかに基づいて、遠近を測っているというわけです。遠近は、左右の目の視差を用いた立体視によって測定されているわけでなく、水平面(地面、床、あるいは天井)上のアドレスであったというわけです。J.J.ギブソンは、これを実験によって実証しました。

 すけすけにとっても重要なのは、ガラスか香カ、という素材の話 ではなく、水平基準面がうまくつくれるかどうかです。それを「すけすけにできた」「できなかった」というオノマトぺで表現します。

 コルビュジェに代表されるモダニズムは、横につながった窓(横連窓)を大事にしましたが、僕は逆に窓を床まで、あるいは天井までと、縦方向に延ばすことを重要視します。そうすると、内の床(天井)と外の床(天井、地面)がつながって、水平基準面がしっかりと構築され、ものの遠近測定が容易になり、すなわちすけすけになるのです。

 ▶グラス/ウッド・ハウス  Glass/W00d H0use

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 アメリかコネチカット州ニューキャナンに立つ、ジョー・ブラック・リー設計の自邸(1956年)を改修し、ガラス張りの新棟を増築した。このニューキャナンの地は、ミッドセンチュリーモダンの聖地ともいえる森でフィリップ・ジョンソンや、マルセル・ブロイトをはじめとする美しいガラス張りのモダニズム建築が多く残る。特に、この敷地から1kmの森に立っジョンソンの「ガラスの家」は、その圧倒的透明性で後の20世紀の建築に大きな影響を与えた。

 ジョンソンたちのヴィラが基本的には、森の中の自律的なボックスであり、一種のパラディアン・ヴィラの20世紀版であったのに対し、本プロジェクトでは、L字形平面をっくることによって、空間を半分だけ囲み、森との間に、パラディアン・ヴィラにはない親密でゆるい関係をつくり上げた。

 新棟では3×6インチの鉄のフラットバーの在の上に木のジョイスト構造の屋根を載せ、この一種の混構造よって、木の屋根と周囲の森とを溶け合わせた。庇の張り出し、縁側状のバルコニーの張り出しも、森と建築とを親密に融かし合うための工夫であり、ジョンソンの「ガラスの家」の境界部分の帖とし材ラス壁とは対照的な、ゆるいすけすけ感が生まれた。

■もじゃもじゃ

 ざらざらでもばたばたでももの足りなくなって、徹底的にやわらかく、あったかくしたい時に、もじゃもじゃさせます。丸細長い棒状の粒子が、やわらかくなって、ヒモになり、やがてからみあってきて、隙間が淀んでくる状態がもじゃもじゃです。

 ヒモとヒモが編まれた状態ももじゃもじゃではありますが、編むパターン、すなわち幾何学が表に出すぎてしまうと、もじゃもじゃという言葉から感じられる、ランダムなやわらかさが薄れてしまいます。

 19世紀の最も影響のあった建築理論家、ジークフリート・ゼンパーは、非西欧のプリミカブな住居の観察にもとづいて、建築を、土の仕事、火の仕事、編む仕事の3つに分類し、建築という行為の本質に迫りました。骨組み(ストラクチャー)スキンとが、本質的には、粒子という小さな材料を組みあわせていって、大きな全体に到達するという点て同一の作業だというゼンパーの定義はいまだに新鮮です。彼にとっては、建築は編み物で、衣服の仲間なので丸骨組みとスキンとの分節、分離を最重要視した20世紀のモダニズムより、ゼンパーの統合理論の方が、僕には現代的に感じられます。

 しかし、細かく建築の構造を解析していくと、骨組みとスキンという分節は想像していた以上に曖昧であることがわかってきました。日本の伝統的な木造建築を調べてみると、柱だけで建物は支えられているわけではなく、柱と柱の間を埋めている竹 小舞や土壁が、構造的に重要な役割をになっていることがわかってきました

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 生物の身体も同じことで、骨だけで身体を構造的に支えているわけではなく、筋肉や筋や皮膚も、構造的に大きな役割をはたしていたわけです。編まれた全体が、“なんとなぐ“ゆるやかに”支えていたのです。どうせ建築がそのような、ゆるい編み物だったら、縦糸、横糸を使う人工的な編み物の先をいって、もっと自由にもじゃもじゃさせたいと、僕はたくらんでいます。

 

まちの駅「ゆすはら」 /  community  Market  Yusuhara 1-e6abd150yhme_124_dn13055_l yhme_117_dn12490_l p7161330 kengo-kuma_yusuhara-marche-5 kengo-kuma_yusuhara-marche-3 kengo-kuma_yusuhara-marche-1 img_0 image_20111003133424_1 dsc_13392 dsc_7257 df09a550 df09a550-1 cie0mq b15walls065 20160313093003 20160313092113 20160313091420 20160313090556 2011_0906_104513-p1000006 699-7

 高知県梼原町の町営ホテル。梼原には茅葺きの「茶堂」が旅人をもてなす習慣があり、現在でも13軒の茶堂が残っている。この伝統に触発され、茅で2×1mのサイズのブロックをつくり、それをウロコ状に重ねて、もじゃもじゃし、ぱらばらとした外壁をつくった。

 茅は断熱性能があるため、かつての茅葺きの民家の屋根裏のように、内装材を貼らずに室内側にも露出し、室内ももじゃもじゃとした空間となった。この茅のブロックは、水平軸に沿って回転させることで自然換気を行うことも可能なディテールとなっている。

センシング・スペース  /   Sensing  Spaces

 ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開カ、れたSensingSpaces展のためのインスタレーション。最小限の物質を用いて最大限の効果を身体に与えようと試みた。

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 直径4mmの竹ヒゴを立体的に編み込んでいくことで、もじゃもじゃとして、ゆるく、あいまいな「状態」をつくり出した。この竹ヒゴは、床下に置かれた、香料の液体の入ったガラス瓶の中に差し込まれ竹ヒゴを通して液体が上昇し、空中に拡散され、空間全体が香りで満たされた。香料れては、パビリオンによってヒノキと畳の香りを選び、2つの、もじゃもじゃとした空間をつくった。

 熱収縮樹脂でつくられた小さなチューブを用い、ドライヤーでチューブに熱を加えることで竹ヒゴ同士を接合した。もじゃもじゃとした構造体にふさわしい、やわらかで動きに追従するジョイントシステムである。

てっちゃん /   Tetchan

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 東京・吉祥寺駅前に、戦後のヤミ市の雰囲気を伝える不思議な路地、ハーモニカ横丁がかくれている。 その路地の真ん中の、小さな焼き鳥屋のインテリアデザイン。2種類のリサイクル資材・・・捨てられたLANケーブルからつくられた「モジャモジャ」と、アクリルの廃材を溶かしてつくった「アクリル団子」を壁、天井、照明から家具にまで徹底して用いることにより、形態が消えて、物質感と色彩だけが空間を浮遊しはじめた。

 もじゃもじゃしたインテリアは、「清潔なインテリア」に対する、一種の批評である。「清潔」というインテリアを、第2次大戦後、アメリカが日本にもち込んだ。ファミレスとファストフードは、「清潔」の極致でほこりのたまりようがない。もじゃもじゃはそれ自身が「ほこり」だから、清潔にしようがない。