こどもの庭(仙田満)
■こどもの力を引き出す園環境
仙田 満1941年生
▶こどものあそび環境を考えると、「園庭・園舎」に行き着く
私がこどものあそび環境の研究を始めた動機は2つある。宮城県立児童会館の巨大遊具と神奈川県にある「こどもの国」である。
45年ほど前、遊具の設計を依頼されたときに、遊具をどうつくったらよいかわからなかった私は、結局「自分がおもしろいものは、きっとこどもにもおもしろい」と考えてつくった。それが宮城県立児童会館の”道の巨大遊具“なのだが、その遊具について児童学会で発表した際、老教授より「仙田さん、遊具はこどものあそびを限定してしまうのではないですか」と質問され、全く反論も言い訳もできなかった。この答えを探したいと考え、それをきっかけに研究を始めた。
大学を卒業し、設計事務所に勤めて最初の仕事が東京と横浜にまたがる100ヘクタールの敷地につくられた「こどもの国」の林間学校の設計である。今上天皇陛下の皇太子時代、ご成婚記念につくられた国家的プロジェクトである。そこでは「野あそび、山あそびをこどもたちにかえそう」という理念のもと、こどものための大型自然遊園が構想された。そこに1年半ほど常駐した。その縁で、26歳で独立した私は「こどものための遊具の設計」を依頼された。若く、デザイン意欲に燃えていた私は、すぐに引き受けたが、どう遊具をつくるべきか、すぐにはわからなかった。
私が「こどもの国」の仕事をしていたのは20代前半である。その15年ほど前には同じ横浜市のやはり丘陵地帯であった保土ヶ谷でこども時代を過ごしていた。私の年齢と「こどもの国」に来るこどもの年齢差はたった15年ほどなのに「こどもの国」に来るこどもの様子は、自分のこども時代とは全く異なっていた。「こどものあそび環境の変化についてまず調査してみよう。そしてこどものあそび環境には何が必要なのか、遊具はこどもにとって必要なものか、必要ならばどのような要素をもっ遊具でなければならないのかを研究してみよう」と始めたのが、1970年代の初め頃である。
1972年、私は日本大学芸術学部住環境デザインコースの非常勤講師になった。そこで幼児のための遊具デザインの課題を立ち上げた。
また同時期、私が創設した設計事務所「環境デザイン研究所」が、「こどものあそび環境の変化の研究」という自主研究を横浜市で始めた。横浜は緑地と公園の調査研究を市より委託されていたこともあるが、何よりも私の生まれ育った場所だから、研究対象として一番都合がよかった。私のこどもの頃(1955年頃)と1975年頃のこどもで、あそびの空間がどのくらい変化しているのかを調査した。その結果は約20分の1の減少だった。これを日本建築学会の大会論文として提出した。
さらに1975年のトヨタ財団の助成研究に応募し、これを運よく獲得して、こどものあそびの原風景の研究や、全国のこどものあそび環境の変化の研究、遊具におけるこどもの行動研究等をすすめることができた。 これらの研究は建築学会、造園学会、都市計画学会、小児保健協会等の学会誌に発表し、1982年に「こどものあそび環境に関する構造の研究」と題する学術論文としてまとめ、1984年に筑摩書房より『こどものあそび環境』として出版した。
その後、研究活動を大学に移し、琉球大学、名古屋工業大学、東京工業大学、慶應義塾大学、愛知産業大学、放送大学(現在再放送される)、国士舘大学等で教育と研究に携わった。こどもの成育環境の研究を30余年にわたって若い研究者とともに続けてきた。
その過程で「こども環境の問題は、都市、建築だけの問題ではなく、こどもを取り巻く多くの学術分野が共同し、考えていかねばならない」と気づき、その共同議論の場として「こども環境学会」を2004年に立ち上げた。
また日本学書会議においては、政府に対するこどもの施策の総合性を確保するため、2007年に第1部人文科学、第2部生命科学、第3部土木工学・建築学の分野から関連する5つの委員会合同の分科会「子どもの成育環境分科会」を立ち上げ、様々な分野を通貫した議論を行っている。その分科会ではすでに「我が国の子どもの成育環境の改善にむけて−成育空間の課題と提言−」をはじめ、4つの提言を政府に提出している。 現在も国士舘大学の学生とともに、街区公園やプレイパークの使われ方や、園庭環境とこどもの運動能力の関係について研究している。今私の関心は幼稚園、保育園の園庭環境とこどもの気づきの関連性に関する研究である。環境デザイン研究所ではこどものための空間を数多く設計、デザインし、その後、その空間におけるこどもの行動の変化等、すなわちビフォーアフターを調査研究することで、多くの知見を得ている。
■こどもはあそびを通して能力を獲得する
▶あそびによってもたらされる能力
あそびはもちろん、有目的な行為ではない。こどもはそれによって何かを獲得しようとしてあそぶわけではない。こどものあそびは無目的、無償な行為・行動といってもよいであろう。しかし、そのあそびを通してこどもが開発できる能力がある。
◎1つ目は身体性である。
すなわち運動能力、体力を獲得していく。こどもにとってあそびは身体的運動でもある。こどもは1日1万7000歩ぐらい歩き、走る。そしてぶら下がる、もぐる、跳ぶ、登る、滑る等、様々な身体的な活動をすることによって、敏捷性、瞬発力、回転力、登坂力等を身につけていく。
◎2つ目は社会性である。
あそびを通して友だち、仲間となる方法を学ぶ。アメリカの作家ロバート・フルガムは1988年に『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』を出版し、そのなかで「仲よくあそぶこと、けんかをしたら仲直りすることは、大学や大学院で学ぶことでなく、幼稚園時代にあそびを通して学ぶことだ」と述べている。これはあそびにおける社会性の開発を一言で述べたものと評価できる。
◎3つ目は感性である。
こどもは特に自然あそびを通して、自然と触れ合い、自然の変化、自然の美しさを発見する。あるときは動物をかわいがり、動物の生死に直面し、喜び、悲しむ。あるときはどんぐりを集める、花を摘むという採集の行為に、喜び、満足し、感性を大きく育てる。このようにあそびを通してこどもは感受性と情緒性を開発していく。
◎4つ目は創造性である。
こどもは何かをつくり上げることが好きだ。積木あそび、砂あそび、彼ら自身のための小さな小屋でのアジトあそびなどは創造的な行為である。イギリスの動物学者デズモンド・モリスは彼の著書『人間動物園』の中で若いチンパンジーの実験を通して、「あそびは創造性の開発をボーナスとしてもたらす」といっている。
◎最後は挑戦性である。
こどもはあそびを通して、挑戦性、意欲を育むと考えている。
これら5つの能力はあそびの有用性を示すものではないが、こどもがあそびを通して獲得する能力だということができる。また逆にいえばあそべないこども、あそばないこどもは、これらの能力を開発する機会を奪われているといってよいであろう。
▶あそび環境の4要素
小さなこどもは生活のほとんどの時間をあそびに費やす。したがってこどもにとってあそび環境は、ほぼ成育環境である。そしてそれは次の4つの要素によって構成されると考えられる。
◎第1にあそび空間である。
従来、あそび場は園庭、校庭、公園、原っぱ、神社の境内等という分類によって規定されてきた。このようなあそびの物理的な環境を総じてあそび空間と呼ぶ。
◎第2にあそび時間である。
自由にあそぶことができる時間のあることが重要である。こどもはあそび場があってもあそび時間がなければあそぶことはできない。友だちが同じ時間をあそび時間としていなければ、あそべない。近年こどものあそび時間は分断傾向にある。
◎第3にあそび仲間である。
あそびのコミュニティーといってもよい。こどもにとってあそびには仲間が必要であるし、あそびの方法を仲間から教えてもらうこともある。近年、兄弟が少なく地域においてもこどもの数が少ない少子化傾向は、こどもの仲間を減少させている。
◎第4にあそび方法である。
あそび方法があそび環境に大きな影響を与える。あそび方法を知らなければ、あそびは発展していかない。あそび方法があるから、あそぶことができる。特に集団あそびゲームではその方法が重要である。このあそび方法は、あそびのコミュニティーによって多く伝承されてきた。しかし1960年代に普及したテレビと、1980年代に出現したテレビゲームというあそび道具が、大きくあそび方法を変えてしまった。
▶6つのあそび空間
こどものあそび場を現象的にとらえてみれば、園庭、校庭、公園、神社の境内等、場所を羅列していくことができる。しかし、それは単に物理的な場所を指すだけで、こどもがそこで何をするのか、どういうふうにしてあそぶのかという、こどものあそび行為を明らかにしていない。ここでいう6つのあそび空間は、物理的な場所を指すのではなく、こどものあそび行為のイメージをもった実体的空間である。
たとえば、公園は空間的な大きさの規定がないから、300㎡の児童公園も100㎡の一般公園も、従来の現象的なあそび場の分類であれば、公園という範疇でくくられてしまう。100㎡の公園を考えてみよう。この広さだと、園路があり、芝生の広場があり、野球のできるグラウンドがあり、林があり、池があり、遊具があるというように、多様な空間を内包している。実体的なあそび空間の分類によれば、それらは道スペース、オープンスペース、自然スペース、遊具スペースというように分けられ、この公園は4つのスペースによって構成されているといえる。
このようにあそび場をその物理的名称(たとえば園庭、公園、神社の境内)から解き放つと、実体的な6つのあそび空間に分類できる。すなわち従来の現象的なあそび場を実体的なあそび空間の分類に置換し、再構成しようとした。
■あそび環境の変化に園が対応していく
▶あそび環境の変化をもたらしたもの
この60〜70年間の社会的、都市的変化のなかで、あそび環境も大きく変化、変容している。
あそび空間でいえば、この60年間で100分の1というオーダーで小さくなっている。その大きな原因は、自動車とテレビに代表される生活ツールの変化である。1960年代、自動車の普及により道であそぶことができなくなり、その道につながっていた多様なあそび空間が分断され、こどもはあそび空間を急激に減らしていった。テレビはあそびを室内化する要因となった。1980年代にテレビゲーム、さらに携帯電話、パソコン等が普及し、ITメディアとの接触時間が飛躍的に延び、外でこども同士があそび、運動する時間が急激に減っている。我が国のこどもは、世界で最も長いスクリーンタイム(画像を見る時間)をもつといわれている。そのため集団あそびができにくくなっている。
地域ミュニティーの衰退や少子化は、こどもの地域ミュニティー、あそび集団の縮小、解体を促している。そのため伝統的なあそび方法の伝承ができなくなり、外であそぶ意欲の低下にもっながっている。欧米では地域スポーツクラブ等のコミュニティー施設での地域活動が行われているが、我が国では整備が遅れており、学校での活動が放課後の多くの時間を占めている。
さらに幼児のライフスタイルが大人のライフスタイルに影響され、夜型に移行したため、睡眠時間の減少がみられる。これはこどもの健全な発育に大きな影響を与えていると考えられる。
このような状況において、幼児施設である幼稚園・保育園の環境の重要性はますます高まっている。脳科学の進化により、8歳までに中枢神経の開発は90%完成することがわかっており、その時期を過ごす幼稚園・保育園のあそび環境が成育環境としていかに重要かがわかる。こどもの健全な成長のためにも、豊かな園庭が必要である。一方、幼稚園・保育園は今や迷惑施設に挙げられ、「こどもの声がうるさい」と批判されることもあるが、こどもが元気にあそべる環境を保障しない国に、将来はない。こどもの成育環境に対する国民の理解を促し、意識を高めるためには、地域運動、国民運動として「こどもが第一の運動」が起こされねばならない。質の高いあそび環境、成育環境の形成とともに、社会システムの形成を同時並行的に行わねばならない。
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