いま、被災地から
■「いま、被災地から」展に寄せて
東日本大震災から丸5年が経ったいま、東北の各地では生まなかの想像をはるかに超える労苦とともに、被災地域を中心に少しずつ新たな歩みが進行しています。一方で、東北の数々の美術館は、この5年間に震災直後の衝撃から立ち上がり、それぞれの地域の人々に対して、美術を通してできることをさまざまに行なってきました。復興途上であることと財政状況の悪化のために、東北の美術館活動も思うに任せない面が多々ありますが、今もなお、とくに太平洋岸の地域への気遣いを忘れることなく、日常的な活動の重要な柱としているのは言うまでもありません。そうした日々の活動に呼応するために、全国美術館会議は、東北地方が近代現代の時代に生み出した優れた美術を広く全国に紹介発信し、同時に、震災被害への対処と今も続く美術作品資料の救済の状況を伝えるべく、本展を企画しました。
本展は、第1部「東北の美術一岩手・宮城・福島」、第2部「大震災による被災と文化財レスキュー、そして復興」で構成されます七青森、秋田、山形を含む東北は近代以降幾多のすぐれた作家を輩出し、忘れがたい数々の作品を生み出してきました。ひとつの地方、ある地域の美術がどのような性格をもっているか。そのことに思いを致してみると、そこにまとまりのあるイメージを抱くことは容易ではないし、近代以降の美術は、作家それぞれの個性の発揮に優位を置いてきました。そして東北に出自をもっても活動の場を首都圏に求める作家も多く、一方で生まれ育った地にとどまり、その環境への拘りを通して自己を深め、地域に熟を通わせる作家も多くいます。出自との関係はさまざまです。作家の生き方や作品の多様さをひと括りにして「東北の美術」と呼ぶのは強引かもしれません。しかしそれでも震災との関連で三県に限って、その地と関わりのある美術を集めてみると、個々の個性の向こうから、言葉にするのは難しくとも、独特の空気感が立ち昇るのが感じられます。それは、時に香気を漂わせ、時に懐かしくもあります。美術の中心は首都圏にしかないのではありません。さまざまな地域にさまざまな核があり、それらが相互に連関しながらそれぞれの美術をつくっています。地域のイメージは、見る側のその地との関りや連想に左右されますが、大切なのは、ここに集められた一群の作品に地域ごとの美術の厚みを感じるにあると思われます。
第2部では、沿岸部で大きな損傷を受けた作品と資料を被災の現場から救い出し、修復してきた実情を報告します。美術館博物館が収集保管してきた作品資料は、それが立地する地域に大事な意味をもっているばかりではなく、小さな範囲から広げられていく美術の大きな網をつくる重要な単位となっています。被災地を救援しようという当然の思いと同時に、美術館に共有されたそうした認識をもとにこれは自分たちの問題だと感じ、全国美術館会議は文化庁の呼びかけに逸早く応えて、「文化財レスキュー」に数多くの美術館職員が参加しました。活動の紹介は、写真パネルなどの展示が中心になりますが、同時に石巻文化センターと陸前高田市立博物館で津波を受けた彫刻作品なども展示して実感を交えてお伝えします。
「東日本大震災復興対策委員会」では、2011(平成23)年秋に催したチャリティ・オークションでの収益や寄せられた支援金をもとに、現在もなお、被災地域の美術館活動への助成を継続していました。この展覧会も、被災した美術作品や資料がいまどうなっているのか、皆様のご厚意をどう生かしてきたのかを、震災後5年の節目に改めて報告する趣旨のもとに実現されました。「東北の美術」を味わっていただき、全国美術館会議の活動にご理解を寄せていただければと念じております。
2016年5月
全国美術館会議副会長
東日本大震災復興対策委員全委員長 山梨俊夫
陸前高田市立博物館美術作品の搬出 2011年7月14日撮影
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