楢葉町帰還が進まない
東京電力福島第一原発事故でほぼ全住民が避難していた福島県楢葉町で避難指示が解除されて1カ月半。約2700世帯のうち、約200世帯しか戻っていないことが町の調べでわかった。解除から1年たった川内村東部地区も世帯の約3割しか戻っていない。商店や職場があった隣の富岡町と大熊町の街としての機能が損なわれたログイン前の続きことが、帰還を思いとどまらせていた。
楢葉町では建築業者の姿が目につくようになった。壊れていた街灯はLEDになり、日が暮れると道路を明るく照らす。だが、民家から漏れる明かりは少ない。町の調査では、20日現在で町内に週4日以上滞在しているのは203世帯。人口約7400人のうち推定321人。多くが避難先と自宅を行き来しており、60世帯ほどは週末を避難先で過ごしているとみられる。
今月1日で避難指示解除から1年を迎えた川内村東部では、104世帯239人のうち自宅に戻ったのは29世帯50人(1日現在)。一方、昨年4月に最も早く避難指示が解除された田村市都路地区では、8月31日現在で76世帯198人で、帰還世帯が67・9%だった。
川内村、楢葉町で帰還が進まないのは、スーパーや職場があった大熊、富岡の両町に放射線量が高く、避難指示解除のめどが立っていない「帰還困難区域」があるためだ。就業者のうち、原発のある両町で働いていた人は楢葉町で15%以上、川内村で半分に上る。
楢葉町の主婦(56)は原発事故まで、大熊町で原発関係の仕事をしていた。自宅に帰るかどうか決めかねている。放射線の健康影響や治安への不安から帰還をためらう人も多い。
富岡町の東電の関連会社で働いていた川内村の秋元正二さん(44)は、避難先の郡山市に自宅を建設中だ。「生まれ育った川内に戻りたい気持ちはあったが、戻っても仕事がない」と話す。
一方、帰還が進む田村市都路地区では、避難指示が出なかった市中心部で働く住民がもともと多かった。家族7人で戻った坪井定子さん(67)は「車で40分走れば市内にショッピングセンターがあり、戻っても生活に困ることはない」と話す。
川内村では帰還した住民のほとんどを高齢者が占め、地域存続が難しい。村によると、避難指示解除区域に戻った平均年齢は71歳。18歳以下がいる16世帯はいずれも避難先にとどまり、戻っていない。高齢化率は70%で事故前の村全体の34%を大きく上回る。
村ではどこに行くにも車が欠かせない。昨年4月に自宅に戻った大和田亥三郎さん(80)は「体が弱って運転できなくなったら、ここでの生活は終わる」と話す。
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